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アンニュイ・オーミソカ #第二回お肉仮面文芸祭

 サザンカサザンカ咲いた道
 焚き火だ焚き火だ落ち葉焚き

「──ここでいうサザンカ、というのがお肉仮面のことだ」
「はあ」

 12月末、雪のちらつく、某キャンプ場。

 俺──阿佐谷あさがやユータは、焚き火の向こうに座る女性・師走サツキさんの言葉に曖昧な相槌を返す。そこに含まれた「よくわかりません」というニュアンスを感じ取ったのか、サツキさんは「えーとな?」と笑って言葉を続けた。

「さっきの"ドレミの歌"と同じだよ。隠語ってやつ」
「サザンカが?」
「そう、サザンカが」

 このサツキさん、俺の親友・アキラの親戚のおねーさんである。大学院で民俗学を専攻しているそうで、この手のよくわからない話にやたら詳しいのもそのためなんだとか。そんな彼女は、楽しそうに話を続ける。

「他にもあるぞ。冬の歌なら、"北風小僧の寒太朗"。あれもお肉仮面だ」
「え、あれって風の擬人化じゃないんスか」
「もちろんそれもあるが、お肉仮面が活発になるのも冬でな。北のほうではこれも隠語として使われているんだ」
「うーん……?」

 これまでの俺なら、嘘だと断じていただろう。しかし今、俺の脳裏には、サツキさんと出会ったクリスマスの出来事がチラついていた。人に忘れ去られて怨霊化したサンタクロースが、俺に取り憑き取り込もうとした事件──

「……って、寒ッ」

 急に吹いた冷たい風が、俺を回想から引き戻した。着いた時には昼過ぎだったというのに、テント設営やらなんやらしている内に辺りは早くもうっすらと暗く、寒くなっている。

 身震いをする俺を見て、サツキさんは「ああ、すまんすまん」と声をあげた。

「慣れないと寒いよな。薪を足そう」
「あ、すんません……こないだも寒かったっすけど、なんかより寒いっすね」
「大寒波到来ってニュースで言ってたからねぇ。こんな日にキャンプするなんて酔狂な話だよ」
「いやサツキさんが言い出したんじゃないですか」

 そう。こんなクソ寒い日にキャンプをやるハメになったのは、サツキさんのせいだ。

 クリスマスの一件について「なにかお礼がしたい」という俺の申し出に、彼女は「じゃキャンプ行こ。キャンプ」と即答した。そして次の日──つまり今日、朝イチで早速拉致され、今に至る。東京から車で3時間ほど。ここは山梨の奥の奥、名前も知らない山の、名前も知らぬキャンプ場だ。

 そういうわけで、俺たち以外のキャンプ客はここにはいない。ついでに言うと、俺の親友でありサツキさんの親戚のアキラも、里帰りのためここにいない。

 つまり今、俺とサツキさんはふたりっきりだ。健康な男子大学生の俺が、美女とふたりっきりなわけだ。若い男女がふたり、寒空の下キャンプ、なにも起こらないわけがない。否、起こしてやる。ワンチャン狙ってやる! と意気込んでいた。……のだけど。

 テントの設営と火おこしを終え、休憩しようとベンチに座った俺に向け、サツキさんは開口一番こう言ったのだった。

「ユータくん、お肉仮面って知ってるかい?」

***

お肉仮面(おにく-かめん)
 その名の通り、顔に生肉の仮面を装着した男のような怪異。服装は時々に応じて様々であるが、和装・洋装を問わず身に纏う様が確認されている。
 人語を解すが、言葉を話すかは不明。ただ、音楽を嗜むという説があり、そこから派生して民謡や童話の中にも登場する、という説が有力。
 古くは大正時代からその存在が記録に残っており、今なお語り継がれる都市伝説のひとつである。

サツキさんによる2時間に渡る「講義」の概要

***

「……で」

 俺がそう切り出したのは、サツキさんの講義を聞き終え、夕飯の準備を始めた頃だった。

「そのお肉仮面って妖怪がなんかあるんすか?」
「ああ、そうだった。ちょっとこの写真を見てくれない?」

 包丁を手にジャガイモを切る俺に向かい、サツキさんがスマホを向ける。そこに表示されているのは、インスタグラムの画面のようだ。

 どこかの公園だろうか。画面手前には落ち葉の山。その向こうには、スーツみたいな服を着た男性が映り込んでいる。その顔には赤い仮面……生肉のよう……な?

「………………え、なんすかこれ」
「これ、お肉仮面のインスタなんだけどさ、実は彼にはもうひとつ噂があって、」
「待って待って待ってサツキさん待って」

 インスタ? インスタって言った?

「ん? どうした、まだ本題じゃないぞ」
「なんで都市伝説がインスタやってんすか!?」
「ん。なんでと言われても。そういうものだから仕方ないじゃないか」

 サツキさんは心底からの「なに言ってんだお前」という顔で俺を見る。

「気付けばアカウントがあり、そして気付けば写真が投稿されていた。最初に発見した者が誰かもわからん」
「えええ、いや、ええ……? それニセモノなんじゃないんすか……?」
「IPアドレス解析をしたところ、沖ノ鳥島からのアクセスだったらしい。無人島だな」
「ええ……」

 スマホで自撮りする都市伝説ってなんだよ……と思いつつ、俺は改めてサツキさんのスマホ画面を見た。

 やはり、生肉のような仮面を装着した男が映り込んでいる。
 その男を怪訝な顔で見つめる俺を見つめながら、サツキさんは俺に問いかけてきた。

「ここ、見覚えない?」
「え?」

 ……見覚え?
 首を傾げる俺を見て、サツキさんはスマホをスワイプする。

「例えばこれは同じ日に投稿された写真なんだけど、」

「……あれ?」

 サツキさんが表示した別の写真を見て、俺は思わず声を上げた。

「ここってさっき」
「そう。さっき、あたしたちはこの道を通ってきた。そんで、」

 さらに画面をスワイプ。

「……埋められたみたいなアングルですね?」
「カメラを落としたらしい」

 さらにスワイプ。

「この写真の丘って、あれだよね?」
「で、ですね……」

 サツキさんが指さす先を見る。確かに、写真に写っている通りの丘が見える。

「ええ……マジっすか。沖ノ鳥島に居るじゃないんすか」
「ああ。……これは秋の写真だが、確かにこの地にお肉仮面がいた。そして、これは彼にまつわるもうひとつの噂なんだが、」

 サツキさんはスマホを引っ込めながら言葉を続けた。

「お肉仮面のインスタに上がる土地は、すべて、なんらかの怪異が目撃された地らしい」
「え」
「口裂け女、のっぺらぼう、ろくろ首……現代に息づく怪異の目撃談があった場所や、名所。お肉仮面の“ロケ地”はそういう場所ばかりだ」
「え、ちょ……もしかして」
「ああ。ここらにも、なにかが居る。……もしくは、居た」

 脳裏をよぎるはクリスマスの記憶。サンタクロースに取り憑かれた俺を待ちながら、サツキさんはキャンプをしていた。じゃあ今日は。お肉仮面のインスタに上がっていて、怪異が目撃されている場所。そこでキャンプ。ということは。

「……まさか、ここをキャンプ地に選んだのって」
「うん。来たかったんだけど、流石にひとりじゃ寂しくてさぁ」
「わぁ……」

 ワンチャン、なさそう。
 俺が肩を落としたそんな時だった。

 キャンプ場の一角から、腕が生えた。

「…………!?」

 俺から見て、サツキさん側。彼女からは死角。目を見開く俺に気づかぬまま、サツキさんは楽しそうに言葉を続ける。

「とはいえ、そもそもどういう怪異が居たのか。そこがポイントだ。実は数日前に麓の村で聞き込みを行ったんだが、特にそれらしい言い伝えは出てこなかったんだよな」
「え、あ、え」

 昔読んだ「ジャックと豆の木」みたいだな、と思った。真っ黒い腕は、そんな勢いでずるずるずるっと天へと伸びて、急に折れると大地に掌をつく。

「──そうすると、自然発生する類の怪異かもしれない、という仮定に至るわけだ。だが、こういう土地の場合、山の怪異がよく出てくる。ヤマビコだとかヤマンバだとかだな」
「ちょ、サツキさん」

 俺の視界の先で、腕が生えた穴からはさらに大きな質量が浮き上がってくる。頭が、身体が、ずるずると。なんだあれ。埋まってた?

「ちょヤバいサツキさんヤバい」
「ただ、キャンプ場の場合は人が集まる場所なので、なかなかそういう連中は出てきづらいはずなんだ」
「あの」
「そうすると残り考えられる可能性としては、ここが古戦場だとかいうところだが、調べたところそういうわけでもない」

 聞いちゃいねえ!
 そうこうする間にも、そのバケモノは生え出てくる。胸が、腹が、腹が……あれ、腹長いな? なにあれ。うわ脚多いいや多い多い多いキモい!?

「……ん? どうしたユータくん?」
「っさささささサツキさん後ろ!!」

 ようやくサツキさんが言葉を止めたのは、そいつがムカデのような全身を晒したのとほぼ同時だった。直後。

【────!!!】

 そいつは金切声と共に、めちゃくちゃな速度でこちらへと走ってきた!

「サツキさん!」
「うおわっ!?」

 土砂が吹き上がる! 咄嗟にサツキさんに飛びかかった俺の背後、化け物の巨体が猛スピードで通過した。大質量に吹っ飛ばされて、焚き火台がテントがキャンプ道具が宙に舞う!

【────!!!!】
「な、なんだこいつ!?」
「とにかく離れましょう!」

 ムカデ男はそのまま、数十メートル突進を続けて止まった。無数の脚はそれぞれが別の生物のもののようで、デタラメなバランスで長い身体を支えている。

「あれは……百足、か? たしか山の神の中にはこういう姿の神も居ると読んだような……」
「いや考えてる場合じゃなあい!」

 ムカデ男が方向転換してこちらを見る。陽の光の下なのに、そいつの身体は影のように真っ黒だった。大きさは3メートルはあろうか。人間のような頭、そして上半身。肩口から生える腕も同じくらい長い。

「やばいやばいやばい、こいつもサンタかなんかですか!?」
「いや多分違──危ない!」

 サツキさんが叫ぶ。直後、ムカデ男が再度突進攻撃をかけてきた。俺たちは必死で転がって、避ける。ギリギリで受け身。高校の柔道真面目にやっててよかった。

【──!!!】
「っ……と、とにかく、逃げなきゃ!」
「こっちだ、ユータくん!」

 金切声はやまない。化け物の多脚がジタバタとが動いて、俺たちを追いかけてくる。俺たちは無人のキャンプ場を走る、走る。

 なんだあいつは。なんだあいつは!

「ユータくん、あれが出てきた瞬間を見たかい!?」
「えっ!?」

 走りながらの問いかけに、俺は必死で頭を巡らせる。サツキさんの話の最中、ワンチャンないとわかって、それで──

「え、えっと! なんか地面に埋まってたみたいで!」
「埋まってた?」
「そう! えっと、あっちの方!」

 指をさした先の地面が抉れている。地面を蹴った反動にしては異様な大穴。やはり埋まっていたのか。

「……埋まって?」

「……埋められたみたいなアングルですね?」
「カメラを落としたらしい」

 脳裏をよぎるは先程の会話。

「……まさか」
「お肉仮面、か?」

 隣を走るサツキさんも同じ結論に至ったのか、ぽつりと呟いた。

例の写真

 ムカデの足音は相変わらずすぐ後ろに迫っている。ムカデ男の長い手が、時折俺の背中を掠めている。

【────!!!】
「っ……!」

 キャンプ場の端が迫っている。息が上がる。やばいやばいやばい。次はどっちだ。どっちに──と、その時。

【──────…………!】

 足音が、止まる。

「…………?」
「…………おい、ユータくん。あれ」

 眉を顰めた俺の耳に、サツキさんの声が届く。走りながらの彼女の視線を追うと、その先にはひとつの人影があった。

「…………は?」

 キャンプ場入り口付近の、オブジェの前。インスタグラムの写真と同じ格好で、そいつはそこに立っていた。

「お……」
「お肉仮面じゃあないか!?」
【──、──……!! ────!!!!】

 サツキさんの歓喜の声をかき消したのは、件のムカデの金切声だった。

 振り返る先、バケモノムカデは威嚇をするように鎌首をもたげ、隻腕を振り回す。その顔はもはや、俺たちのことは見ていないようだった。

「……怯えて、る?」
「ユータくん! お肉仮面が!」

 サツキさんが叫んだその時、お肉仮面が動いた。クラウチングスタート姿勢から、猛烈な速度でムカデへと迫る!

【────!!?】
『………………!』

 ムカデは驚いたような様子を見せながら、隻腕を出鱈目に振るう。しかしお肉仮面は一切の減速を見せず、ムカデの腕を手刀で斬り払った。

【──────!!!!】

 ムカデが悲鳴をあげ、のたうつ。お肉仮面は力強く地を蹴り、その怪物に向け肉薄、跳躍。ムカデ男の顔面へと、その手を伸ばす。

『…………!!』
【────!?】

 お肉仮面はそのまま顔面を掴んで、空中で身体を捻る。

「おお……!」

 サツキさんが歓声をあげる中、ムカデの身体が、ゆっくりと傾ぐ。

「うわ、マジか」

 思わず俺はそう呟いた。お肉仮面は勢いそのままに着地。同時に、ダンクシュートをするかのように、ムカデの頭を地面に叩きつけた。

 ぐちゃっと音がした気がした。直後、ムカデの全身が反動で跳ね上がった。

「おおおお……!?」
「いやサツキさん! もうちょっと離れて! 危ないですって!」

 舞う土埃の中、お肉仮面はすいと立ち上がり、宙に浮いたムカデの身体を見る。そして、落下してくるその巨体に向かい、手刀を構えた。

「……まさか」

 降り注ぐムカデの全身が粉微塵に斬り刻まれるまで、そう長い時間は掛からなかった。

***

 数時間後。

 お肉仮面は、ムカデ男を仮面に変えた●●●あと、パシャリと自撮りをしてどこかへと消えてしまった。

 俺たちはしばらく呆然としたあと、吹っ飛んだテントを建て直し、焚き火やらなんやらを再度やり直して。

 すっかり日が暮れたキャンプ場で、俺たちは火を見つめていた。

「“冬将軍”、という言葉があるだろう?」

 ムカデ男がぐちゃぐちゃになる様子を見て、俺はすっかり食欲を無くしてしまったのだけど。サツキさんは興奮冷めやらぬという様子で、元気にカップ麺を啜りつつ話を振ってきた。

「あれは、雪の降りしきる戦場いくさばに佇むお肉仮面のこととも言われているんだ」
「はあ」

 つい数時間前までと同じ、トンチキな話。実際にお肉仮面の姿を見た今となっては、もう笑うわけにもいかず。

「…………あり得ますね」
「だろう!?」

 素直にそう答えた俺の言葉に、サツキさんはパッと笑顔になる。尻尾があればぶんぶんと振られているだろうか。

「なあユータくん!」
「はい?」

 ワンチャンはないけどワンちゃんは居るってか。お後がよろしいようで──なんて考えていたら。

「後日、他のお肉仮面のスポットにも一緒に行ってくれないかい?」

 サツキさんの問いかけに、俺は思わず目を見開く。

「……身の危険がなければ」
「ふふ、善処しよう」

 きっと他意はないお誘い。だけど彼女の笑顔を見られるならそれでもいいかと思うあたり、我ながら単純だなぁと笑ってしまうのだった。

(完)

あとがき

 本作品は、パルプアドベントカレンダー2021参加作品『アンニュイ・サンニュイ』の続編であり、そして #第二回お肉仮面文芸祭 への応募作です。

 まず最初に言わなきゃならないんですけど、ごめんなさい締め切り勘違いしてました。12月31日までだと思ってて、それに気付いたのが締め切りの翌日でした。ごめんマジごめん。

 加えて、結果として12月31日を超えてしまい、どうもあけましておめでろうございます。いやほんとすみません。遅刻組の遅刻組という結果になってししまいましたが、ご笑覧いただければ幸いです。

 今回のお話は、去年の応募作『ハンティング』の設定を踏襲したものとなっています。都市伝説やら言い伝え的な話になるので、直近でそういう話をやった『アンニュイ・サンニュイ』の二人に被害者になってもらうことにしました。期限がアレすぎて色々雑なところもありますが、楽しんでもらえると嬉しいです。

 それでは良いお年を! じゃない! あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!!!

桃之字

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