毎日マクラ「へ」☆へ☆

平仮名の中でいちばん力が抜けるのって、これはもう圧倒的にナンバーワンだと思うんですが、絶対に「へ」ですよね。

「へ」って口にした瞬間に、ヘナヘナと力が抜けていく感じ、なんなんでしょうね。
まず形からして、力とかが入ってないじゃないですか。

棒を一本横に引いただけの状態から、こう、真ん中へんで折ってるわけですよね。一気に右肩下がりに落ちていくんですよ。

同じ棒一本系の平仮名でも、「く」はカ行の強さが隠し切れないですし、追い詰められたときでもこう、「クッ…」って噛みしめるみたいな、再びファイティングポーズを構えるような芯を感じますよ。「屈強」って言葉が見事にイメージを表してますかね。
「へッ…」て言っちゃうのって、どう考えてもヤバいときですよね。完全に目論見を外した瞬間ですよ(笑)

「し」も一筆でいけますけどね、「し」は「しなやか」とか「したたか」の「し」ですから、こう、下へ降りてきて放物線の形で跳ね上がっていく、バネみたいな字ですよね。
しかもですよ、「しあわせ」の「し」でもあるのに、死神の「死」でもあるじゃないですか。カッコいいですよね、いい意味と悪い意味と、敵か味方かわからないような。ドラマだったら伊吹吾郎さんがやりそうな(笑)
ちょっと古いですか、すみません、限界です。

あともうひとつ、「つ」もありますね。これは「し」を横にしたような形ですけど、釣り針の「つ」だと思いますね。「釣る」でもあるし「連れていく」でもある。「つながり」の「つ」ですね。
それとは別に、痛みも表しますよね。足の小指をぶつけて「つっ!」なんつって。痛みというものに対して対抗しているような感じですかね。なんてったって「強さ」の「つ」ですから。

なのでなので、一筆系はけっこう強い感じなんですよね。単純なぶん凄い能力を付与されてるんじゃないかという気にもなってきますよ。

その中に「へ」。
まず、尾籠な話で恐縮ですけど、オナラですよね。落語のほうでも転失気なんてありますけど、「へ」って、いちばん情けないやつに当てられてるんですよ。
これはもう、何かの罰としか思えないですよね。「へ」が何かやらかしてしまって、その報いとしてオナラを担当させられてるとか。臭い飯を食わされてるんですよ(笑)

「へぇ~」とか、納得の意味もありますけど、何かを知ったとき「へぇ~」って受けるときはすぐ忘れるでしょう。そこは「ガッテン」て言わないといけない(笑)
「へぇ~」は屁と一緒ですから。すぐどっかに消えちゃうんです。

「隣の空き地に囲いができたってねえ」「へぇ~」って有名な小噺がありますけど、これもラストで「へぇ~」とくる、抜けた感じがフレーズとして面白くなってくるんですよ。これはつまらないので、言い方で笑わせるしかないです(笑)

こんだけ笑いものにされてる「へ」ですけどね、物凄いメタモルフォーゼを遂げるわけですね。

それは、助詞になるときです。

「〇〇行く」というときなどですね、この時だけ、音が「え」になりますよね。形は「へ」のまま「え」として流通してしまうんですよ!
凄くないですか? これ、どういうトリックなんでしょう。
志村けんの代役をジュリーがやるって聞いたときのような、美しいホームランですよ!

僕ら落語家、高座に上がるとまず「えー」って言いますけど、これから「へー」に変えてみて、バランスをとってみてもいいかもしれませんね(笑)

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