題詠100首(2022)
2022-001:来
もつ鍋を持て来し友は玄関に無言の「またね!」を残して去りぬ
2022-002:扱
ひと老いぬまたは去りけり雑草(あらくさ)の扱(こ)がれぬままに里は荒れゆく
2022-003:巡
父母(ちちはは)よ友よ何処(いずこ)ぞかの日より季は巡るとも未だ帰らず
2022-004:積
春立てどまだ肌を刺す烈風が積もれる雪の飛礫(つぶて)を放つ
2022-005:時期
青春や朱夏とう時期を過ぐ人の心の裏を窺ううちに
2022-006:瞳
とし経(ふ)れば人の涙を訝しむ欠伸してさえ瞳うるめば
2022-007:数
数直線を任意の位置で切るごとく古い日記を開いて読みぬ
2022-008:ひたすら
いつからか生に臆して事なきをひたすら祈る性(さが)となりたり
2022-009:炊
炊飯器・電子レンジを買い替えてみても孤食に欠けるぬくもり
2022-010:景色
親しきを見送りてのち我の眼に映る景色は色を失い
2022-011:他
これまでに人事を尽くせしことなくば弥陀の他力の訪れるなく
2022-012:軒
軒深き古民家に住む友人は垂木(たるき)の妙を語りてやまず
2022-013:いっそ
逝きしときいっそ悲しむ心までちぎっていってもらいたかった
2022-014:近
引き越してあるいは逝きてご近所がしだいしだいに遠のいてゆく
2022-015:贈
口紅を贈りしこともありにけり汝(な)が唇にただに惹かれて
2022-016:若者
「金持ちの若者どもが騒ぎおった」太陽族を伯父は評しき
2022-017:代
念を込め息を吹きかく依代にかけたる息のどす黒く見ゆ
2022-018:足
中山道沿いに鎮まる観音に納められたる足袋・杖・草鞋
2022-019:諾
やりきれぬ思いが胃の腑に落ちてゆく「認諾」せしとう報に接して
2022-020:段階
始めても飽きてしまって段階を辿ることなし 老いてしまえり
2022-021:居
遍歴の果てに起居する生家なり柱のきずを日夜眺めて
2022-022:挑
挑発し瑕疵を認めて論破してゆくやり口を好まずと思(も)う
2022-023:ロマン
プルースト作のロマンよ我なりに思い出深き香り求めて
2022-024:彫
十二年ぶりに用いる消しゴムの版木の彫りを確かめており
2022-025:乳
牛乳を入れないカフェを飲みながら真夜(まよ)『歯車』の朗読を聴く
(『歯車』芥川龍之介)
2022-026:紹介
恩義ある方の紹介ゆえ何と辞退すべきか思い煩う
2022-027:託
地方自治を託したき方あり古き市営団地に住まう思索者
2022-028:中央
中央に次こそ声を届けたし参院選の夏熱くあれ
2022-029:秘
天空の秘密を垣間見せるごと青空にして雪のちらつく
2022-030:以
消え入るがごとく別れし汝(な)がことを以来ときどき夢に見るなり
2022-031:あたふた
用件を思い出すためあたふたと階下へ戻りまた横になる
2022-032:偏
偏差値を上げよと叱咤され肉にタトゥーのごとく彫られて残る
2022-033:粗
日が経てば積もりし雪の移ろいて締り雪はた粗目雪など
2022-034:惹
悠久に惹きよせられて地中海沿岸諸国印度中国
2022-035:日常
忙しない日常につくため息にマクドナルドのコーヒーを冷ます
2022-036:醜
醜態を晒しさらして来た生に少しは慣れて良さそうものを
2022-037:述
気に食わぬことを互いに述べあおう肩の銃器を地に投げ捨てて
2022-038:襲
子供らよ我らのなせる殺戮をゆめゆめ踏襲することなかれ
2022-039:グループ
遠からず消えようとする核家族とうグループよ 一人残れる
2022-040:探
啓蟄を過ぎて再び歩き出す春を探して路地を小路を
2022-041:江
寂しきは入り江に向かい盃を投げるがごとく水切りをせり
2022-042:懸
高校の敷地に深夜入り込み懸垂するを日課となせる
2022-043:小説
恋すればこその孤独を小説に教えられたる思春期後期
2022-044:把
右腕が使えぬあいだ罵りぬ右利き用のドアの把手を
2022-045:辿
雪道に残れる猫の足跡を辿りてふっと宙に消えたし
2022-046:丹
連綿と続く鳥居の丹の色の導く先の妖(あやかし)の口
2022-047:矢印
燕らが舞う 空中に矢印のすべてを描(えが)き尽くさんがごと
2022-048:陶
陸奥(みちのく)に金色堂を陶然と幼き我は見入りたるらし
2022-049:綴
「宿題は綴り方かい?」旧仮名に推敲したる祖母をしぞ思う
2022-050:棒
編み棒と毛糸の玉のいずれかは祖母が使いし物と聞きたり
2022-051:かもめ
堤防に日がな一日釣り糸を垂れぬ釣果を期して かもめと
2022-052:茂
ハバナ産シガーを吹かし睨めつける吉田茂を真似してみたし
2022-053:映
体重の十キログラム増えたるは己(おの)が行為の反映と知れ
2022-054:雰囲気
家呑みの日々 雰囲気のあるバーにブランディなどまわしてみたし
2022-055:閑
国道のバイパス工事が始まりぬ閑居な村を根から揺らして
2022-056:亡
亡きひとが住むとう心を儚しと思うもなどか日夜抱(いだ)ける
2022-057:憧
憧れはまだあの頃のあかねさす君の姿で胸に残れる
2022-058:毒
根開きせる野に萌え出(いず)る福寿草その身にしかと毒を抱(いだ)いて
2022-059:出身
助産師に取り上げられし子にあれば出身地とはまさにこの部屋
2022-060:濡
ずぶ濡れになりたる服は乾くとも心は常に雨に煙れる
2022-061:継
麻痺をしてゆく感性を追い詰めてなおも中継される殺戮
2022-062:シンデレラ
ノイシュバンシュタイン城にシンデレラ姫の栄華の黄昏を見つ
2022-063:伸
念入りに膝を屈伸させ歩き出さんとすれば雨落ち始む
2022-064:罵
殺戮を直ちにやめて為政者で罵り合えばよい 存分に
2022-065:枚
一枚のコピー用紙に一文字も夢や希望を書く能わざり
2022-066:平凡
平凡に遠く及ばぬ者にしてインビジブルになりてしまえり
2022-067:密
あの世まで持ちゆく秘密を春彼岸墓参の折にひとつ手放す
2022-068:帝
独裁や帝国主義が暗黒のされど遥かな歴史となるべし
2022-069:大事
われの死の跡の始末が大事(おおごと)になるは間違いなきことと思(も)う
2022-070:儲
世間には金儲けとうモノがあり割りに美味いと聞くが誠か
2022-071:トルコ
伸び代の如何ほど残るひと頃はトルコアイスのごとくありしが
2022-072:遣
盆栽へ水遣りをする翁かな散歩途中に今日も見かけぬ
2022-073:歪
誰がどう歪曲しても侵略と殺戮破壊は決して消えない
2022-074:荷物
記憶とう荷物を開き刺さりたる無数の棘を取り除きたし
2022-075:償
数々の計り知れない償いを死後また会うて果たしてゆくか
2022-076:睨
睨(ね)めつける鬼の視線を涼やかにかわし微笑む安倍晴明
2022-077:与
スクーターのエンジンを切り通り過ぐ与那国馬が草を食みいる
2022-078:青春
始まりと終わりはいつであったろう青春という狂いの時期の
2022-079:尋
わたしにはあるはずなのだ生きるため尋ねなければならないことが
2022-080:疎
孤独へと我を追い遣る疎外感こころを宿痾のごとく蝕む
2022-081:比喩
荒らされし花壇を今し奪われてゆく人命の比喩として見つ
2022-082:涼
欧州に漢字Tシャツ数多見き「涼」とあるのは「COOL」の謂か
2022-083:ドレス
知らぬ間にリチャードレスター監督に親しんでいたヤァ!ヤァ!ヤァ!
2022-084:眺
うちなびく春の霞の彼方にもまだ雪多き富士を眺める
2022-085:浴
コンチキチン四条通を宵山に浴衣姿の君と歩けり
2022-086:鮮明
年を経るほど鮮明になってゆく父母と交わせし些細な言葉
2022-087:堕
自堕落に日々過ごせると言いしかば謙遜なりと受け取られたり
2022-088:耽
恋に恋う年ごろに読み耽りたりフランス・ロマンとりわけラディゲ
2022-089:赴
海原に小舟を浮かべ気紛れな風の赴くまま漂わん
2022-090:しぶき
鈍色の能登の岩場に砕け散る波のしぶきを浴びて佇む
2022-091:秩
警笛を高く響かせくろがねのSLがゆく秩父鉄道
2022-092:冷
親族の骨(こつ)みな家にあり墓は暑かろうまた冷たかろうと
2022-093:無駄
読みきれぬ量があれども本だけは無駄にならぬとまた買い求む
2022-094:誓
誓わずば救いもあらじ人界に蹲りまた這いずりまわる
2022-095:凄
凝固した時の流れを暗示せる凄まじげなる氷爆を見つ
2022-096:飯
いかんせん腹は減るなり飯(めし)なんぞ食う甲斐のある身にはあらねど
2022-097:特別
特別なことはあるまじ亡き人がふいに帰ってくること以外
2022-098:酔
酔うほどに黙するようになりにけり笑い上戸を懐かしく思(も)う
2022-099:白
湖に映りし月を捉えんと死せる李白をはつか羨む
2022-100:翌
翌朝も夢に逢いたる懐かしきひととの別れを惜しむのだろう
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