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クラスのいじめが一つ消失した日 by元教員


今日エブエブみて夜桜みて、センチメンタルな哲学的な気持ちになりながらの記録、車内でみたネットニュースにいじめ保険の文字があり、ある出来事を思い出しました。

社会に出てすぐ、わたくしは小学校の先生になりました。担任クラスは高学年。児童数は少ないので学年全員が友達みたいな感じの雰囲気でした。


気になることはあった、前々から。

遊びから派生しているであろう友達をあだ名でからかうムーブがみられた。わたくしは、個人としても先生としてもその行動を面白いとはあまり感じられず、都度注意してみるものの子ども間の関わりの変化はあまりない。言われている子は「もー!やめなさいよ!」と、あだ名を放つクラスメイトに大きい声で言って笑ったり、追いかけたりしていた。友達同士の楽しい掛け合いの時間にみえるけど。『けど』がずっとわたくしの心に引っかかっていた。

いじめと決めるのは被害者である。しかし、いじめに感じたのが先生の場合ってどうなんだろうかと私は考え込んだ。クラスの全員に心の底からわかってもらいたかった。自分が言う側だったら、言われる側だったら。子ども同士に限定して、伝わる方法を模索していた。私は黒子としてクラスの子らに気づくきっかけを作る。そういう仕事をせねばなるまいと思いついた。

夜の職員室。画用紙に大きく😊描いた。


翌日の帰りの会、会の最後にある『先生からの話』で、わたくしは画用紙を両腕高く伸ばし全員にみえるように開いてから問う。
「この人、どんな気持ち?」
ハッピーな意見ばっかり。だって笑ってるよ、たのしそう、遊ぶ時この顔!嬉しいとき!と子ども達は言っていた。

「表情から気持ちってわかるもんね、みんなよくみてるね」

私の返答に、誇らしげな顔をする子が多かった。当事者も「楽しそう」と発言していた。

「いや実はさ、先生がこの人の気持ちを描いた正解はね、これ」

紙をひっくり返した。その顔は😢
泣いている。

クラスがしんと静かになった。
「ねぇ、不思議だよね。笑ってて楽しそうなのにね。気持ちが泣いててもくしゃくしゃでも、こんな顔で堪える人っているんだよね。」

「先生はさ、大事なこのクラスのみんなをこうしたくない、うん、こうしたくないんだよね」

みんな真顔だった。その雰囲気と顔をみて、内心(へぇ、割と伝わってくれたかな?)なんて呑気に思っていた。啜り泣く声が聞こえた。いつも元気な女の子と、スポーツが大得意の男の子が俯いていた。そして、大泣きした。何年も前からずっと、からかいのあだ名を言われることの多かった女の子と、背が小さいことを言われ続けていた男の子。泣いたのは初めてみた。私がみんなにみせてる絵のように泣いていた。「みんなで心から笑顔で過ごせるクラスがいいです。今からまた、よろしく。」

で、帰りの会を終えた。さよならをした後、この子らのあだ名は言われることがなくなった。

いじめが消失した。

私は「2人がやっと泣けてよかったな」と思った。いじめって消えるんだと衝撃だった。消えないものだと思っていたのかもしれない。あのあと2人にはすぐに友達がかけより、それぞれ照れくさそうにしながらも、さようならと大きな声でわたくしに手を振りみんなと帰って行った。


その時その場の子たちや先生、地域や親や学校全ての環境の状況で解決策がかわる。今回は担任だった私が介入しただけ。
あの絵2枚をみた瞬間。多分、クラスの中は子ども達だけの世界になった。私は消えて、ナレーターのような、何かとして担った。笑ってる顔が泣いてた。今席で大声で泣いた子は、どうだったか。みんながみんな今までの関わりを振り返り、思い出しているようであった。いつも何を言っても笑って受け止めてくれていたから。2人がお互いに言い合う日もあった。加害も被害もみんなが一斉に両方の気持ちを体験してくれたのかなと。


話は遡り数週間前。
放課後にいつものトーンだけど深刻な目で「私ゴリラって言われるの嫌なのにみんないうんだよ!」て言ってくれた子がいた。
「そう感じたのは最近?先生はずっと引っかかってたんだけど、遊びなのか、いやか、わからなくて。それを決めるのは◯◯さんだからね。私が〇〇さんだとしたら、自分から言って周りが言って笑うなら平気だけど、自分がよく思わないのに言われたらいやだ。」みたいなことを言ったら「ずっと!小1から!でも友達だから。仕方ないけど、いやだよ」と教えてくれた。私は目を見て、少しトーンを柔らかく落として、「うん、ずっとみていたから。直接観ていた時は注意しているけど、、先生としても私としても、消したい。消していい?方法を考えるから少し時間がかかってしまうかもしれないけど、どうにかしたいからやってみていい?」て聞いたら、うん。と返してくれた。ありがとうと私は子にお礼を言った。それからクラスの観察をさらに行って、みんなに刺さるものを、、うーーーん!あ!これでやってみるか!と思い切ったという。

クラスの子たちからありがとうもごめんなさいも私にはない。それで正解。言うべき人や誠意、成長、反省をみせるべきなのは友達にだものね。さてその後、あだ名がなくなった子が卒業式で「学校の先生になる!」て言ってくれて今度は私がみんなの前で号泣しました。ちょっと忘れててこの話。


中学にあがった後も、ちょくちょく寂しがっている私のところに来てくれたクラスの子たち。「入学したあと、他の小学校からきた子に揶揄われた時、本人よりも周りの子らが注意してくれてるんだよ〜優しいの!」とその子らは報告しにきてくれた。

反省点はやはり観察の時間が必要で迅速に解決できなかったこと。
良かった点は、全員が気づいたこと。

親切であることが大事。

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