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戯曲「あなた変わったわ」


中央に一組の男女が立っている。


女: あなた変わったわ。
男: ...
女: 前はこんな人じゃなかった。

少しの沈黙。

男: 何が?
女: だからあなた変わってしまったのね。
男: 何が?
女: あなたよ。
男: わからないなぁ。
女: どうしてわからないの?
男: お前は変わったと思うの?
女: 思う。
男: そっか〜。俺は変わったのか。
女: ええ。
男: ふーん。

女: 別れましょう。
男: え?待って待って待って。なんで?
女: あなた変わってしまったからよ。
男: 変わったのはわかったよ。でも...まだだもの。
女: 何がまだなの。
男: まだって...ほら?描写が。
女: 描写?
男: いきなり別れましょうだなんて。
女: 仕方ないわよ。
男: ダメだよ〜。何が変わったのかさ、わからないじゃ無いの。
女: そんなの関係ないわよ。別れましょう。
男: 待って待ってよ。君が変わったって思うのは勝手だし、別れたいと思うのも勝手だけれどさ、俺は腑に落ちてないよ。だって何が変わったのかわからないんだよ?
女: じゃあどうすればいいの?
男: どこがどう変わったのか教えてよ。
女: 自覚ないの?
男: ない。
女: ホントに?
男: うん。というかみんな俺と同じ意見だと思うよ。
女: みんなって誰よ。
男: 我々を観ている人たちだよ。
女: 誰もいないじゃないのよ。
男: いるよ!
女: いないわよ!
男: いるよ。
女: 誰よ?
男: 隣の部屋の人とか。
女: 聞いてないわよ。
男: 壁薄いんだぜここ。(客の方に近づいて壁があるかのようなジェスチャーをする。)


男: 俺だけじゃないよ。このやりとり聞いた人みんながお前の言ってること変だと思うよ。
女: そんなはずないわよ。
男: なんでそう思うわけ?
女: だって同棲してる私が変わったって言ってるのよ。前はこんな人じゃなかったわ。
男: ちょっと待ってよ。

男、考える素振りをする。

男: 勘違いじゃないの?
女: そんなことないわよ。
男: いや俺思うんだよね。ドラマとかでよくあるけどさ、変わっちゃったからもう別れようとか言うけどもね、あれ大して変わって無いと思うんだよ。
女: そう?
男: だってドラマなんて1話50分くらいだろ?そこに色んな人物が出てきてさ、なんかやり取りとかあるけどさ、全部を映すわけじゃないでしょ?
女: 部分的にしか描写されないってこと?
男: そうそう。切り取ってるわけじゃん。
女: そうしないと話にならないものね。
男: でもさ、人ってそんな簡単に変わるものかなぁ。本質的には変わってないんじゃないのかな。
女: 小難しい話になってきたわね。
男: すごいいいヤツが悪に堕ちることとかあるけどさ、人間って元から完全な正義とかなわけじゃないと思うんだよ。誰だってどっかしらには悪いところとか狡いところがあると思うし、偶々そういう悪いところばかりが目についていて、実は前からやなヤツだった可能性もあるよね?
女: まぁ否定はしないけど。
男: 恋は盲目とか言うでしょ?やなところに気づかなかっただけかもよ。
女: そういう可能性はあるかもしれないけど、今関係ないじゃない。それはドラマでしょ。今は現実の話をしてるんだから。

女: 私はあなたとずっと一緒にいたから変わったってのがわかるのよ。
男: でも24時間じゃないでしょ?
女: なに?
男: 俺は自分のことを24時間365日ずっと見てるわけだ。
女: 寝てる時間があるじゃない。あなたが寝てる時間は自分のことを見てないでしょ?
男: そうなんだよ。確かに寝てる時間はお前が俺を見てる時間が増えることになる。でもね、お前が言う、俺が変わったって言うのは俺が起きている時間の話だろ?
女: ん?
男: だから、俺が起きている時の態度とかが変わったってことだろ?
女: 回りくどいけどそうよ。
男: じゃあ起きている間は俺が俺を見て、俺が変わってないって思ったならば、つまりは変わってないということだ。 
女: 自分じゃ変わったことに気づかないものよ。前はもっと...なんというか優しい人だったわ。
男: じゃあ今は優しくないって言ってるの?
女: ええ。
男: わかった。今は優しくないと仮定するよ。でもね、優しくないって人に文句を言うには自分が優しいっていう前提が無いといけないでしょ。
女: そうかしら?
男: そうだとも。だって自分が人に優しくないのに他人に対して人に優しくしろってのは、それは道理に反するとは思わない?
女: うん。
男: 思うよね。今君は自分のことを優しい人間だって証明できるのかい?
女: 何だって?
男: 君は自分が心の優しい良い人間だって言えるのかい?
女: え?...そこまで完璧じゃ無いけど優しい人間よ。
男: そうかな?
女: 疑ってるの?
男: うん。だって君は自分がいい人間だって口では言うけども、今の君は優しい人間だとは言えないよね?
女: どうしてよ?
男: だって君は身に覚えのない罪を人に被せてやれ変わったのだの言って、こっちの気持ちも推しはからずに勝手に別れようとしてるんだよ?
女: そういうと私が悪者みたいじゃない。
男: 悪者だよ。でも僕がそんな風に君を責め立てると今度は僕が悪い人間になってしまうから、僕は君を悪く言うつもりはない。
女: あ、そう。
男: 自分で言うのは変だけど、こう言う気遣いをしている時点で、僕は少なくとも君よりはやさ...しいよね。じゃあ僕が優しく無くなったってのは、証明できないわけだ。
女: そういうなんか理屈っぽいところが嫌なのよ。こっちがなんか言っても変に理屈こねて倍にして言い返してくるし。
男: だって言われっぱなしは嫌だしなぁ。わかった別れるのはわかったよ。しょうがない。
女: わかってくれたの?ありがとう。

男: でも描写してから別れよう。
女: どういうこと?
男: だからさ、別れるのはわかったよ。仕方がない。でもさ、別れる理由が共通の認識にないじゃないか?変わったから別れるってのなら、きちんと変わったという描写をしないと納得できないんだよ。
女: あなたってバカなの?
男: だからちゃんと過程を踏もうって言ってるのわかる?
女: ...わかったわよ。

男: じゃあ出会ったところからやろう。
女: そこから?
男: ステップを踏まないとみんなにわからないだろ。
女: だからみんなって誰よ。


男: やぁ、君とても綺麗だね。
女: 勝手に始めてるし。
男: ここらじゃなかなか見ないな?観光客?
女: ナンパなら他当たって。
男: そんなこと言わないでよ。
女: あの子なんてどう?私よりも付き合いやすいかも?
男: 高い壁ほど燃えるんだ。
女: キザな人。
男: じゃあこの1ドルコインを投げて、表が出たならこの後付き合って。
女: 裏なら?

男、コイントスをする。

女: あ、何勝手にやってるのよ。

男、重ねた手をどかすがコインが無い。

女: あれ?コインがない。
男: 自分の胸ポケットを見てみな。
女: え?...ハッピーバースデー...素敵。

なんかラブソングっぽいやつを楽しげに2人で歌う。

男: そして月日が流れた。

男: 俺って実はすごく悪いヤツなんだぜ〜。女ぁ〜。毎日違う女を抱いてやる〜。俺より早く寝るな。メシはうまく作れよ。ビシバシッ!暴力だって振るってやるぜ〜。

なんか可笑しくて2人、笑う。

男: ねぇ、俺ってやっぱり変わったかな?
女: ううん。なんか前からこんな人だったような気がしてきた。
男: やっぱりな。好きだよ。
女: 私も。

男: だから言わんこっちゃない。これだから
お前はバカだよ。さっさとメシでも作れ。
女: ....
男: 早くしろよ!クソが。あと今月小遣い無しな。
女: なんで...
男: なんか文句あんの?え?

男、帽子を被ってパチンコに出かける。女、舞台上に1人になる。

女: 変わらないのね。(袖をまくると数箇所にアザや青タンができている)

えんど

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