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ダイエットして、勉強したら女の子は振り向くと言い聞かせたら、博士号取得した生徒の話。

「見つけたぞ。永遠を。 それは太陽に融ける海だ。」 

     脚本家の宮藤官九郎様が好きだ。 映画『69 sixty-nine』(2004年)を見たことはあるだろうか?
 長崎県佐世保を舞台に、好きな女の子にモテたい! ただただとことん楽しみたい! 主演の妻夫木聡が「楽しく生きたもん勝ちばい、退屈なやつらに俺たちの笑い声ば聞かせてやるったい」と言い放ち、青春満タンでドタバタを繰り返す。1969年の高校生を描いた名作映画である。
 1969年、スマホもwindowsもgoogleもchatGPTもなかった時代、この頃に比べたら、現代って便利になったけど窮屈💧。学校をバリケード封鎖するとか校長室の机で・・・とか考えられない。こんなハチャメチャなことしたら、今なら即刻、退学だろうな。

政治経済授業プリント「1969年とはどんな時代だったか? 」
政治経済授業プリント 歴史劇画「大宰相」で学ぶ1969年。

 この映画は政治経済の映像教材として推奨したい。
 君の手に 薔薇より紅い 火炎瓶。学生運動全盛期の1969年の「東大入試中止事件」など戦後政治の右翼・左翼の対立軸を考えさせる点においても、高度成長期の日本経済のエネルギーを感じさせる点においても、前のめりに政治経済へ知的好奇心を持つことができる。
 
 加えて、この映画は思春期の高校生に詩情を迫る。
 『見つけたぞ。永遠を。それは太陽に融ける海だ』 アルチュール・ランボー
 (アダマ/安藤政信)「これ、どがん意味や?」
 (ケン/妻夫木聡)「意味とか考えたら駄目ばい。詩は感じるもんたい」
  ランボーの詩の一節が優等生でハンサムな安藤政信の人生を変えてしまう。ネトフリもアマプラもなかった20年前。皆で映画を楽しみ共振できた。この映画を今も大切にしていると、卒業生(35歳)から連絡をもらった。 

漠然とした不安から不登校だった生徒からの感想

  楊田先生
  大変ご無沙汰しております。Facebookで先生のnoteの存在を知り、窪塚洋介さんと文化祭社会派マジモノ企画NODUの記事を読ませて頂きました。

https://note.com/tatsuaki_yoda/n/n8b27e4517712

 15歳(中3)だった時、不登校になっておりました。当時は、ただ将来が漠然と不安で学校に行けませんでした。ごくたまに教室へ足運んでいたことを覚えています。そのような非常に少ない出席回数の中で、楊田先生の中3公民の授業で、たまたま観賞した無脳症の赤ちゃんの映像は鮮明に覚えています。『徹子の部屋』に(フォトジャーナリストの)森住卓さんが出演され、黒柳徹子さんがコメントされている動画を拝見したと記憶しています。
 先生が動画をみせることで、生徒の心が動いて、生徒が手紙を書いたことはnoteの中に出てくる「己の中の敵」を乗り越えた勇気ある行動であり何より尊いことで、窪塚洋介さんがその手紙へお返事されたという行為と手紙による生徒への柔らかな指導はまさに「ピース」なんだと感じました。
 何よりも先生が進学校において「テストに出る内容を効率よく教える」ことよりも「何を生徒に伝えることが大事なのか」熟慮されていたことを認識しました。

 15歳で不登校だった私はその後ご縁があり、△○大学の工学部へ進学し博士号をとりました。現在は□△高等専門学校で教員をしています。
 楊田先生の授業の中で村上龍原作の映画『69 sixty-nine』をみんなで見る機会を設けて頂いたことが、不登校から復帰するきっかけの一つでした。確か高校一年生だったと思います。 意中の女の子から好きと言ってほしい下心を、眩しいくらいのエネルギーに変換して、バリケード封鎖をする妻夫木聡の行動の規模と破天荒さに驚くと同時に、希望を見せてもらいました。
 15歳の自分は、授業と部活、家に帰って宿題をしたりしなかったりを繰り返す生活の中で、これで将来どうなるんだろうと漠然とした不安が、ドンドン大きくなっていました。なんとなく自分の限界らしき枠を感じていました。 それだけに「まだ自分の中に可能性があるんだ。エネルギーを使えることができれば自分が思う以上の未来が開ける。」と映画に示してもらったことは大きかったです。(星野源が校長室で脱糞するシーンでクラスメイトとゲラゲラ笑っていたことも覚えています)。
 その後、自分は女の子にモテるようにダイエットしました。エネルギーを使い切ってクタクタになるまで運動しました。痩せて勉強したら塾の女の子は振り向くと言い聞かせて勉強しました。ちゃんと痩せて成績が伸びました。随分単純ですが、当時の自分には大きな自信になりました。

 あれから、20年が経ち高専では研究活動とともに、教育活動に携わっています。    映画『69 sixty-nine』で当時の自分が感じた「みんなの中にエネルギーはちゃんとあって、その使い方が分かれば未来はあかるい」を感じてもらえればと、ものづくり技術をつかったコンテストの企画運営、自分が話を聞かせたいと思った社長さんなどに依頼して講演会の企画を不定期で行っています。
 講演は財源があるわけではないので、先方には失礼承知で(旅費宿泊費は無料で)依頼しておりますが、幸いにも快く引き受けて頂けております。この点、窪塚洋介さんからの手紙と通ずるものを感じました。
 映画『69 sixty-nine』は学生への自己紹介の際に、今でも「ぜひみんなにみてほしい」とスライドを作って紹介しています。

 楊田先生のご活動とご指導に感謝いたします。 本当にありがとうございました。

子どもに素直に「ごめん」と謝る大人でありたい。

 嗚呼。嬉しい。彼の感想を懐かしさと嬉しさでいっぱいになって読んだ。 
 青年の強みは燃ゆるがごとき情熱にある。『見つけたぞ。永遠を。 それは太陽に融ける海だ』 このエネルギーにインスパイアされて欲しいとの願いが、20年の歳月を経てもさらに熱を増して、教育現場で伝わっていることに驚き、胸が熱くなった。
 成績・将来…不安で気がささくれ立ち、学校に行けなくなった彼にとって、暗いトンネルの向こうに青い明るい空がぱぁーっと広がっている。そういうイメージをこの映画は与えたんだ。`
 宮藤官九郎様は「ベスト・ファザー イエローリボン賞」(2014年)を受賞した際に、次のように語っている。「子育ての経験を重ねるうち、親が必ずしも100点である必要はないと思えるようになってきました。親だって人間だから間違えることもあるし、お父さんのいうことが絶対じゃないということを、子どもには伝えていきたい。間違えたら『ごめん!』と素直に謝ることができる友達のような関係でいたいですね」。

 教師は「こういう先生でありたい」「こんなクラス・教室にしたい」という思いを持っている。「拍手と笑いあふれる教室」は私のモットーである。そうならない生徒に落ち込んだり腹を立ててしまったりしてしまう。
 教師自身も学校に行きたくないと思う場面があることに向き合いたい。先生だって失敗することを隠さないでいたい。大人の役割は、登校を渋る生徒たちが見ている景色を知り、答えにたどり着く時間を尊重することではないだろうか。学校に行くことだけが答えではないし、そのことを対話していくことが必要なんだ。自戒を込めてそう思った。

 「いいじゃん。べつに感動したんだから、それが【どうしてか】なんて。
  みんな、答えの先を見つけようとしすぎているよ。
  歌に感動したっていうのが【答え】で、そこがゴールだよ。
  もうゴールテープを切っているのに、その後にも、まだ何かを求めようとばか
  りしてるんだ」            『甲本ヒロトはこう言った』より

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い。 
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