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喇叭亭馬龍丑。日記「ハードボイルド・テンダーマン、エンター・サンドマン」4/23(火)

2024.4.23(火)

「ハードボイルド・テンダーマン、エンター・サンドマン」

 トランペッター、金策に走る。それは天啓のように降ってきた。「オマエにもうギターはいらないだろ?」と。生前整理の一環。

 最期にもう一度、ケースから取り出し爪弾く。愛でているうちに感傷が頭をよぎる。出来ることなら売りたくないが、もうこの人生で弾くこともなさそうだ。ならば、誰か弾いてくれる人の手に渡った方がお互い幸せだろう。そんなところだ。

*

 アコースティックギターは軽いが、withハードケースとなると重い。とはいえ、筋トレの民。買った頃より軽々と持ち運べる。バスと電車を乗り継いで目的の店へ。結局、指は千切れそうになる。もっと歳を取ったらギターのハードケースなんて持てなくなるだろうな。トランペット、withハードケースでも至極軽くて良かった。

 査定を待つ間は、死刑宣告を待つ囚人のような心持ち。これはギターだろうが、本だろうが、レコードだろうが、何かを他人の手に委ねる時にはこの気分。愛の告白だって同じこと。

 まぁまぁの値段で合意。プラザ合意。昔、このギターを買ったときのことが蘇る。うむ。買って良かった。今こうして金に化けた訳だが、想い出は胸の中だ。こればかりは誰に譲り渡されることはない。

 帰ろうとする目の端に見覚えのあるギター。あれは…一昨年くらいに俺が売ったアコギじゃないか。自分の手を離れたとて、昔のギターはすぐにそれと分かる。街中で偶然に再会した十年振りの恋人みたいに。メイプルの杢目とヘッドの割れ修理跡、ボディの特徴的な染み。

 あれから二年くらいか。未だ店頭に並んでいるところを見ると、なんだか申し訳ない気持ちになる。一瞬、売った金で買い戻そうか、という想いがよぎる。とはいえ、過去には縋らないが信条。こちとらハードボイルド・テンダーマン。エンター・サンドマンはメタリカ。

 残るギターはレスポール一本。こればかりは売りたくない…。今再びの天啓が怖い。


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