囀り240429


10代の終わりころ、黒澤明の『どですかでん』を観た。
黒澤が、東宝と20世紀フォックスの巨額を投じた合作映画『トラ!トラ!トラ!』の監督をノイローゼを理由に降ろされ(実際は作品編集の最終権限をめぐるプロデューサーとの対立だったと後年明らかになったが)、数年後に独立プロ(四騎の会)で制作された黒澤最初のカラー作品だ。
原作は『赤ひげ』と同じ山本周五郎の『季節のない街』。山本にしては珍しい、現在東京ディズニーランドと化した浦安の埋立地を舞台にした、現代ものである。
ぼくが観た当時、小津や溝口が絶賛され、黒澤はテーマが家父長的だの、ただのエンターテイメントだのと否定されることも多かったが、文学性や絵画性や演劇性ではなく、映像の表面的空気感や音楽的な時間にこだわる黒澤がぼくは好きだった。
そんな彼の待ちわびられた新作『どですかでん』(1970)は奇妙な映画だ。主人公は電車バカと呼ばれる少年。空想とともに街なかを「どですかでん、どですかでん‥」と言いながら空想上の電車を運転し練り歩く。彼を狂言回しとして、都会のゴミの埋立地上に建てられたバラックの並ぶ街に生きる人々の人間模様を描くオムニバス的映画。黒澤とともに『トラ!トラ!トラ!』を降板した武満徹の音楽が美しい。
酔った勢いでお互いの家を取り違え、ついでに妻を取り違え、またいつしか元に戻る労働者どうしの夫婦交換の話。初のカラー映画で黒澤は青と赤という分かりやすい労働着と家の扉の色で映像化している。プール付きの豪邸のありえない計画を語る乞食の父親と「そうだね、それがいいね」と頷く幼少の子供。飲食店の裏口から持ってきた鯖の刺身を「君、これはしめ鯖だよ、しめ鯖は大丈夫だよ」と言って息子に与え、子は食中毒で亡くなってしまう。スコップで穴を掘り我が子の遺体を埋め、穴の縁にたった父親が言う。「君、プールができたよ」。幻想を一瞬映像化した、緑に囲まれた青いプールが美しい。
そういったなかに、実の父親が実の娘を犯すというエピソードがある。当時10代のぼくは「いくらなんでもこれはありえないでしょ。あまりにも無理がある」とこのエピソードを観た。
だが、この歳に至るとそんな話が世間にはごろごろあることを知るようになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?