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豪風の又三郎 #パルプアドベントカレンダー2022

 ドッドド、ドドドドッ、ドドドッ、ドドドッ
 赤いクルマを吹き飛ばせ。
 酸っぱいオイルを吹き飛ばせ。
 ドッドド、ドドドドッ、ドドドッ、ドドドッ

 東京の片隅に、小さな暴走族がいました。

 暴走族といってもメンバーはたったの七人きりで他に整備士もおらず、溜まり場は族長の馴染みのボロいサ店です。彼らは毎日のようにバイクをいじり、轟音と共に街を駆け、益体もない話をし、たまに抗争をしたりしていました。喧嘩は負けなしで、五十人もいる軍隊をたったの七人で壊滅させたこともあります。

 総長の名前は片喰カタバミアキラ。銀色の髪をオールバックにした背の高い男でした。そんな彼が率いるチームは、名をカタバミ銀餓団ぎんがだんといいました。

-1-

 鮮やかな冬の日のことでした。

「俺らが一番乗りっぽいっすね、アキラくん!」

 溜まり場であるサ店の前にバイクを停めながら、チームメイトで後輩のケースケがそう言ったので、アキラは「だなー」と頷きました。そのまま荷物を手に、彼らはサ店の扉を引き開けます。ドアベルがカランカランと鳴りました。

 いつものように、店内には人の気配がありません。ですがアキラたちは、すぐに眉を顰めるハメになりました。

「…………誰だ?」

 見覚えのない奴がいたのです。

 真っ赤な髪を肩まで伸ばし、白いツナギを着た、ガタイの良い男でした。そいつはアキラたちの「いつもの席」にドカッと座って窓の外を眺めています。客だろうか、いやそんなはずはない、とアキラはすぐに思いました。マスターが客をその席に通すはずがないからです。

 男は、ドアベルの音に気付いて顔をこちらに向け、小首を傾げてみせました。

「ん。客か?」

 獅子を思わせる面立ちの男でした。外国の血が入っているのか、肌は白く、鼻が高くて、金色の瞳が輝いています。まるで彫刻みたいだ、とアキラは思いました。いつぞやの抗争で石膏像をぶん投げたことがあり、アレみたいだと。

「あー、その銀髪……」

 その男は思案するアキラたちの顔をまじまじと見ながら問いかけてきました。

貴様きさんがカタバミか」
「……だったらどうした」
「アキラくんになんか用かよ?」

 アキラとケースケは言い返しながら、拳を握りしめました。一騎当千の二人は、その男からただならぬ気配を感じていたのです。

「…………」

 じり、と二人が間合いを詰める中、その男は椅子に座ったままで二人を眺めていました。

 その時、突如風がどうと吹いてきて、サ店の窓ガラスはガタガタと揺れ、店の前に停めていたバイクのカバーがぶわりと浮き上がりました。建物そのものが吹き飛ぶのではないか、と錯覚するほどの豪風でした。そして例の男はなんだかニヤリと笑ったかと思えば、すいと立ち上がったのでした。
 
「でかっ……!?」

 ケースケが思わず声を上げます。その身長は、190はあるでしょうか。鍛えられた肉体と相まって、まるで山のようです。その姿を見て、ケースケはさらに叫びました。

「あっ……アキラくん! こいつ、豪風の又三郎かもしんないっす!」
「は? 豪風の……なんだって?」

 アキラが問い返した時、二人の背後で、からんとドアベルが鳴りました。同時に、それまで吹いていた強い風がぴたりと止んだのです。

 アキラとケースケは振り返って入り口を見ました。そこには、マスターがスーパーの袋を手に立っていました。

「あん? どーしたお前ら、ンなとこ突っ立って」
「……おやっさん」
「ねえおやっさん。アイツ、知り合い?」

 ケースケが店の奥を指さすのにあわせ、アキラも改めてそちらに視線を遣ります。しかしそこで、にわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 つい今しがたまで立っていたはずの赤髪の巨漢が、影も形もないのです。

「あん? なんの話だ?」

 おやっさんは首を傾げ、アキラとケースケは互いに顔を見合わせました。風がまたどうと吹いて窓ガラスをガタガタ言わせ、建物全体を揺らしました。

「……アキラくん、あいつどこ行った……!?」
「この一瞬でどこへ……?」
「よくわかんねーが……とりあえず荷物置いていいか?」

 おやっさんの指摘に、二人は慌てて道を開けます。カウンターの向こうにおやっさんが入って行くのを見送ると、二人もまた、いつもの席へと歩を進めました。

「なあケースケ。なんなんだその豪風のなんちゃらってのは」
「豪風の又三郎! 伝説のヤンキーっすよ! アキラくん知らないんすか!?」
「知らん」
「宮沢賢治か? お前らもンなもん読むのか」
「え? おやっさん誰っすかそれ?」

 そこからケースケが説明するには、暴風の又三郎とは暴走族の間でまことしやかに囁かれる伝説とのことでした。日々終わりなき抗争を繰り広げる暴走族たちの元に現れるヤンキーで、誰よりも喧嘩が強く、誰よりもレースが速く、戦場に居る全員を叩きのめしてしまうのです。

「ここんとこ色んなチームが潰されてて、又三郎が出たんじゃないかって噂になってんすよ……」
「なんじゃそら……つーかえらく古風な名前だな。あのナリで」
「ああ、外タレみたいでしたよね。赤髪で色白で……って、なんだこの空き缶」

 見ると、その机の上にはきたない空き缶が乗っていたのです。アキラは、その缶を拾い上げると、舌打ちと共に特攻服のポケットにしまい込みました。

「……この店は持ち込み禁止だっつの」
「あ、そーいやお前ら。表、バイク倒れてたぞ」
「ぅぇ!?」

 おやっさんのそんな言葉に、二人は振り返ります。そして店の外を見て、ぎょっと目を見開きました。これはまたなんというわけでしょう。あの男が、店の前ですぱすぱとタバコをふかしていたのです。

「アイツいつの間に……!?」
「い、行こう、アキラくん!」

-2-

 鷹田サブロー。道中で、赤髪の男はそう名乗りました。

 この街には大きな川があり、河川敷に公園があります。そこもカタバミ銀餓団にとっての「いつもの場所」で、三人はそんな公園へとやってきたのでした。アキラとケースケはバイクでしたが、サブローは徒歩でしたので、普段よりもだいぶ時間がかかってしまいました。

「で、だ」

 適当なベンチに腰を下ろしながら、アキラはサブローに問いかけました。

「本題を話しなよ、鷹田。ここなら誰も聞かんぜ」
「察しが良うて助かるわ」

 サブローの口から、カカカッと音が漏れました。ここまでの道中、サブローは自己紹介や出身地の話、おやっさんのコーヒーが飲みたかったのに不在だった話などをしていましたが、アキラはそのいずれもが本題ではないことに気付いていたのです。

「……片喰アキラ。多摩の五十人抜き、江戸川の決闘、他にもさまざまな伝説を持っとるようじゃな?」
「周りが勝手に言ってるだけだ」
「それを伝説と言うんじゃ」

 再びサブローの口からカカカッと音が漏れました。どうやらそれは笑い声のようでした。

「でだ。そんな貴様きさんらに頼みがある」
「あ? 傭兵なら受けねーぞ?」
「似とるが、少し違う」

 アキラの言葉に、サブローが口角を上げます。その時風がざあっと吹いてきて、土手の草はざわざわと波になり、公園のまん中できりきりとまわって小さなつむじ風になりました。

 その時でした。サブローの背後から、ドルドルドルドルとエンジンの音が近づいてきたのです。それも一台や二台ではなく、明らかにチーム単位のエンジン音です。アキラとサブローは即座に臨戦体制をとりました。

「テメェ又三郎! やっぱ謀りやがったのか!」
「ヌ……?」

 ケースケが怒って声をあげますが、サブローは首を傾げるばかりです。エンジン音は、街のほうから近づいてきています。アキラから見えたのは、数台のバイクでした。一台に二人ずつ乗っており、鉄パイプやバットなどで武装しているのが見えます。彼らは河原に佇むアキラたちを見つけると、土煙をあげながらハンドルを切り、みるみるうちにこちらへと距離を詰めてきました。

「あーあ。ただの通りすがりなら面倒もなかったんだがなぁ」

 近づいてくるバイクの群れを睨みつけ、アキラが呟きます。その視界の端で、サブローは首を傾げました。

「む……片喰アキラ、貴様きさんの友人か?」
「あ? テメーが連れてきたんじゃねーのか?」
「いや、知らん。誰じゃこやつらは」

 その間にも、バイクはとうとう三人の居る場所まで辿り着き、その周りをぐるぐると周りはじめました。その数、六台。それはやがて速度を落とし、三人を取り囲みました。

「おうおうおうおう!」

 声を上げたのは、その集団のカシラと思しき人物でした。プリンの金髪をリーゼントにした、木刀を持った男です。

「誰かと思えばカタバミじゃねェかコラァ!」
「……スズリか。なんの用だ」

 それはすずり佐太郎さたろう墨翼ノ天使ダークエンジェルというチームの総長であり、アキラも知った人物でした。ブインブイン、パパララパパララと、鼓膜を破らんばかりの騒音が辺りを埋め尽くしています。

「別にテメーが目当てじゃねーよカタバミ。俺らが用あんのはそっちのデカブツだ! それともアレか? そいつはオメーのオトモダチかよ?」

 ニケツしていた兵隊たちも武器を担いで降りてきて、三人を包囲します。みな一様に目が血走り、その視線はサブローに注がれています。

「鷹田。テメーの客みたいだぜ」
「なんじゃァ貴様きさんら!」
「なんじゃァじゃねぇ! こないだはナメた真似してくれたなァ!」

 サブローの叫び声に、スズリはヒステリックに返します。どうやらサブローにやられた報復のようですが、おそらくもう「仲間ではない」と言って聞いてもらえる雰囲気ではありませんでした。

「あー……こいつが喧嘩ふっかけた連中ってことか」
「ちょ……俺ら無関係なんだけど!?」
「やかましい! 一緒に居たテメー自身を恨むんだなァ! 殺せテメェら!」
「「ウオオ!」」

 そうして、三対十二の喧嘩が幕を開けました。

 敵の兵隊たちが一斉に間合いを詰めてきます。それを見て、アキラは躊躇いなく、サブローを背中から蹴り飛ばしました。

「ぬをっ!?」
「「!!??」」

 サブローの巨大が吹っ飛んで、敵の先鋒たちに突っ込みます。虚をつかれた敵がたたらを踏みました。アキラはそちらへ向かってひと跳びすると、鼻っ面に靴裏を叩き込んでふたりいっぺんに昏倒させました。

「鷹田ァ! 左ィッ!」
「ぬぅぇぃ!」
「──っ!?」

 アキラの叫び声に、サブローは俯いたまま左側へと突進します。そちらには敵が二人いましたが、トラックのように突っ込んでくる巨体に全身をしたたかに打ちつけ、吹き飛ばされました。

 一瞬で四人が戦闘不能になり、『墨翼』の面々がざわつきました。そこに畳み掛けるように、ケースケがカバンから爆竹を取り出し、火をつけてばら撒きます。ずぱぱぱあんと爆発音が響き、敵を動転させます。

「アキラくん!」
「おう! ケースケは右! 鷹田はそっち任せるぞ!」
「任されたァッ!」

 叫びながら、アキラは敵軍のど真ん中に突っ込んでいきます。釘バットの一撃を避け、それを奪い取り、殴り返し、視界の隅でこちらを狙うボウガンに向かって槍投げみたいにバットを投げつけました。

 ケースケは素早い身のこなしで敵を避けつつ、改造エアガンで敵を牽制したり、マキビシで人とバイクを足止めしていきます。他方、サブローは、突っ込んできたバイクの運転手をラリアットで叩き落とし、そいつを掴み上げ、敵の群れへと放り投げて打ち倒します。さらに手近なバイクを引っこ抜き、マサカリのように振り回して戦いを続けます。そんな嵐のように苛烈な攻撃を目の当たりにして、スズリは後退ります。

「ちょ、待、は、強っ!?」
「うお、すっげーおっかねぇなあの怪力……っと。おいこらスズリィ!」
「うげっ!?」

 アキラは吼えると共に手近な戦闘員の顎に膝を叩き込み、取り落とした鉄パイプを奪い取りました。そして肉食獣のごとき獰猛さと猛烈さで、地を蹴り敵を蹴りバイクを蹴り空を蹴り、スズリの喉元へと肉薄します。

「お前誰に喧嘩売ったかわかってんだよなァ?」
「ごあっ!?」

 飛びかかると同時にアキラが叩きつけた鉄パイプを、スズリは木刀を横に構えてぎりぎりで受け止めました。着地の間隙を突くように、スズリの部下が角材を振るいます。アキラはそれを鉄パイプで防いで、返す刀で部下を昏倒させました。

「ひっ……!」
「おい鷹田ァ! テメーの客くらいテメーで始末つけろ!」

 スズリがやぶれかぶれ・・・・・・で振るった木刀を、アキラはひらりと飛び退いて躱しました。同時に叫んだその言葉に、スズリが目を見開いたその時には、雌雄はすでに決していたのです。

「ぬぇィッ!」

 アキラの側を、豪風が吹き抜けました。アキラが作った死角から、バイクマサカリを正面に構えたサブローが突撃してきたのです。その速度は、本物のバイクと見まごうばかり。そしてその衝撃は、2トントラックにも比肩するものでした。

「んがぁっ!」
「ぴぎっ──」

 スズリの木刀は粉々に砕けました。スズリは、自分の全身の骨がバラバラになる音を聞きました。スズリの身体は、ぺしゃんこになったバイクマサカリと一緒に大きく宙を舞い、そのまま川面にざぶんと落っこちました。

「すっ……スズリさーん!?」
「ば、ばばけもんだコイツら!」
「あァン? テメーら俺を誰だと思ってんだコラァッ!」
「ひぃぃっ!? す、すんませんっしたァッ!」

 スズリの部下たちは、倒れた仲間を引きずり逃げていきます。一部の部下はスズリを追って川へと飛び込んでいきました。

「……場所変えンぞ、おめーら。鷹田は後ろ乗れ」

 救出に向かう者を追撃するほど、アキラたちは小物ではありません。特攻服についた土や埃を適当に払い、アキラたちはバイクに跨りエンジンを吹かします。遠くから聞こるサイレンとは逆方向に、三人は走り出しました。

「噂に違わぬ強さじゃの、カタバミ」
「そっちも、まるでブルドーザーじゃねーか」

 バイクを走らせながら、アキラとサブローは互いに言葉を交わします。「最初からこうすればよかったっすね!」と笑うケースケに、アキラも「そうだな」と笑います。そうしてしばしバイクを走らせながら、アキラはサブローに問いかけました。

「……で、鷹田。結局俺に頼みっつーのはなんなんだ」
「おう。貴様きさんと一緒に戦って、改めて思うた」

 その時どうと風が吹き、車体を揺さぶりました。川原の雑草がさわさわと揺れて、アキラたちの特攻服の裾をぶわりとはためかせます。そんな風に目を細めながら、サブローは剛毅に笑って言ったのでした。

「──ワシと一緒に、サンタを倒して欲しいんじゃ」


-3-

 チーム・惨多昏渦サンタクロウス。サブローが倒してほしいと言ったのは、そういう名前の暴走族でした。

「聞いたことねーな、そんな奴ら」
「そりゃそうじゃ。もう何十年も前に解散しとるからな」
「は?」

 サ店の一角、いつもの溜まり場でコーヒーを飲みながら、サブローはガハハと笑いました。テーブルの向かいにはアキラが座り、その隣にはケースケが立っています。そしてその周り、サ店の一階には、五人の男たちがめいめいに座っていました。カタバミ銀餓団のメンバーたちです。

「怨念とか、怨霊とか……まぁそういうヤツだと思ってもろうて良かろう」
「は? 怨霊?」
「おいおい。お化けと戦えってか?」

 一騎当千のつわものたちは、ひそひそと話し合います。アキラとケースケの証言でここに居るものの、彼らはまだ信じてはいないのです。しかしサブローは動じることなくどう・・と胸を張り、コーヒーを飲み干すと、地を這うような声色でカタバミ銀餓団の面々に語り始めました。

「数年に一度、クリスマスイブの夜、深紅のヘッドライトが街を塗りつぶす。暴走する三百の兵隊はその背にずた袋を背負い、道行く者どもを蹂躙し、連れ去りゆく──」

 その真に迫る物言いに、先ほどまで訝しんでいた銀餓団の面々もじっと聞き入っています。それはずっと昔、アキラたちのお父さんの世代からから続く、惨多昏渦サンタクロウスと暴走族の物語でした。

「んで……そのサンタを倒すのを、俺らに依頼したいと?」
「うむ。その時々の最強のチームに依頼をしとる。これまでだと例えば」

 そうして挙げられた名前は、アキラ達の間で知らぬ者は居ないほどの伝説のチームの数々で、中には今消息不明となっているチームもありました。サブローが言うには、それは抗争に負けて神隠しにあったのでした。

 銀餓団は息を呑みます。負けて失うものの大きさに気付いたのです。しかし勝てば、彼らも伝説に残ることができるのです。これは大きな博打だと、誰もが思いました。

「勝算は」
「……たったの七人で奴らに挑むなど、聞いたことがない」
「ハッ。そこを選んだのはオメーだろ」
「応よ。ワシは貴様きさんらが勝つと確信しとる」

 カカカッと笑い、サブローは「それにな」と言葉を続けました。

「これからクリスマスまでに、全員のバイクをワシが整備する。鷹田らは代々これをやってきた。そんでワシは、その中でも神童と呼ばれとる。サンタがビビって昇天しちまうような、モンスターマシンを作ってやる。……だから」

 そこでサブローは銀餓団の全員を見回して、改めて頭を下げたのでした。

「ワシと共に、戦こうてくれ」

-4-

 そうして、あっという間にクリスマスイブとなりました。朝のうちは晴れていましたが、昼前からだんだん暗くなって、ランチタイムの頃にはとうとう小雨が降り出し、そして夕暮れのこの時間で、それはとうとう雪へと変わっていました。

 アキラはバイクに跨ったままそれを見上げて、後ろに座るサブローに声をかけました。

「…………ホワイトクリスマスだなぁ」
「ろまんちっくじゃのう」

 カタバミ銀餓団は、国道を塞ぐように並んでいました。この辺りで一番長い直線の道です。古くはチキンレースや決闘で使われることが多かったと聞きます。そんな場所で、サブローはアキラのマシンにニケツし、他の隊員達は手に手に武器を持ち、それぞれのマシンに乗っていました。サブローの指示で、エンジンはまだ未投入です。

「……これが前兆ってやつか」
「アキラ、そろそろ来るぞい」

 アキラたちの視線の先には、今や一台の車も居ませんでした。つい数分前、確かにそこに居たはずの車両達が、霞のように姿を消したのです。それは、サブローから聞いていた、チーム・惨多昏渦サンタクロウス出現の前兆でした。その様子を見て、ケースケがぽつりと呟きます。

「今更疑ってたワケでもないんすけど、マジだったんすね……」
「ああ、全くだ。おいてめーら、気合い入れろよ」
「「おう!」」
「サブロー。エンジンの号令は任せんぞ」
「任せぃ」

 遠くの山に日が沈んでいくのが見えます。車通りのなくなったその道は、みるみるうちに暗闇に飲まれていきます。山の草はしんしんとくらくなり、そこらはなんとも言われない恐ろしい景色にかわっていました。

 そのうちに、いきなり道の向こう側で、ぶおんぶおんとエンジンの音が聞こえてきました。パラリラパラリラとちんどん・・・・屋のような音もしました。と思うと、道の先から真っ赤なライトが現れ出たのです。

 その光は見る間に数を増し、まるで日の出のようにこうこう・・・・と輝いています。三百台のバイクが奏でる騒音は、まるで壁が迫ってくるかのような圧力を感じさせました。

 そんな壁の向こう、バイクの軍勢の中心付近には、巨大マシンが鎮座していました。山車みたいだ、とアキラは思いました。その頂点には、大柄な赤い服の男がふんぞり返っています。

「アイツの首をとりゃ勝ちってことか」
「ああ。……さてアキラ。はじめよう」
「あいよ──カタバミ銀餓団!」

 その時、アキラが大きく手を挙げました。団員達は一斉にキーを回し、バイクのエンジンを投入します。バルン、ドルンと力強い起動音が、サンタの騒音を切り裂きました。

 ばしばしとヘッドライトが点き、迫りくるサンタたちに銀餓団の存在を知らしめます。その輝きはサンタの赤いライトを切り裂くほどの、鮮烈で強烈で獰猛な、ダイヤモンドのような白銀の光でした。

 惨多昏渦サンタクロウスの進行が止まりました。言い伝えに違わず三百にも上る大軍隊が、カタバミ銀餓団を照らします。八人は視線を外すことなく敵を睨み据えていました。

 ドッドド、ドドドドッ、ドドドッ、ドドドッ
 ドッドド、ドドドドッ、ドドドッ、ドドドッ

 そして、戦太鼓のようなエンジン音が、怨霊の声を吹き飛ばします。他の誰とも違う、カタバミ銀餓団だけの音が、アキラたちの魂を奮い立て、怨霊たちを威嚇します。どっどどと脈打つ鼓動を感じながら、アキラは大きく息を吸い込み、叫びました。

「やいやいやいやい!」

 アキラは手にした金属バットの先端を、山車の上に座る総長へと向けました。じろりと見下ろす総長に、アキラは歯を剥いて笑ってみせます。

「カタバミ銀餓団、総長! 片喰アキラだ! てめーらを潰しにきた!」
「……………………」
「いざ尋常に──」

 風がどうと吹いて、怨霊たちのエンジン音を吹き飛ばし、アキラの声をどこまでも伝えてみせました。そしてアキラは、バットに仕込んだボタンをぽちりと押し込みました。

「死ねェッ!」

 その時、バットの先端から強いレーザー光が放たれ、惨多昏渦サンタクロウスの総長の目を灼きました。突如として総長が悶絶し、兵隊たちが一瞬ざわめきます。その瞬間、アキラは叫びました。

「──殺せやァッ!」
「「「おう!!」」」

 ドッドド、ドドドドッ、ドドドッ、ドドドッ、ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 正面に装甲を施した特別仕様のマシンが唸りを上げ、敵陣に正面から突っ込みました。怨霊たちが、その真っ赤なバイクごと宙を舞います。そこへ至ってようやく、サンタ側も開戦に気付きました。

 アキラは即座に愛機を捨て、敵機を足場に渡り歩くようにして敵を薙ぎ倒していきます。拳に巻きつけたチェーンで、敵を次々と打ち据え、絡め取り、放り投げます。

 少し離れたところでは、ケースケが仕掛けた火炎瓶が怨霊たちを焼き払いました。爆竹や釘入り火炎瓶など、数々の殺傷兵器が敵を襲います。

 サブローは敵陣ど真ん中で敵の首根を掴み、トンファーのように振るって武器にしています。自棄になって突っ込んできたバイクを抱え上げ、手近な敵に投げつけると連鎖爆発が起こりました。

 八対、三百。

 豪風渦巻く戦場で、カタバミ銀餓団最強最大の戦は、こうして幕を開けたのでした。

 ──そしてこの戦は、伝説のジャイアントキリングとして、後世に長く長く語り継がれるのでした。


-エピローグ-

 ドッドド、ドドドドッ、ドドドッ、ドドドッ
 赤い車を吹き飛ばせ。
 酸っぱいオイルを吹き飛ばせ。
 ドッドド、ドドドドッ、ドドドッ、ドドドッ

「──ん」

 アキラは目を覚ましました。空は白み始めていて、どうやら夜明けが近いようです。アキラはしばらく仰向けのまま空を見上げて居ましたが、にかわにがばっと起き上がりました。

 そこは、戦場から少し離れたコンビニの前でした。サンタを壊滅させ、ボロボロのまま仲間たちとバイクで走り、そのまま倒れていたのです。

「危うく凍えて死ぬとこだったな……」

 仲間たちは身を寄せ合って寝ています。その身体は血まみれでしたが、達成感に溢れていました。

「…………ん」

 ふと、人数を数えます。自分を入れて、七人。サブローの姿は見えません。

「……ドッドド、ドドッド」

 それは、整備中にサブローが歌っていた歌でした。

 アキラの口ずさむその歌は、ごうと吹いた風に乗ってどこかへと流れていくのでした。

(完)

本作は、 #パルプアドベントカレンダー2022 への参加作です。


あとがき

 やあやあご無沙汰しております。桃之字です。
 今年一年、noteも更新せず、Twitterにもロクに現れずでございました。シャニマスの二次創作はめちゃくちゃ書いてたんですけどね。パルプは本当お久しぶりです。どうもどうも。

 本作は、パルプアドカレと「無数の銃弾」への寄稿作でございます。銃弾の方は締め切りをぶっちしちゃっててごめんなさい。

 さて、みなさまお察しの通りだとは思いますが、本作はタイトルと「ドッドド、ドドッド〜」がやりたかっただけのやーつです。とはいえそこから真面目に膨らませるために、風の又三郎をちゃんと読んで分析してオマージュする、というアプローチをとってみました。
 原作風の又三郎は9日間くらいのお話で、一日ごとに章が分かれています。今回は各お話のエッセンスを抽出して、ヤンキー文脈に変換した(教室→いつもの溜まり場、とか)り、お好みでバトルシーンを入れたりしました。実は当初、ケースケが逃げた不良を追いかけて罠にかかって昏倒して、サンタの格好したサブローを幻視するシーンなんかもあったんですが、文字数の関係で泣く泣くカットしました。残念。

 それにしても、幼少期ぶりに原作(風の又三郎)を読み返してみる良い機会だったんですが、なんていうんだろう、この、小学生の口喧嘩とか特有のこの「うっっっっぜぇ」って感し、この質感をこんだけ鮮やかに書けるの本当にすごいなと。脳内に小学生飼ってらっしゃる?? あと擬音の使い方が芸術的。真似しようとしたけど無理でした。

 ドッドド、ドドッドなんて音がするのはバイクしかねーだろ→ヤンキーものでいくか、と安直に書いたのですが、アクションシーンはほぼほぼRRRです。マサカリバイク。他にもサブローの登場シーンなんかはインド映画のつもりで書きました。ラストの戦争もこれ虎とかいるでしょ多分。

以上だ。

 久々のパルプめっちゃ苦労しましたがめっちゃ楽しかったっす。途中コロナに罹ってどーしようとなりましたがなんとか書き上げられてよかった。
 なにはともあれここまで読んでくれてありがとうございました!

 明日は高柳総一郎アニキで「インタビュー・ウィズ・クリスマス・チキン」です。お楽しみに!


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