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アングラの王子様 36

いよいよライブ配信が始まった。
演劇サークル 定期公演『アングラ』と書かれた横断幕がステージの後ろの壁に貼り付けられている。
物語は、探偵事務所でバイトをしている今井君が、大学で巻き起こる様々な事件を解決していくというもの。
小さな事件をいくつか解決した後、このお芝居の核になる事件と相対することになる。
その事件こそ、旧・サークル棟アングラの爆破予告事件である。
つまり、この脚本を仕立て上げた谷垣さんの狙いは、実際に起きているアングラの爆破予告をお芝居に落とし込むことだ。

「あの爆破予告をお芝居の演出に使うなんて、今でも信じられない」

国枝さんがそう漏らしたのに私も同意した。
ライブ配信の中では、リアルタイムで演劇に対するリアクションが投稿されていく。
爆破予告の件が流れた時、視聴者達はどんな反応を示すのだろうか。
それを考えただけで、胃がキリキリと痛む。

「観ている人の気持ちを逆撫でしないか心配だ」

パソコンの画面を見つめている今井君がそう呟いた。
私達の不安を察したのか、谷垣さんが宥めるように言った。

「撮影は終わっているんですから、今から何かを変えることはできません。それに、今井君の今日のお芝居はとても良かったですよ。感情が乗っていました」
「実際に爆破予告をされているんですから、感情が入るのも当たり前ですよ。あれは演技というより、素の感情に近いです」
「いいんですよ、それで。お芝居は複雑な感情をいかに表現するかが大切ですが、その感情は全くのゼロから生まれるものではありません。どんな役者さんでも自分の中にある素の感情を上手く操っているに過ぎないのです」

2人が話しているうちにも、画面の中のお芝居は進んでいく。
そして、お芝居は爆破予告事件に突入する。

『これって・・・』
『爆破・・・予告・・・?』

今井君の隣で驚いている演技をしている自分自身を観て、つい目を逸らしてしまう。
我ながら、下手な芝居だ。
目を逸らした先に、谷垣さんと視線が合ってしまう。
谷垣さんはニコッと笑って親指を突き立てた。

「良いお芝居ですよ、白石さん」
「やめてください」

谷垣さんのからかいを振り払うように、パソコンの画面に向き直った。
その時、ライブ配信のコメント欄に多くのコメントが寄せられた。

『もしかして、あの爆破予告って演劇サークルの自作自演だったの?』
『演出だとしても不謹慎過ぎるだろ』
『これは許せん』
『金返せ』
『↑金は払ってない。が、時間は返してほしい』

そんなコメントと共に、視聴者がどんどん減っていった。

「これって・・・」
「毎度おなじみ炎上商法ですね」

谷垣さんは「はっはっは」と高笑いした。

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