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東京事典

ここは、東京のとあるライブハウス。

今日も数多くのバンドが夢を追いかけてステージに上がる。
しかし、世の中で売れるバンドなんて滅多にない。

生まれては消えていく、まるで盛者必衰のことわりを表すかのようだ。

そして、今日も1つのバンドの灯が消えかかろうとしていた。

「あ~あ、今日のお客さん久しぶりにノリノリだったわね、テンション上がりすぎて声のキーがあがってしまったわ」

彼女の名は「サチコ・ヘレナ・ボナムカーター」バンド、東京事典のヴォーカルをつとめている。

「オイ!何がノリノリなんだよ、毎度おなじみのお客様じゃねーか。東京事典も、そろそろ潮時だな」

彼の名は「パンチョ後藤」ライブハウス、ペペロンチーノのオーナーである。

「いいか、よく聞け。椎名林檎を敬愛するのはいいが、パクリじゃねーか!パクリ。お客さんは椎名林檎のファンで、めったにライブに行けねーからここに足を運んでいるんだぞ。なんだよ、東京事典のバンド名は寄せているのに『サチコ・ヘレナ・ボナムカーター』って。名前だけ意味が分かんねーぞ」

「ひどいわ、そういうオーナーだって『パンチョ伊藤』に名前を寄せているじゃない」

「おれの名前は本名だ。メキシコと日本のハーフなんだよ」

「………」

「ともかく、東京事典を結成してもう10年、先のことを考えてみてもいいだろう。次の曲がヒットしなかったら解散……」

「そんなのイヤです。わたしまだまだ頑張れます!ちゃんと1日7時間睡眠をとって体力維持のためにランニングもしています」

「そんなことを聞いているんじゃない!東京事典にはオリジナリティがないんだ」

「オリジナリティ?」

「ああ、作る楽曲すべてが椎名林檎じゃねーか。微妙にキーだけ変えやがって、今まで訴えられなかったのが奇跡だぞ」

「確かに、生まれてはじめて行ったライブが椎名林檎だった。この人はなんで、ここまでわたしの気持ちが分かっているのだろう?まるでわたしの為に歌を唄ってくれている、そんな錯覚もしたわ、でもそれぐらい林檎ちゃんのことが好きで好きでたまらなかった。気がつけば、バンドを組んで………」

「このペペロンチーノに来たってわけだな。お前はもう林檎ドランカーだ」

林檎ドランカー?

「こういう話を聞いたことがあるか?ボクシングの試合でパンチをもらいすぎたボクサーは、脳に損傷ができて妄想が起きる現象があるんだ。すなわち、お前は椎名林檎の曲を聞きすぎて脳に異常がきたし、ずっと妄想を続けているのさ」

「妄想か………。たしかに椎名林檎になりたいと思えば思うほど、現実から離れている気がする」

「お前にしかできないことが必ずある。上だけを見るな、まわりをよく見ろ!そして求められていることに目を向けろ」

「求められていることって一体なに?」

「考えるな。感じろ。Don't think Feel~」

パンチョはサチコがブルースリーを知らないと思って、ものまねをしたが、サチコが妙に真剣にうなずいたので急に恥ずかしくなった。


街中にて

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「はぁ、もうこれ以上バンドをつづけるのはよそう。田舎に帰って農業でもしょう」

「すみません。よかったら募金よろしくおねがいします」

見たところ中学生の女の子だろう、両手に紙製の募金箱を大事そうに抱えている。

「う~ん、もう田舎に帰ることだし、ふんぱつして1000円入れちゃえ」

「ありがとうございます!いいんですか1000円も入れてもらって。施設に戻ったらみんな喜びます」

「施設?」

「はい、わたし両親がいないんです。でも寮長さんはわたしを、本当の子どものようにかわいがってくれているので、とても感謝しています」

「そうなんだ………」

「あれ、おねえさんの後ろにしょってるのってギター?」

「う、うんバンドしているから。まだ売れてないけど」

「あっ、いいこと思いついた。来週もこの場所に来れる?おねえさんにぜひ歌を唄ってほしいな。ここは人がたくさん通るんだけど、なかなか立ち止まってくれる人がいなくて」

「わたし、椎名林檎の曲しか歌えないけど………」

「え、すごいじゃん、きっといろんな人が聞いてくれるよ。お願い!」

「分かったわ、来週この場所に来ればいいんでしょ」

「ありがとう」


来週の日曜日

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「よろしかったら募金よろしくおねがいしまーす。はぁ、今日も全然お金を入れてくれないな」

「こんにちは、今日も頑張っているね」

「あっ、おねえさん!本当に来てくれたんだ。うれしい」

「約束はちゃんと守ります、じゃあ、さっそく準備にとりかかるとしますか」

ギターケースからギターをとりだし、空を見つめて大きく深呼吸をするサチコ。どこか清々しい表情を浮かべている。

「おねえさんならきっと大丈夫。頑張って」


ここで寄付して


東京事典
歌:サチコ・ヘレナ・ボナムカーター

I'll never be able to give up on you
So never say good bye and donation me once again

あたしは絶対あなたの前じゃ
募金箱に手を突っ込んだりしないでしょ
これはつまり常に自分が
アナーキーなあなたに似合う為
現代の黒柳徹子に
手錠かけられるのは只あたしだけ

行かないでね
何処にだってあたしと一緒じゃなきゃ厭よ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処で寄付して

違う制服の女子高生を
眼で追っているの 知ってるのよ
斜め後ろ頭ら辺に痛い程募金箱感じないかしら
そりゃ あたしは10円玉とか1円玉
タイプではないけれどこっち向いて

行かないでね
どんな時もあたしの金額を見抜いてよ
あなたの千円札も長財布に入っている1万円も
全部大好きなの
何処にだってあなた程のひとなんて居ないよ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処で寄付して

行かないでね
何処にだってあたしと一緒じゃなきゃ厭よ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処で寄付して ねぇ

I feel so nice 'cause you are with me now
It is certain Ilove you so much baby
I'll never be able to give up on you
So never say good bye and donation me once again
(woo… ai ai ai…)

歌いきったわ。これできれいさっぱりバンドを辞められる。

パチパチパチパチパチパチ👏

 次から次へと募金をする人が増えていく。

「おねえさん、すごいよ!いつもの何倍も人が集まっている。ここまでお金が溜まるなんて滅多にないよ」

さっきから、スーツ姿の中年らしき男性がサチコをじっーっと見ている。男性はサチコに近づくと勢いよく喋りだした。

「素晴らしい!いい歌声です、とても感動いたしました!あれ、椎名林檎?と一瞬思ったのですが、どことなく優しい感じがしましてねぇ。女の子が持っている募金箱にお金を入れたくなって、思わず5000円札も入れてしまいましたよ」

「はぁ…」

「失礼いたしたました!わたしはこういうものです」

突然名刺を差し出す、謎の男。

「NPO法人の方ですか?」

「ぜひ、各地のスクランブル交差点付近で歌っていただけませんでしょうか?とにもかくにも世の中、困っている人が大勢いるのです。あなたが思っている以上に、あなたのことを必要としてくれる人たちがいます。どうかよろしくお願いいたします」

「わたしからもお願い。おねえさんは椎名林檎じゃない、れっきとしたサチコ・ヘレナ・ボナムカーターよ」

「そ、そうね。はじめて人から頼りにされているような気がするわ。わたし、頑張ってみる!」

サチコ・ヘレナ・ボナムカーター。彼女の歌を聞きたいがために、行く先々で膨大な募金が集まっていった。

彼女は後に、人々からこう呼ばれるようになったという。

NPO法人の女王」と。

おわり


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