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【駄文】4月3日のアンとメイ(2020と2021)

 2020年4月3日、同じ県内ではありますが、福島市にある福島県立医科大学付属病院のベッドの上で、全く動けないでいました。朝9時から不整脈(頻脈)の治療として、カテーテルアブレーションという、3時間程度の簡単な手術を受け、ふとももと鎖骨付近に開けた傷の療養として、寝返りさえも禁じられ、抗生物質を入れる点滴や、排尿用のドレーンなどにも縛られ、白い天井を見上げているだけでした。
 コロナ禍ということもあり、見舞いは禁止です。看護師以外とは、話をすることもなく、時折、スマフォを眺めるだけの1日を過ごしていました。

 なお、通常であれば、2時間程度で終わる手術なのですが、後日聞いた、医師の話では
「太郎さんの心臓ね、予想はしてましたけど、状態が悪くてね、あちこち焼かなきゃならないから、時間がかかりましたよ。その上、ここのところの筋肉が厚すぎて、普通に焼いたら駄目だったので、僕、ちょっと工夫して、こっちの血管を使って、裏からも焼いてね、うまく断ちきれましたよ」
という理由で、予定時間をオーバーしたようで、麻酔が切れた時、
「次の患者さん、待機できてる?すぐに入れるようにして」
と、看護師さんたちが慌てている姿が印象的でした。
 以上、2020年4月3日のことでした。

 そして、2021年4月3日。スウィングマンさんから黒田製作所物語が届きました。

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なんと、嬉しいサプライズでしょう。良い意味で「死んでもいいわ」状態です。そして、早速、ある企業に車を走らせました。

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休みでした。(土曜日なので、休みだろうとは思ったのですが、とにかく誰よりも、どこよりも早く、お届けしたかったのです。郵便受けがあれば入れようと考えていたのですが、ありませんでした。週明け、月曜日の午前7時45分にお届けしました)

 市内は、桜が華やかでしたので、逢瀬公園に向かいました。
 まずは、水芭蕉です。

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そして、桜です。

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公園の展望台から、郡山を一望しました。

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『ここが、俺が生まれ育ち、仕事をして、子どもたちを授かった場所だ。大切な人たちとも、この街で出会った。ここが、郡山が好きだ』
と、再確認した2021年4月3日でした。

 そして、2020年、2021年とも変わらぬものがありました。

「ひとり、ひとり、今日もひとり、銀色の遙かな道」

 はい、多くの家族連れやカップルの中、独りで歩き、独りで写真を撮る私がいたわけです。
 楽しい行楽の場所に、胡散臭いおじさんが独り居て、皆さんの気分を害してしまい、大変失礼しました。
 
 それでも、かこに感謝して未来を見て、生きていこうと思います。

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