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銀山町 妖精綺譚(第5話)

第四章 大黒屋旅館 

 大黒屋旅館で二番目に広い十八畳の部屋には、全部で六台の平机が並べられていた。上座になる入口正面奥に一台、その左側の斜めに事務局用が一台、その手前には左右に二台ずつ。二人で掛けているのは斜めを向いた一台だけで、空間を広く贅沢に使用していた。
 正面の席には座長である郷田(三十二歳 農業及び大黒者旅館等経営・町長派)、上座には半沢(三十四歳 北東電力勤務・反町長派)と武藤(二十九歳 長谷川建設勤務・町長派)、下座には渡部(三十四歳 老人福祉センター勤務・反町長派)と桜井(二十五歳 銀山小学校教諭・中立)が座っていた。
 部屋では備え付けのエアコンに加え、石油ストーブが二台持ち込まれ、外の寒さに比べたら格段の居心地の良さだった。
 会議の参加者は、田中以外の者は全員面識があるはずだが、第一回の会議ということもあってか、ピリピリとした緊張感に包まれていた。

「説明は以上です」
 田中が資料の説明を終え、一息ついたところで座長の郷田が皆に問いかけた。
「ということで事務局からは、我々が議論を進めていく前提として『妖精の住むふるさと』という『テーマ(案)』が示されましたが、皆さんの意見をお伺いしたいと思います。発言を希望される方は、挙手をお願いします」
 勢いよく半沢が手を上げる。大柄で筋肉質の体をしているため、川で鮭を狙う熊の姿が重なった。
「事務局にまず御礼申し上げる。テーマ案の提案と説明をありがとう。けどこんな内容で、『素晴らしい考えです、これでいきましょう』なんて、俺たちが納得するとは考えていないよな。
一生懸命、妖精とか妖怪とかの説明をしてくれたけど、こんな薄い資料をペラっと渡されて、与太話を聞かされて受け入れろっていうのは、ムシが良すぎやぁしないか。案と言いながら一案しかないのも変な話だ。複数案を示し、それをたたき台に議論をするなら解るが、一案しかないってことは、これで行きたいってことだろ。これしかないということなら、この会議はただの役所のアリバイ作りの茶番だ。
 そもそも『妖精の住むふるさと』とかいう話そのものが、どこかの金髪美人がリップサービスしただけの話を、どこぞのジジィが真に受けたって話じゃないか。おいおいおいおい、おいおいおいおいだ。そんな思いつきで町おこしができると、若者定住に繋がると本気で考えているのか。俺は妖精というより狐に騙されそうな気分だ」
間髪を入れずに渡部が反応した。
「半沢さん的を射ていますね流石です。あっ今のは独り言です、意見ではありません。失礼しました」
渡部は惚けた顔で郷田に謝罪したものの、会議全体が半沢に迎合するような空気に包まれる。子どもの頃から半沢の腰巾着のような渡部は、半沢の意に沿うような空気作りが上手い。もっとも半沢の発言は少し乱暴に感じる言い方だが、ある程度筋は通っているので反論しにくい。
軽く首を傾けた郷田は(英国人講師のジェニファーと町長のやり取りを半沢は聞いているみたいだな)ということに気づいていたが、顔には出さないように注意しながら事務局に話を振った。
「事務局、今の意見について説明はありますか」
「事務局 高橋です。半沢さんの仰るとおり、妖精についての説明不足、勉強不足であると感じております。申し訳ございません」
高橋が頭を下げ、釣られて田中も頭を下げた。
「この若者定住会議につきましては、役所の悪しき慣習である『スピード感がない』をしないように取組みたいと考えており、拙速な部分があることを改めてお詫びいたします。今回提案した内容については『これで行きたい』ということではなく、お恥ずかしながら現時点ではこれしか浮かばなかったということです。是非、二案、三案に繋がる委員皆さまの知見や意見をいただきながら議論を深めていきたいと考えていますので、ご指導いただきますようお願いします。
なお半沢委員の発言にありました『ジジイの思いつき』という点につきましては『解かりかねます』を公式の説明とさせてください。はい公式では『解りかねます』です」
 高橋の公式発言を聞いた、半沢を始めとした委員はニヤニヤとした笑いを浮かべた。非公式には「認める」ということを察したからである。高橋は説明を続けた。
「さて委員の皆さまもご存じと思いますが、二本松市の岳温泉が『ニコニコ協和国』として、日本で最初のミニ独立国となり、ブームを巻き起こし知名度や交流人口を増やした実績がございます。実はあれも思いつきも思いつき、ローカルテレビの取材を受けた観光協会会長が
『何の準備もしてないのに、唐突にニコニコ共和国を名乗り、後付けで事業を展開した』
という話がございます。思いつきでも『やったもの勝ち』『早いもの勝ち』みたいなのが、日本のスタイルであると考えております。事務局からは以上です」
高橋がもう一度深々と頭を下げ郷田が進行する。
「つまり事務局としては『妖精案』はあくまでも一案で、我々の意見を受け入れる余地はあるということ。またアイディアが思いつきでも、挑戦する意味はあるということでよろしいですか」
高橋が頷く。
「半沢さんいかがですか」
「別に事務局に駄目出しをしているつもりはない。ただ事務局の意見を諾とするだけなら、我々が集まり議論する意味がないから疑問に感じたことは確かめたい。後、これは記録には残さないで欲しい、いいか。
役場というか、町長は役所の金を自分の金だと勘違いしているんじゃないか。自分が好き勝手使える金だと思ってないか。長谷川建設に金を落とそうとする気持ちはわからなくもないが、役場は「株式会社」みたいなものだから、運営がおかしいと感じることは株主として問い質したい。うちの北東電力は最大の納税者である以上、町予算三十億のうち七億もの納税をしている会社である以上、是々非々で意見を言わせてもらう。
妖精について拙速、説明不足という点については、事務局から素直に謝罪を受けたので、それを受け入れて『妖精案』も議論するのはやぶさかじゃない。ただやはり唐突感は否定できない。他の委員はどう思う」
間髪入れず渡部が続く。
「私は『妖精』言われても正直、ピンと来ませんでした。何か頓珍漢な感じです。また妖精というと『子ども向け』ですよね。若者定住という課題と合うのかどうか。まして超高齢化が進む我が町では、高齢者の生きがい作りが喫緊の課題とも感じています。そういう面からも疑問を感じます」
「渡部さんありがとうございます。時間の関係もありますので、桜井委員、武藤委員からも意見をお伺いした後、事務局の説明を求めたいと思いますが、皆様よろしいでしょうか」
頷く者と「異議無し」との声が交差する。
「では桜井委員はどのようにお考えですか」
「先ほど渡部さんから『高齢者』というお話がありましたが、私は小学校教諭という立場で参加していますので、端的に申し上げれば『子どもたちの笑顔』に繋がるのであれば妖精でも妖怪でも、雪男でも何でも良いです。銀山町の将来を担う子どもたちの健全育成に繋がる視点を入れていただきたい、以上です」
「武藤委員お願いします」
「正直私も『妖精』には面喰らっていまして『はぁ?』という感じです。とは言え町長に逆らえる身でもないですし、逆に我々が戸惑うということは誰も持ってない視点で面白いかもとも感じています。いずれにしても我が社 長谷川建設の活性化に繋がるのであれば、テーマは何でもいいです」
郷田の表情が穏やかに変わる。
「ありがとうございました。渡部委員からは『頓珍漢』、武藤委員からは『はぁ』という疑問が提示されました。この辺りは半沢委員の『唐突感』とも通じる印象です。事務局には反省を促したいと思います。この会議は『若者定住』ではありますが『高齢者』や『子ども』という視点が必要との意見もありました。これらについて事務局から説明できることはありますか」
郷田は悪戯っ子のような表情に変わっていた。高橋の「お手並み拝見」と言いたそうだった。
「事務局 高橋です。先ほどと重なりますが、妖精についての説明不足をお詫びいたします。
 また高齢者や子ども世代への効果ですが、岩手県遠野町におきましては『民話伝承』という取組みで、高齢者を語り部として育成するとともに子どもたちの情操教育や道徳観の育成に繋げ、観光にも活かしたという実績がございます。銀山町におきましても『民話・伝承・妖精』を核に、高齢者や子どもたちにアプローチする事業を展開できると考えております」
半沢が少し呆れた表情で挙手をする。
「いつもながら高橋君の舌はクルクルクルクルと良く回るなぁ。田中君みたいに困った顔した方が可愛げがあるんだが。田中君、今の発言は記録するなよ。座長、意見をまとめてくれ。いい加減に腹が減った」
半沢は少し苦々しい表情を郷田は地蔵のような、ほっこりとした笑みを浮かべた。
「事務局から若者定住会議のテーマとして『妖精の住むふるさと』という案の提示がありましたが、委員としては『唐突感』『違和感』を抱くというのが総意かと思います。
ただ全否定するまででも無い。ということですので委員、事務局双方への提案です。妖精案を議論するためには、我々はもっと妖精について学ぶ必要があると思います。桜井先生、正しい議論には正しい知識が必要ですよね」
桜井が頷くのを確認して郷田が続ける。
「ですから事務局の説明にあった『妖精界入門』を我々にも配っていただき、委員各自、妖精について正しい知識を得るのはいかがでしょうか。その上で銀山町と妖精は馴染まないと考えた場合は、次回事務局案を否定する。なお否定される委員には、できれば対案をお願いしたいと存じます。
 また本だけでは『生きた知識』にはなりませんし、世代を越えた町づくりにならないと思いますので、生きた知識を得るために次回の会議に英国人講師のジェニファー先生をお招し、話をしていただくよう事務局に骨折りいただくのはいかがでしょうか。
さらに『町おこし』というのは、俺たちのような中核に置かれた者が楽しめなければ、他の人に楽しさが広がらないと考えています。先刻の話とも重なるけど、俺たちが正しく妖精を知らなきゃ駄目だと思う。だから事務局には本格的に『妖精の勉強』をする機会を作って欲しい。例えばあくまで例えばだけど、この会議の五人で妖精の本場である『英国視察』を検討していただきたい。百聞は一見にしかずだ。
事務局が『思いつきではなく、本気の提案』というなら、口先だけじゃなく見える形にしてもらいたい。長くなりましたが「本」「人」「現場」での勉強の機会を提供していただくことを事務局に提案し、委員各位には次回までに勉強と対案をお願いしたい。その結果を持ち寄り、次回の会議で議論を深めることにしてはいかがでしょうか」
高橋と田中はポカーンと呆けた顔を浮かべ、委員はお互いに顔を見合わせた。郷田のあまりにもぶっ飛んだ話は、何となく「まぁ、妖精案も仕方ねぇか」という雰囲気を思いっきりブチ壊して、事務局に刃物を突き付けるような提案だった。
郷田と高橋が親友と言えるくらい仲が良いことを、田中と桜井以外は知っていたので郷田の裏切りにも似た対応に驚いたとも言えた。毒気を抜かれた半沢が呟いた。
「座長、本はともかく本気でジェニファーを呼び、英国に行こうとか考えとるんか」
「本気かは事務局次第です。俺たちに本気で取り組んで欲しいなら、この程度の無茶振りは対応して欲しいと考えている。俺はこの会をジジイ同士の仲良し倶楽部みたいなものじゃなく、本気で町おこしをするための会議にしたい。前例とか慣習とか常識を越えたいと願っている。だから事務局の本気度を知りたい」
郷田は高橋に挑発的な視線を送った。全員が息を飲んだ。
「事務局 高橋です。座長から委員皆様の意見を集約して「本」「人」「現地」という提案をいただきました、ありがとうございます。この場で「できます」と確約はできませんが、本気度を問われましたので、実現に向けて「やります。やらせていただきます」とお応えさせてください。次回の会議でその経過報告をさせていただきますとともに、皆様と町おこしの議論をさせていただければと存じます。なお公式記録としましては、
「異論や条件もいただきましたが、妖精案を含め検討していく」
ということでよろしいか、お伺いいたします」
高橋が深く頭を下げ、田中も同じように頭を下げた。郷田が笑みを浮かべながら委員に声を掛けた。
「それぞれ異論もあると思いますし、言い足りないこともあると思いますが、今回は事務局案を一旦受け入れつつ、今後議論を深めていく。これでよろしいですか」
「異議無し」
最初に半沢が発言し、木霊のように「異議無し」の声が響いた。
「では皆様の賛意をいただきましたところで、第一回若者定住会議を閉じたいと存じます。円滑な進行、活発な議論をありがとうございました。私は座長を降ろさせていただきます」
郷田は深々と下げた頭を起こすと笑顔で半沢に声をかけた。
「では半沢さん、後はお願いします」
笑顔で半沢が応える。
「高橋、話が長い。早く風呂に入らせろよ。渡部、桜井先生、風呂行こうぜ風呂。郷田、その間に準備を頼むわ」
言うやいなや立ち上がり、のっしのっしと歩き出した。その後をヒョコヒョコと小柄な渡部、細身な桜井がついていく。武藤はその後姿を目で追いながら、三人が離れたのを確認してから立ち上がった。高橋が田中を慰労する。
「田中さんお疲れ、仕事は終わりだ。さっさと机を片付けて俺たちも風呂に行こう、それから飯だ」
豆鉄砲を喰らった鳩のような表情で田中が尋ねた。
「皆さん風呂に行くんですか」
「そして宴会だ」
「強制ですか」
「強制はできないが、まぁ、何ていうか。田中さんの歓迎会も兼ねている、そういうことだ」
高橋の切なそうな顔を見て田中は笑った。
「高橋さん、俺がいないと困るんでしょう。正直に言ってくださいよ。きびだんごが無くてもお供しますから」
「助かる。この辺りの慣習では会議の後に風呂と食事が定番だ。この後はオフだからお互いに先輩も後輩も無い。裸の人間がいるだけだ、無礼講だから気を使わないでくれ」
「わかりました。しかし郷田さんから無茶振りされましたけど、大丈夫ですか」
「やりますと言うしかないだろう。それにしても、ああいう混乱というか混沌とした場で主導権を握り相手を立てつつ、落としどころを見つけるのが郷田は上手い。天性のリーダシップを感じる。
俺は理屈で相手に説明するけど、郷田は利を使い揺さぶりながら人を動かす。それでいて清濁合わせ飲む胆力もある凄い男だ。『英国視察』という話をあの場で唐突に提案してくる、とんでもない男だけどな」
「事前に打ち合わせしていたんじゃないんですか」
「全くしていない。打合せをしたら郷田の良さが消えちまうからな。よし、風呂に行くか。宴に遅れると半沢さんの機嫌が悪くなる」

大浴場には浴槽が二つ設置されていて、一方には透明なお湯、もう一方には赤茶褐色のお湯がたっぷりと張られ、二つの湯口からはドプンドプンとお湯が溢れていた。大黒屋には源泉が二つあり、透明なお湯は炭酸泉、赤茶褐色は鉄分を多く含んだ温泉である。高橋と田中が赤茶褐色の湯船に入ると桜井も同じ浴槽に入り
「高橋さん、こんなところで何ですけど、実はジェニファーからは「子どもたちだけじゃなく、地域の大人の方々とも交流したい」って話を聞いています。この前、公民館に相談しましたが実現できませんでした。だから日程さえ合えば来てくれると思います」
と教えてくれたので高橋は心強く感じた。教育委員会と相談する際に、本人の意向が前向きという話があるのは追い風になる。会話を聞いた渡部が隣の湯船から声を掛けてきた。
「桜井先生、ジェニファーって呼び捨てにしているけど、もうそんなに仲良くなっているんですか。お付き合いしているとか」
 渡部の体は小さいが、筋トレが好きなので筋肉質の引き締まった体をしている。桜井は手をブンブンと横に振り、跳ねたお湯が高橋と田中の顔にかかった。
「僕は彼女一筋ですから、そんなこと考えたことないです。それにジェニファーとトラブったら県教委に叱られます」
半沢も隣の湯船から会話に加わる。
「ジェニファーとトラブったら、国際問題になるなぁ」
風呂に笑い声が響いた。
(ジェニファーはともかく、この後はどうなるんだろう。宴会もそうだし、会議も町おこしも不安しかないよ)
田中は不安を打ち消すように風呂の湯で顔をジャブジャブと洗った。お湯の持つ錆臭さと渋みが口の中に広がった。

 浴場の外では川のせせらぎが静かに響いていた。

  

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