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大学院の仲間がまた来た。

1週間が終了。
本日は、西川研の仲間がわざわざ勤務校まで来てくれた。
変わらず元気そうでよかった!

自分の授業を見て気付きがあるかはわからない。
ただ、自分もいろんな人の授業から本当に多くの学びをいただいて、その蓄積によって今に至る。

その恩送りになるのかわからないが、声がかかるなら、予定が合わない限りは断る理由はない。

違う学年、違う教科を同じ授業者がスライドする様子、子どもたちの様子を見てもらった。

前の時間は数学をペラペラ?喋っていたのに、次の時間は白衣を来て、薬品を配ったり、実験を見守っていたりするわけである。
学年も変わるので、反応も異なる。

先日小さな一件あったクラスを見ていただいた。
進度が個々にずれ始めている。
実験の準備の側は少々手間取るのが本音である。
ただ、この自然な流れは大切にしたい。
少しだけだが、所謂「学習」っぽさは見られるようになった。
私の目的は所謂「学習」ではないが、「学習」が機能しながら、深みを増すものだと考えている。

全体的に問答の内容もすこーし深いものが増えているように思う。

午後ももう片方のクラスの理科の授業。
こちらは説教していない。

ただ欲が出て、似たようなことを話したのは失敗だった。
これこそ所謂説教のようになったように感じる。

その場で起きたことをフィードバックするから意味があるのだ
授業とは、生物なのだと改めて感じる。自分を戒める。

さて、これからどうなるか。

放課後

両クラスの担任不在で、私と副任で終学活。
またポカして、連携不足が数件あったが、許容範囲。謝ればいい話。

生徒指導系の案件がチラホラ。
少々対応。
初任者の副任にも協力してもらう。

また改めて、このような案件を司る立場なのだと実感。
自分だけでやってはいけない。
ただ、まだ抜け切らない。

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