やっぱり皮がスキ 24

H⑧

 バタンという音で目が覚めた。
 目を擦りながら廻りを見渡すと、ジェフがスマホを耳に当てながらクルマから離れていくところだった。運転席のお姉さんはハンドルに頭を乗せて寝ている。ダッシュボードの時計を見ると02:14と表示されていた。夜の2時? そんな夜中なのに、周りには他のクルマも沢山停まっていて、建物の電気もピカピカと光っていて、歩いている人もたくさんいる。夜中じゃないみたいだ。
 建物には「浜松」と書いてあるけど、何県だろう? 外を歩いている人たちの中には子供もいるし、こんな時間に子供が出歩いても良い場所があるのか? 四国中央市では考えられない。
 オシッコがしたくなったので、僕も外に出ることにした。お姉さんを起こさないように、そおっとドアを開けた。
 こんな時間に外を歩くのは始めてた。少しドキドキするけど、一人で松山に行ったときほどじゃない。トイレのマークを探しながら建物の方へと向かうとすぐに見付かった。
 トイレを済ませると、ジェフを探してみることにした。もう一度外に出て、辺りを見回してみたけど見当たらない。ジェフはすごく大きいから、その辺にいればすぐに見付かるはずだ。建物の中にいるのかもしれない。コンビニの方に行ってみると、ガラス越しにジェフの後姿が見えた。思わず駆け足になる。
 コンビニに入ると気付かれないようにそおっと近付いて、「わっ!」と背中を叩いた。ジェフは全然驚きもせず、ゆっくりと僕を見下ろした。
「※※※※※※※※※※※※・・・」
 何か言ったけど英語だから判らない。
「※※※※※※※※※※※※・・・」
 また何か言いながら手で四角い形を示したり、外を指差したりしている。あぁ、翻訳機を置いてきちゃったのか。
 仕方ない。英語で話しかけてみよう。
「ワッツ アー ユー ドゥーイン?」
「※※※※※※※※※※※※・・・}
 伝わったのかどうかも判らない。
 ジェフはしきりにお腹を押さえ、棚のおにぎりやサンドイッチを指さしている。お腹が空いたということだろうか?
「アー ユー ハングリー?」
「イエス!」
 伝わった! やった、僕の英語が伝わった!
「ハヤト、アー ユー ハングリー トゥー?」
 僕にもお腹が空いてないかと聞いてるのかな?
「イエス アイム ハングリー」
 と答えると、嬉しそうに何か言いながら棚を指さしている。好きなのを選べって言っているみたいだ。
「じゃあ、コレ」
 僕は和風ツナマヨを手に取った。海苔が別々になっているヤツはうまく開けられないから、最初から海苔が巻いてあるのを選んだ。
「OK」
 ジェフは僕が選んだモノも含めて3個のおにぎりを片手で掴んで、飲み物のコーナーへ行った。ジェフは缶コーヒーを手に取り、僕にも勧めたので僕は炭酸水を選んだ。それらを持ってレジへと向かう。
 ジェフは気前よく僕にも勧めてくれたけど、お金あるのかな? お金がないからお姉さんちに泊めてもらっていたはずなのに。
 レジでジェフはカードを差し出した。カードが使えなくなったって言ってたけど大丈夫なのだろうか、と思った時にはもう使えていた。カードが復活したんだ。
 一旦クルマに戻り、お姉さんを起こさないようにそおっと翻訳機を取り出して、僕らは建物の外にあるベンチに腰掛けた。
「カード使えるようになったの?」
「そうです。サミーから電話がありました。サミーは私の上司でした、カードは戻ってきましたと彼は言いました」
 さっきの電話はその連絡だったのか。
「良かったね。これでアメリカに帰れるね」
「そうですね、でも本質的なモノはまだ見付かりません」
 そうだった。ジェフはガンガルの部品を探しているんだ。
「ケイおじさんに聞けば何か判るよ、きっと」
「そうだと良いですね。さあ、食べましょう」
 和風ツナマヨを貰って一口齧った。美味しい。お母さんが作ってくれるおにぎりも美味しいけど、実はコンビニのおにぎりの方が好きだ。
 隣でジェフは、海苔が別々のおにぎりを開けるのに苦労している。そうじゃなくって真ん中のヒモを引っ張るんだと言ってあげたいけど、僕もうまく開けられないから黙っておくことにする。
 結局、ジェフはフィルムを全部剥がして、裸のおにぎりに後から海苔を巻いて食べていた。大人でもアメリカ人はおにぎりをうまく開けられないんだと判り、少し安心する。
 おにぎりを食べ終えても僕らはしばらくベンチにいた。ジェフは戦車の話をしてくれた。戦車には四人の人が載り込み、敵を見付ける人、基地と無線で通信する人、大砲を撃つ人、操縦する人と役割が分担されているそうだ。それらを全部一人でできちゃうガンガルやズクはやっぱり凄いメカなんだ。
 しばらくして、お姉さんがやって来るのが見えた。
「こんなとこにいた」
「お腹が空いたので、ハヤトとオニギリを食べていました」
「あー、良いなぁ。わたしもお腹空いてきちゃった」
「何か食べますか? カードが復活したので、おやつです。」
 アメリカ人にとって、おにぎりはおやつなのか?
「えっ、カード使えるようになったの? 良かったぁ!」
「はい、ありがとうございます。ありがとうの形を買って、これまでありがとうございました」
 また変な日本語になっている。お姉さんには伝わらないかもしれない。
「そんな、いますぐお別れみたいなこと言わないでよ」
 やっぱり伝わっていない。翻訳機がちょっとおかしいってことにまだ気付かないのかな、大人なのに。仕方ない。僕が翻訳機を翻訳してあげよう。
「ジェフはきっと、いままでのお礼にカードで何か買ってくれるって言ってるんだよ」
 お姉さんはキョトンとした顔をした。
「そんな風には聞えなかったけど、なんで判るの?」
 なんでって、そんなの決まってるじゃないか。
「僕とジェフは親友だからさ」
 ・・・・・・・
 一瞬の沈黙の後、「ちょっとお手洗いに行ってくる」と言ってお姉さんはトイレに行った。
 その後姿を見送ってから、ジェフが答えてくれた。
「はい。わたしたちは親友です」

 トイレからお姉さんが戻ってくると、僕たちはまたコンビニに入った。お姉さんが夜食を選んでいる間に、ジェフが「アイスを食べましょう」と言ったので、二人でアイス売り場を物色する。ジェフはひときわ目を引くチョコモナカ・ギガジャンボをカゴに入れた。一個380円もするのに。僕は悩みに悩んだ挙句、ゴリゴリ君のうなぎパイ味を選んだ。パッケージに『浜松限定』と書いてあったから。
 お姉さんがブリトーとプレミアム・ロールケーキを食べている横で、ジェフはギガジャンボを齧っている。あんなに大きかったのに、ジェフが食べているとそれほど大きく見えない。
 僕もゴリゴリ君をゴリゴリと齧る。うなぎパイってウナギの味がするのかと思っていたけど、普通に甘くて美味しかった。
「ねぇ、うなぎパイ味って美味しい?」
 ブリトーを齧りながらお姉さんが聞いてきた。
「うん。甘い」
「へぇ、一口ちょうだい」
 ったく、人が食べているモノを欲しがるなんて、お姉さんは子供だな。ジェフなんて黙々とギガジャンボと向き合っているのに。
「いいよ」
 大人の貫録を見せ付けようと、ゴリゴリ君のまだ齧ってない方の角をお姉さんの口元に差し出した。
「いただきまーす」
 一口齧ったお姉さんはテンション高めに感想を言った。
「ホントだ。うなぎパイの味がする。美味しい!」
 僕はうなぎパイを食べたことがない。うなぎ味のパイではなく、この甘い味がうなぎパイの味なのか。でも、知らないと思われるのは何となくイヤだ。
「うん。うなぎパイの味がする」
 そう答えながら、さっき買ってもらった炭酸水で甘い後味を流し込む。炭酸水のシュワシュワが口の中で弾け、うなぎパイの甘ったるさはあっという間に消えていった。
 食事を終えた僕たちは、クルマに戻った。
「よーし、あと5時間がんばるぞ!」
 というお姉さんの気合とともに、また走り出す。
 高速道路の照明が照らすフェンスやガードレール以外何も見えない景色は退屈だ。お腹が満たされた僕は、また瞼が重たくなってきた。

『やっぱり皮がスキ 25』につづく

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