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#9 子育てって、私のしたくてたまらないことだった。させてくれて、ありがとう。

昨日、また、娘にひどい言葉を言ってしまった。

自分が言われたくないような言葉を言ってしまった。

なんてダメな母親だろうって思った。

高額教材を買ったのは自分でしょ。
子どもがやりたいとは言ったけど、買うって決めたのは自分でしょ。

教材をここまで活用して、力をつけてくれただけでも、
楽しい時間をたくさん共有できただけでも、
買ったことに意味はあったって思うし、後悔はしていない。

でも、つい欲が出てしまうんだよね。ごめんね。
ちょっと間違えただけなのに怒って最低だね。

言った後に自己嫌悪に陥る。
だったら、言わなければいいだけなのに。
つい言ってしまう、己の弱さ。

自分だって全然満点なんかじゃないのにね。
自分だってワーキングメモリー少ないのにね。
頭で分かっていたってできないことばっかりなのにね。

今こそ、自分の「業(ごう)」を見つめなくては。
今こそ、感情ではなく、思考でもなく、「感覚」に目を向けなくては。
そのためには、心をしずめ「感覚」に目を向けるためには、物理的な距離を置かなくては。

自分が言われたくないことは言わないと決めよう。
いつだって、自分で決めて、自分で自分に約束するのが最強。
誰かに命令されたことなんて、一回だってまともにできたことないもんね。


それなのに

娘は「まま、だいすきだよ」って言って、
「紙皿をちょうだい」といって、紙皿でこんな飾りを作ってくれた。

ありがとう。
こんなママでごめんね。
ママもだいすきだよ。
せかいでいちばんだいすきだよ。
あなたは、せかいでいちばんかわいいよ。



子どもを生む前はこんなにも自分の子が愛おしくて、可愛くてたまらないって、知らなかったけど。今は心底そう思うんだよ。

子育てって、こんなにイライラするんだね。知らなかった。

子どもがほしくてもなかなかできなかったとき、
子育ての悩みなんて、雲の上の話だと思ってた。
子育ての悩みを聞くと、なんて贅沢な話って思ってた。
だから、子育ての悩みなんて聞きたくもなかった。

子どもができなくて悩む私に
子育てはほんとうに大変なんだぞ」って父が言ったとき
私は悲しくてたまらなくて、涙が出た。
そうかもしれないけど、私は子育てがしてみたいんだよ。私は子育てができないかもしれないんだよ
って思ったことを昨日のことのように覚えている。

だから、思う。
3人の子どもに恵まれた今、思う。

私の場合、
子どものためっていいながら
子育てって、私がしたくてしていること、なんだろうなって。

したくてしたくてたまらなかった子育てを
させてくれている子どもたちに感謝したい。

自分のために努力するほうが簡単だなんて思うけど
自分のことだって失敗だらけなんだから
まして
自分ではない子どもで思うようにいくはずがない。

そういえば、父はいつもぼやいていたな。
子どもは思うようになんていかないもの」と。

それを聞く度、「こんなできそこないの娘でごめんね」って思ったなぁ。

子育てという種まきを楽しみたい

子育てって、種まきみたい。
芽が出るかなんて分からない。
でも、私にできるのは種をまくことだけ。

それに、種をまかないで後悔したくない。
まかずに後悔するくらいなら、まいて後悔のほうがいい。
また、種をまいている過程も楽しみたい。

いや、今だって、理想からは遠くても
じゅうぶん楽しませてもらってるじゃないか、
小さい小さい芽生えはたくさんあるじゃないか。  

だから、やっぱり、子育てって自分でしたくてしていることなんだな。

子どもに恵まれていなければ、
種をまくことすらできなかったんだから。

子育てという種まきをできていることに感謝したい。

それを忘れずに、
いつか大きく実るかもしれない日を楽しみに
ゆるゆると続けていきたいです。

読んで下さるあなたがいるから、今日もnoteが書けています。 またお時間のあるときに見に来てくださると嬉しいです。