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第5話「憧れは紫煙に消ゆ」 Part5 #hk_amgs

碧空戦士アマガサ
第5話「憧れは紫煙に消ゆ」

前回のあらすじ)
 夜の時雨本部に、凛と湊斗に加えて晴香と涼子も合流した。ポルターガイストの犯人たる九十九神コハクの処遇について論じていた彼らであったが、突如九十九神たちが雨狐の気配を検知。同時に、時雨本部の向かいのビルが爆発した。

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 満月の夜空から注ぐ雨粒に打たれ、爆炎はすぐに鳴りを潜めた。

 5階建ての雑居ビル。その屋上から1階まで、貫くように大穴が穿たれている。夜よりもなお黒い煙が立ち昇り、辺りに焦げ臭い匂いが漂っている。

「ぃよっこらしょーっと」

 怪人・雨狐ジロキチは、その大穴から元気よく飛び出した。

 体操選手のように空中で空中で身を翻し、ジロキチは雨に濡れた屋上にぴしゃんと着地する。その手には小さな箱。

「ふぃー、よしよし。お仕事おしまいっと。お前ら、後片付け頼むぜィ」

 そう言うジロキチが振り返った先には、5体のアマヤドリ(天気雨で形成された人型の怪人。雨狐の“できそこない”)の姿があった。それらは爆破のための設置物をテキパキと片付けている。ジロキチが“仕事”のために訓練した特別性の雑兵たちだ。

「さてさて、そんじゃオイラはこれを紫陽花サンとこに──うおっとォッ!?」

 ジロキチは言葉の途中で跳び上がった。その真下、一瞬前までジロキチが居た場所で、白い光弾が爆ぜる。さらにドウドウドウと銃声が響き、降りしきる雨を蒸発させながら追撃の光弾が飛来する。

「いやいやいや、ちょっとちょっと!?」

 空中で喚きながら、ジロキチは背に帯びた小太刀を抜き放って光弾を打ち払う。流れ弾で、屋上にいたアマヤドリの一体が消滅した。着地と共に小太刀を構えつつ、ジロキチは声を投げる。

「ちょっと早すぎじゃないっすかねェ、アマノミナトさん?」

「ちょうど近くに居たもんでね」

 ジロキチの言葉に答えたのは、白いレインコートに身を包む青年──天野湊斗だった。カラカサの力で飛び上がった彼は、上空からジロキチを狙撃したのだ。

 落下の最中にいる彼は空中で引き金を弾き、高らかに叫んだ。

「──変身!」

 傘先から白い光が放たれる。夜の闇を切り裂く輝きは天気雨に乱反射し、湊斗の体を包み込む。輝きを突き抜けた時、湊斗の全身は白銀の鎧に覆われていた。

「俺はアマガサ。全ての雨を止める、番傘だ!」

 着地と同時に、湊斗=アマガサは手にした傘銃から光弾を連続射出する。ジロキチはそれをバク転回避。アマヤドリたちが巻き添えで消滅していく中、ジロキチは最後の一弾を小太刀で斬り裂いた。光弾が炸裂し、爆炎が夜空を染める。

 蒸発した雨水は水蒸気となり、炎の光を反射して屋上を明るく照らし出す。この場に残るは二人のみ。アマガサとジロキチは、数メートルの距離をもって対峙した。

「……で、なにを紫陽花のとこに持ってくって?」

 緊迫した空気の中、アマガサは気軽ともいえる口調で問いかける。その左手に携えた番傘は、油断なくジロキチに向けられている。

 九十九神、カラカサ。その先端は銃口。白い光弾はアマヤドリ程度であれば一撃で蒸発させる威力を持つ──紫陽花から聞いた内容を頭で反芻しながら、ジロキチはニヤリと笑った。

「いやぁ、大したもんじゃねーっすよ。だから──」

 言葉を切ったジロキチが懐から取り出したるは、小さな硝子玉だった。指の間に挟んだそれらを、ジロキチは振りかぶって。

「見逃してくれねーっすかね!」

 アマガサに向かって、投げた。

「!」

 硝子玉は超常の力により急加速する。銃弾のごとき速度でアマガサへと襲いかかった。アマガサは身を翻してそれを回避すると、逃げようとしたジロキチの足下に光弾を叩き込む。

「わおっ!?」

「行かせないッ!」

 アマガサは雨に濡れた屋上の床を蹴り、ジロキチに肉薄。勢いを乗せたサイドキックを繰り出す。

「おっと!」

「まだまだッ!」

 槍のごとき湊斗の蹴りを、ジロキチは軽く身を捩って回避。アマガサはそれを予見していたかのように、同じ足で立て続けに蹴りを繰り出した。

「うぉっ!?」

 ジロキチは驚きながらもそれを避ける。アマガサの攻撃は止まらない。三段蹴りからの手刀、拳、肘、上段蹴り──流れるようなコンビネーションがジロキチを襲う。

「おおっとっとっと……っとォ!」

 しかし、アマガサ渾身の連続攻撃は、ひとつとしてジロキチを捉えることはなかった。そいつは手にした小太刀とフットワークを駆使して全ての攻撃を捌き切ると、大きく飛び退いて間合いを取る。

「いや危ないなもう! オイラは戦闘キャラじゃないんすよォ?」

「……嘘つけ」

 アマガサが、喚く敵を睨む。その姿が、満月の光に浮かび上がる。

 彼のマントは、半ばでばっくりと切断されていた。

『アイツ、すっごい素早いね』

 声を上げたのはカラカサだった。

「ああ。……だったら、こっちだ」

 頷いて、アマガサが取り出したのは真紅の扇子。九十九神リュウモンだ。

「行くよ、リュウモンさん」

『おうよ!』

 扇子を開き、心臓を隠すように構えるアマガサ。その全身を、超自然の緑風が包み込んでゆく。そしてアマガサは、高らかに叫んだ。

「九十九変化(つくもへんげ)!」

 刹那、アマガサを包み込んでいた緑の風が勢いを増し、竜巻となって雨粒を吹き上げる。月明かりを受けて輝く雨粒か、花吹雪の如く舞い踊る。

 竜巻が、発散する。その頃には、アマガサの身体はエメラルドグリーンに変貌していた。金色の胸当てが、月明かりを開けて薄く輝く。彼は大扇子を手に、功夫を構えて佇んでいた。

「色が替わった……いや、こいつはもしかして──」

 小太刀を構えたジロキチがそう呟いた、その時。

「どこ見てんのさ?」

 アマガサの声は、ジロキチの背後から聞こえた。

「なっ──どわっ!?」

 声をあげるジロキチの背に、アマガサの蹴りが炸裂する。吹き飛んだジロキチは即座に受け身をとって起き上がる。アマガサの姿が再び風に消える。

「せいっ!」

「うひぃ!?」

 風の速度で繰り出されたアマガサの蹴りを、ジロキチは身を翻して回避する。緑の風を纏った蹴りを、拳を、扇子を、ジロキチはすんでのところで捌き、往なし、避ける。

「あぶっ! ないっ! なァッ!」

 防戦の最中、ジロキチは叫びながら自身の足下に硝子玉をばら撒く。

「あだっ!?」

「ひぃひぃ、あぶねぇ」

 アマガサの踏み込みが甘くなった隙をつき、ジロキチは距離を取る。

「痛ってて……床にビー玉は反則でしょ……」

 足をぶらぶらと振りながらぼやくアマガサに、ジロキチが声を投げた。

「いやぁ、素早いのなんのって。イナリの旦那んとこの<雨垂>サンを破ったってのは、その姿っすねェ? 怖いなあ」

「お前もすぐ仕留めるよ」

「ほぉぅ?」

 アマガサは背筋を伸ばして言い返す。左手に携えた大扇子を背に回し、右手をすいと伸ばし、手の甲を敵へと向ける、功夫の構え。挑発するようなその構えに、ジロキチはニヤリと微笑んで。

「……んじゃ、捕まえてごらんなさいな」

 踵を返すと同時に、全力で走り出した。

「なっ……待ちやがれ!」

 アマガサは風の速度でジロキチを追う。その速力はジロキチより上。すぐに追いつく。手を伸ばす、が──

「ひょいっと!」

 避けられる。

「このっ……!」

 ジロキチは回避の勢いのままに、雑居ビルから飛び降りた。自由落下の最中、追いかけてくるアマガサに硝子玉を投げつける。アマガサはそれを扇子で弾く。

「おい! 逃げるな!」

「へへへ。確かにアンタの速さはすごいさね。けどさァ」

 ジロキチは笑いながら、ひらりと着地する。落下してくるアマガサを一瞥し、そいつは挑発的に笑いながら言ってのけた。

「当たらないんじゃ、どうしようもないよねぇ?」

「ッ……!」

 ジロキチが再度駆け出す。アマガサが風になる。手を伸ばすが、避けられる。ジロキチの速度は落ちない。アマガサの攻撃は当たらない。

 ジロキチが硝子玉を投げ、両者の距離が再び開く。再度、アマガサが風になる。ジロキチは地を壁を柱を蹴り、アマガサの猛追を交わす。

「へへへ、当たりませんよーっと! オイラは盗人ジロキチ。“逃げ”こそ本領ってもんでィ!」

 ジロキチは笑いながら駆け続ける。

 カラカサの光弾があれば一撃を加えられたかもしれない。しかし、リュウモンの力を借りている今、カラカサの力は借りられない。

「っくそ……!」

「ひっひひー! オイラのほうが一枚上手だったねェ!」

 そしてジロキチは、とうとうアマガサの風の間合いの外へと飛び出した。

「アマノミナトさん、お達者でー!」

「待っ……おい!」

 ジロキチはそのまま速度を落とすことなく、夜に溶けて消えてしまうのだった。

『やられたのう』

「くっそ……」

 毒づきながら、アマガサは変身を解除する。やがて晴香が湊斗の元に駆け寄り、安否を確認する。

 ──その、少し後ろ。

 時雨本部の入り口、凛の隣で、九十九神コハクは茫然としていた。

 縛り付けられた観葉植物ごと無理やり飛び出してきたそいつの脳裏では、先ほどのアマガサとジロキチの戦いがリフレインしていた。

『あの動き……あの喋り方……それに硝子玉……』

 天気雨が、止む。

 星が輝く夜空に視線をあげながら、コハクはぽつりと呟いた。

『鼠小僧、さん……?』

「……?」

 凛が首を傾げたとき、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

(つづく)

次回投稿:10/16
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