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銀山町 妖精綺譚(第4話)

第三章 妖精界入門

 採用されて四日目、田中が朝一番で高橋に話かけた。
「高橋主任、御相談したいことがあるんですがよろしいでしょうか」
「どうした、改まって」
「ゼミでお世話になった教授に『妖精の住むふるさと』のことを相談したら『まずは妖精のことを勉強しろ』と指導されまして、『妖精界入門』という本を教えていただき読んでみたんです。著者は年齢こそ三十代前半らしいですが、子どもの頃から妖精研究に取り組んでいて『日本における妖精研究の第一人者』とのことです。
この本によると妖精というのは元々日本の妖怪みたいな存在で、時代を経て様々な文学や絵画との関わりで、現代では『羽のある小さな女の子』というイメージになったそうです。
ということはですね、大蛇とか座敷童とか地域伝承の妖怪も広い意味で妖精と考えることで、銀山町で『妖精の住むふるさと』というコピーを使うのも有りじゃないでしょうか。
 地域に残る妖怪などの伝承を踏まえつつ、現代では環境の変化に伴い誰もがイメージする『羽のある小さな女の子』に進化しています、という展開です」
「田中さん、その話は自分で考えたのか」
「流れは『妖精界入門』からの受け売りです。けど漫画家の水本しげる先生も同じような考えをされているようです」
「本当か『墓場の魔太郎』の水本先生も同じ認識なのか。田中さん良く調べてくれた。ありがとう」
「高橋さんが言っていたことの実践です。『知識は武器にも防具にもなる、邪魔にはならない』ですよね、俺は妖精の知識が『ひのきの棒と布の服』程度ですから、付け焼刃ですが勉強してみました」
「今の話をちょっと整理する。箇条書きで紙に書いてもらえるか。
 1 妖精とは
   元々は日本における大蛇や座敷童などの妖怪のような、人外の生き物のことである。
 2 銀山町の伝承
   銀山湖の大蛇伝説、太子の座敷童、野尻川の河童。
 3 現在の妖精
   時代や環境の変化とともに妖怪たちは妖精に進化し、今も銀山町で暮らしている。
 4 妖精の住むふるさと
 妖精の住む銀山町を町内外にPRすることで、交流人口の増加、観光産業の活性化を図るとともに、若者の定住につなげていく。
 備考:妖精の定義については『妖精界入門』(著者名)による。
 みたいな感じで書き起こしてくれるか」
「わかりました。もう一個相談ですが、自分のワープロを使っていいですか。実家から持ってきました。俺は字が汚いし、漢字とかを間違えやすいので、なるべくワープロを使いたいんですが、総務課で順番待ちをするのがもどかしくて」
「田中さんはワープロを持っているのか。役場では総務課の一台しかないのに」
「大学の卒論用に買ってもらいました。もう使うこともないので、実家に置いていましたが、役場で書類を作るのに使ってもいいかなと、持ってきました」
「そうか。ワープロを使い、すぐにメモを纏めてくれ」

 数分後の町長室に飯田と高橋の姿があった。入口付近には総務課の宗像係長が待機している。総務管理係長は町長の秘書業務も行うため、来客時には基本的に同席する。
飯田が訪問の趣旨を説明する。
「町長から指示をいただいておりました、『妖精の住むふるさと事業』についてでありますが、今年度から企画課で所管するに当たり町長のお考えを再確認して『若者定住会議』に提案したいと考え、お時間をいただきました。詳しい内容は高橋から説明させます」
 高橋は、田中が準備した書類の内容を説明した。町長は満足そうに頷いた。
「細かいことは企画課に任せるが、そういうことだ。なお我が町には、妖精が住むに相応しい水と森の自然があること。また観光産業は地域経済に効果が大きいことを、頭の中だけで良いから抑えておいてくれ。
 例えば、赤かぼちゃを出荷しても一個あたりの売上は三十円とか四十円にしかならない。しかし観光客に販売すれば、一個百円や二百円になるし、調理すれば三百円から四百円の売上に繋がる。こういう細かいことは資料に入れる必要はないが、住民の皆さんに説明する際の材料として持っていて欲しい」
高橋は飯田に視線を送り発言を促した。
「承知しました。それではこのような考え方で事業を進めさせていただきます」
「流石に企画課は動きが早いな。ちなみにこの資料は高橋君が作成したのか」
「新採の田中が作成しました。飯田課長の指示を受け、妖精について自分なりに調べたそうです」
「そうか飯田課長ありがとう。やはり町の活性化には『ヨソモノ ワカモノ』の力が重要になるな。これからもスピード感を持って取り組んで欲しい。よろしく頼む」
 二人は一礼して、町長室を出た。
「高橋君、俺は田中君に妖精について調べろとか言ったか」
「課長が田中さんに『好きにやれ、責任は取る』と仰っていただいたので、田中が自分で動いたんですよ」
飯田課長はまんざらでも無い表情を浮かべた。執務室に戻ると田中に近づき
「田中君良い資料だった、ありがとう。町長からはこの方向で進めるようご指示いただいた。なお『町の自然』や『観光産業』について助言があったので、詳細は高橋君と調整してくれ。細かいところは任せるから、このままスピード感を持って励んで欲しい。何かあれば俺が責任を取るからな」
 総務課が持て余していた事業が動き出したことで、飯田は誇らし気な口調だった。田中は少し誇らしいものの(こんな浅い考えで良いのか)との不安を感じていた。
「田中さん、当面の課題は『若者定住会議』だ。とりあえず会議開催を起案して通知を送ってくれるか。もちろんワープロを使っていい。俺は町長の考えを踏まえ、会議用の資料を作成する。その『妖精界入門』を後で俺にも読ませてくれないか。ただ本を購入したい時は、ちゃんと役場の予算を使ってくれ。自腹切るような格好いいことは今回だけだぞ。田中さんは初任給も貰ってないんだからな」
 高橋は申し訳無いという顔で田中を見た。
「わかりました。これがその本です。ところで日程と会場はどのようにしますか」
「ちょっとタイトだが、日程は四月十二日(金)十八時半、会場は大黒屋旅館にしてくれ。この通知を参考に文書を作成してほしい」
「役場ではなく、旅館で十八時半からですか」
「この手の会議は、会議参加者の仕事を休ませる訳にはいかないから、基本的に夜に開催する。田中さんは何か予定があったか」
「いえ特に予定は無いから大丈夫です」
「ありがとう、助かるよ。近くなったらもう一回言うつもりだが、その日はそのまま旅館に宿泊する準備もお願いしたい」
(はぁ、宿泊?)という言葉を飲み込み
「宿泊するんですか」
「当町の基本的なやり方ということで、何とかお付き合いして欲しい」
(宿泊費は自腹ですか、もちろん残業代は出ないですよね)と、聞いてはいけないような気がしたので、流れに身を任せることにして「わかりました」と応えた。
 役場の外では、日を浴びた残雪が輝いていた。

https://note.com/tarofukushima/n/n22b420aca2b9


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