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リ・ライト ~ 小説家

 黄昏の頃、その客人は来店した。
 
 容赦のない残暑に打ちのめされながら、深いブルーのバイクが駐車場に滑り込む。降り立った男性。バイクの部品の一部のような軽量化されたボディをしている。きっとアルミニウムが主食に違いない、と思わせるほどに。
 やや挙動不審気味に店内にそっと入る。不法入国してきた東南アジア辺りの青年を連想させる挙動を維持しながら窓際のカウンター席に着く。
 店主の出迎えに珈琲とワッフルを注文する。珈琲には砂糖とミルクをたっぷり入れて飲むのがお気に入りである。
 最近、調子はどうですか? と店主に問われると、ぜんぜん書けてませんね、と宙を眺めながら返した。
 
 みっひーさん。小説家。
 
 21世紀が幕を開けるとパソコン、携帯電話、スマートフォン等々の普及に伴いインターネットが日常の一部となった。そういった背景のもと小説というものも、その在り方が変化していった。それまでは小説を発表しようと思えば何らかの文学新人賞に応募し受賞してデビューするか、或いはマニア向け同人誌等に参加するか、自費出版でもするか。
 そういった状況の中、インターネット上に小説投稿サイトが誕生する。だれでも手軽に小説が発表できるようになったのである。黎明期にはそれほど注目もされていなかったがゼロ年代にヒットした携帯小説やそれに続くライトノベルブーム等を経て大手出版社も巻き込みながら小説投稿サイトはその数を増やしていった。
 
 みっひーさんはそんな波に乗っていた。
 
 大手出版社が主催する文学新人賞に応募しそれなりの評価を得てメジャーデビューに向けて事が動き始める。しかしこれが出版社の事情により立ち消えになると活躍の舞台をインターネットに移す。
 みっひーさんはいわゆる引き籠りの態勢を整えると世の中に背を向けるかのように小説を書き続けた。長編、中編、短編、掌編、いくつもいくつも物語を生み出していった。
 自身の小説サイトを開設し、投稿サイトにも精力的に参加していく。大手出版社が主催していた投稿サイトでは編集者の目に留まり、担当が付くことになる。中堅出版社が主催していた投稿サイトではグランプリを獲得し、いよいよメジャーデビュー秒読みという段階に駒を進める。ネット上の、もしくは地方都市が主催の小規模な文学賞もいくつか受賞した。
 どこか傍観したような、独特の重さと軽妙な諦念が入り混じるその作品群は確実に結果を残していった。
 
 だが、みっひーさんはまだメジャーデビューをしていない。
 
 紆余曲折があった、と言ってしまえばそれまでなのだが。
 ただ、エンターテイメントの世界というものは往往にしてこういうものであり、みっひーさんが特殊なケースというわけではない。
 一瞬の眩い光を放ち、その時代その瞬間を照らす。その光を放つために用いられる熱量は莫大で、それに対する疲弊もそれに準ずる。エンターテイメントとは、そういったもののような気がする。
 
 みっひーさんは数年続けた引き籠り生活を終え、労働に勤しむ日常を選択した。
 
 喫食後、軽量化されたメカニカルなボディでレジに向かう。会計を済ませ店を出ようとして少し立ち止まる。
 これからは人を書いていこうと思います。
 そう言って照れくさそうに笑った。
 店主も嬉しそうに少しだけ笑みを返した。
  
 今晩は独特の重さと軽妙な諦念が入り混じる作風の小説でも読みながらグラッパを飲みたい気分である。イタリアでワインを醸造した後、残ったブドウの絞りカスを使って作られる酒である。役割が終わったと思われたブドウがもう一度光を放つ。グラッパとはそんな酒である。
 
 
 
本日のお客様
 
みっひーさん
http://banibaninobody.web.fc2.com/


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