煩悩具足の凡夫ですが、君子は豹変す、を目指す

他力本願

悩具足の凡夫っていうことばが好きだ。

煩悩という鎧で身を固めちゃって汗かいて、怒ったり泣いたり笑ったりしてる姿が見える。
とてもいとおしい。

慈悲の眼差しを感じる。
お前は駄目だ!って断罪してるんじゃなくて、
幼子の自分なりの成長を見守ってくれている眼差しを感じる。

あ、わたしまた、誤った、という場面で、『煩悩具足の凡夫』が思い浮かぶ(他力)と、自責自罰遊びという退廃に進むのを止めることができる(自力)。

自・他を害っているとしても「慣れ」を手放すのは難しいなー!と切実に感じている今日この頃

Ohzaさんのnoteで褥瘡の手当てについて読んだ。

毎週主治医がやって来て、不良肉芽(上がって来た正常では皮膚)をガリガリと落とすという作業が成されていた。

Ohza 7.23 note 

治療法が誤っているために正常な皮膚が形成されない→だから医師はその部分を削って帰る、ということが繰り返されているのだという。
この場合は使わなくてよい殺菌剤を主治医が使用している。

別のところでもOhzaさんはこの例を書いてらした。
「むかしはそれが当たり前だった」「むかしはそれが正しかった」でも、「いまは多くの研究が否定しているよ」っていうことはいっぱいある。
医学は日進月歩でお医者さんは忙しくて、新しい知見を取り入れる暇はないのかな?とそのときは思っただけ。
今日は休みだから🔎してみた。

最近の知見ではないの・・・

Ohzaさんは現在の職場で褥瘡に「湿潤療法」を実践、実際に治癒を目の当たりにした人たちから理解を得た。
実践を阻む壁──実現するまでの忍耐の道のり──
無用の苦しみを与える治療法だとしても、それを疑いもしない人が多数を占めているところで、ひとり違うことを言っても通用しない。

上の「まるわかり 新 褥瘡ケア」で「1950年代くらいから、湿潤状態のほうが創傷は早く治るというデータが出され始め」という記述を読んだら少なくとも60年以上も前からの積み重ねがあった。

殺菌剤を製造販売している企業と医師が既得権益を守るために、解り抜いていて知らないふりしてる?

【参照】褥瘡に直接つながってはいませんが。



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