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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#106 日本最古のものづくり(上)

――おや? 年始から忙しくて、今夜もお疲れのようですね。すでに赤ら顔で、会合からのお帰りですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。いつの間にか小寒(しょうかん)も過ぎてて明日は大寒だからさぁ、赤ちょうちんで熱いのでも一杯、と思ったら業界で顔見知りの先客がいてさ。それを知った大将が、さあさ隣に、なんて言うもんだから先客の隣で乾杯してさ。ロボット業界としては去年は期待ばかりが先走って、なかなか水揚げにならなかったんだけど、今年はどうかねぇ、なんて言ってるうちに一杯が二杯になって、結局何杯になったのか覚えてないんだよねぇ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「春菊のかき揚げ」かぁ。へぇ、ひと足早く春を感じるね。でも、これじゃバーじゃなくて割烹だね。ホント、マスターは器用だねぇ。春菊のこのほろ苦さは、おっさんにならなきゃ良さが分からない味だよねぇ。若い衆ならそもそも、春菊なんて頼まないし、見向きもしないもん。せいぜいフライドポテトだろうなぁ。オレなんておっさんになって、家でビールを開ける時はポテトチップスじゃあ油っこくて、一袋食べるのもおっくうで、せいぜいナッツぐらいで満足しちゃうんだよね。そうそう、油で揚げると言えばマスター、フライパンやナベってどんなの使ってる? 今はアルミ製が多くなったけど、むかしは鋳物のごっついやつが普通だったじゃない。えらく重くて洗った後に油を塗らないとさびちゃうやつ。最近また流行ってるらしいけど、あれこそ日本最古の金属加工、いわば日本最古のものづくり、なんだよなぁ……。


 やっぱりマスターは、仕事で使うから鋳物のナベやフライパンを使ってるんだね。あっ、あっちには銅製のナベも置いてあるんだ。さすが、料理によって、いろいろ使い分けてるんだねぇ。

 鋳物って聞いて、一般のひとにはなかなか、現物をイメージできる人少ないんだろうね。ナベヤフライパンの他にも、お寺の鐘やマンホールのふた、金属製の水道管なんかも鋳物と呼ぶ。むかし遊んだ、超合金ロボットなんてのも鋳物のひとつ。まぁこれは、40代後半以上の年齢の人しか、ピンとこないと思うけど。

 お寺の鐘で説明すると、木やプラスチック、発泡スチロールなんかで原寸大に作った模型、中子(なかご)って言うんだけど、中子が入る大きさの鉄の箱に入れて、隙間に砂を詰める。ただ詰めるだけでなく、ぎっちぎちに詰めるのがコツだ。ぎっちぎちに詰めないと、鐘ならば、表面の凹凸模様や空洞の部分を中子の通りに再現できなくなる。

 中子にはあらかじめ、鉄の箱の外側に向かって伸びる注湯口を作っておく。熱々に溶けた金属が入った溶解炉から注湯口に注ぐためにね。鉄が溶けるぐらいだから、実際には溶解炉は軽く1,000℃を超えるほど、アルミなら600℃を超えるぐらい熱しないと溶けないからね。工場の室温は当然、高くなる。

 鉄が冷えるのを待って、鉄の箱から砂を避けると、中子の形をした金属が出来上がる。あとは注湯口を切り取って、形を整えれば出来上がり。ざっくり説明するとこんな感じ。

 実際には、砂に固まりやすい薬剤を混ぜたり、鉄の箱を分解できる仕組みにしたり、さらに注湯口は溶けた金属が全体に行きわたるようにするなど、いろんな工夫が織り込まれている。

 西暦の1500年ごろには、こうした鋳物作りを商売にする人もいたらしくて、金属加工では日本最古と言っていい。日本最古のものづくりだね。

 こうして説明すると簡単に聞こえるけど、実際の作業はホント大変なんだよ。第一に金属を溶かすために1,000℃を超えて熱するところを想像してみてよ。現代で言えば、赤く溶けた鉄が流れる製鉄所の中みたいなもんだよ。そりゃあ現場はうだるような暑さになる。火花が飛ぶし、危険な職場だよ。

 で、中子が冷えたら鉄の箱から取り出すんだけど、熱した細かい砂が舞うんだ。マスクしててもカオ中の穴という穴に熱い砂が入り込む。ひと仕事終えるたびに、身体中が真っ黒になる。鋳物工場にはだいたい、風呂場が併設されている。風呂にでも入って全身を流さなきゃ、とても街中を歩けないからね。

 で、例のごとく3K仕事に分類されてしまい、人がやりたがらなくて、結果として人材難になってしまったんだ。

 まぁ、中には資本力のある会社なんかが「世界一きれいな鋳物工場」なんてものを作り、注湯作業を別室にして、鉄の箱から鋳物を取り出す作業は砂が飛び散らないよう、巨大な掃除機みたいな吸引機を置いたりしてそれなりに気を使ってるところもある。あくまでそれは、資本力のあるごく一部の会社だけなんだ。

 多くはやっぱり3K職場のまま。工場の周りが住宅地へと変わると、土地を売って郊外に移転する。「キューポラのある街」と言われた埼玉の川口だって、鋳物工場の跡地は高層マンションに変わった。今じゃ、クルド人の問題が取りざたされているけど、そもそも彼らが川口に住んだのだって、集積する中堅・中小企業が、外国人労働者の受け入れに寛容だった、寛容にせざるを得なかったからなんだ。

 工場を郊外に移転しても、自然環境に対尾する基準が厳しくなるのに嫌気がさして、海外で工場を建設するところも現れた。古くは台湾や韓国、その後は中国に進出しても、結局はそれぞれの国で規制が厳しくなって、人も集まらなくなっていった。今じゃタイでさえ、最新設備をそろえないと稼働も難しく、人の集まりも悪くなった。そりゃあ誰だって、冷房が効いた最新のIT工場で働きたいよねぇ。

 そこでようやく、オレが呼ばれたんだよ。じろちゃん、なんとかしてよってさぁ。むかし商社にいた時に機械のベースとなる鋳物を探してた縁で、最近はこの手の依頼が多くなってきたんだよねぇ。

 でね。それを…

――ちょっ、ちょっと待ってくださいたにがわさん。いつもより前置きが長くてこんな時間です。とことんお付き合いしたいところですが、そろそろカンバンです。続きは次回、ゆっくりお聞きしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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