見出し画像

アングラの王子様 33

翌日、部室に行くと谷垣さんが発表があると言い出した。
また、何か企んでいるのだろうか。
せっかく、台本を覚えたばかりだというのに、また台詞が変更されたら困る。
谷垣さんは全員が揃うのを待ってから、口火を切った。

「今回の定期公演ですが・・・やはり、安全面に考慮して、お客さんは入れないことにしました」
「え?ってことは・・・」
「無観客・・・?」

谷垣さん以外の全員の頭にハテナマークが浮かんだ。
お客さんがいない状態で、演劇をやる意味とは一体なんだろうか。
それは稽古と変わらないのでは・・・?
みんなの頭に浮かんだ疑問を今井君が代表してぶつけてくれる。

「それってやっぱり、爆破予告があったからですか?」
「そういうことです。私達はともかく、お客さんまで危険な目に合わせるわけにはいかないですから」
「でも、お客さんには観てもらいたいです」

谷垣さんは待ってましたとばかりに立ち上がった。

「そこで、今回はーーーーーライブ配信と致します!」

ライブ配信?
唐沢マリンがやっていた配信を思い出して少し嫌な気持ちになる。
そこで、国枝さんが口を挟んだ。

「そんなの、素人にできるもんなの?知識もないし機材もないし・・・」

国枝さんのツッコミに対しても、谷垣さんは不適に笑みを浮かべるばかりだ。
こういうときの谷垣さんはちょっと気持ち悪いが、誰にも止められない無敵感を感じる。

「うちの大学には、動画撮影やライブ配信に関するスペシャリスト集団がいます」

そんな集団いたっけ?と頭を傾げていると、谷垣さんが徐にカーテンを開け放った。
窓の向こうに見えるのは新サークル棟だ。

「動画サークル?」
「そう。そして、彼らは演劇サークルの部長であるこの私に負い目を感じている」
「負い目?」

私のその問いかけには国枝さんが答えてくれた。

「みんないきなり辞めちゃったからね。この人には合わせる顔がないのよ」
「そういうことです。それで昨日、動画サークルに交渉に行ったところ、すんなり快諾していただきました」

谷垣さんはそう言って、「誓約書」と書かれた紙をテーブルの上に置いた。
『甲は乙に対して、下記の事由につき、全面的に協力することをここに制約するものとする』
それっぽいことが書かれてはいるものの、要するに、「定期公演の時に、機材一式と撮影スタッフを寄越せ」ということだ。
かなり横暴な書類だが、しっかりと映像サークルの部長名義でサインされている。
一体、どんな取引が行われたのか、想像するだけでもおぞましい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?