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ヒキコモリウタ【小説・エッセイ・詩】

始めにあったのは、刷り込まれた怖れ。どこで刷り込まれたのかは覚えていない。でも気がつけば心は怖れにより窮屈な状態にあったのだろう。とりあえずの前提から──
 
暗い部屋に毎朝カーテン越しに光が入ってくる。闇に慣れた目には眩しすぎるくらい。雀の鳴き声がする。それもまた、作られた平和な朝のようで、ほど遠い。どこにも行かなくてよくなって、自由を得たつもりになっていたのは一年ほど前まで。特に大した理由もなく、めんどくさいから、学校に行かなくなった。そういや仮病もよく使ったな。学校の何が嫌だったかって? それも大した理由じゃない。なんとなく疲れていて合わせるのがな、めんどくさくなって。同じじゃないか。他の奴も気だるそうに、意味なく来ては、愚痴ばっかり言っててさ、そんな連中に自分も染まりそうで、なんか嫌だった──てのが一番しっくりくる理由かな。それ以上はうまく言えない。でもさ、あのまま卒業していった奴は何だかんだで、世間を渡って行って人生が進んでいるんだよな? つまらないまま、考えもしないまま、似たような毎日が続いていくだけに見えた、その先に行けたんだよな? 会いもしねえが、圧力を感じるわ。同じ年齢のやつがドンドン先に行って、この部屋の俺を一人残してさ。
 
 俺の日常も変わらない。毎日はこの家の中だけ。父親は単身赴任で一年に一回帰ってくる程度。母親はパート勤めに忙しく、俺が昼前に起きてきたら、一応朝ごはんか昼飯か分からないものをテーブルに置手紙とともに置いてある。妹も一人いたが、俺がこんな生活をするようになって、今年高校を卒業してさっさと家を出ていったな。昔はそんなに仲は悪くなかったのだが……。やっぱり、身内が世間的に説明しにくい状態になっていると、愛想は尽きるもんかね──。ここから、自己嫌悪タイム。
しばらく付き合ってくれ。
 
脳内にこだまするのは
説明したがりな
学者連中の言葉
共同体が崩壊して
父となる規範もなく
母親は母性も知らないまま
ひたすらに競争にさらされる
それぞれが試行錯誤して
自分の道を
いいように生きていける道を
一生探し続けるしかない
 
あんたの言葉が
俺の先を行き過ぎて
俺はすべてあんたの言葉を
なぞっていくだけ
それに何の意味がある?
試行錯誤なんて
俺の場合は
怖れを起点とした
家の中の煩悶
狭い中で一歩も踏み出せないまま
もうすぐ二十歳を超える
誰が言ったんだ
青春なんて言葉を
疎外されまくって
資本の流れにも加われない
存在価値もないみたいに
感情のない情報に
テレビをつければ晒される
それでも
何に踏みとどまって
壊れないでいるのだろう
 
少し休憩するか。同じ事を周期的に言っている気がする。ここには誰もいないってのに。受験はもう無理だな。気力がないわ。あれだけ早く始めたってのに、それだけで洗脳教育受けてきたから、考えがお粗末なまま、ほかの選択肢に目がいかない。
願いのような、呪いのような、学歴コンプレックスだけが意味もなく、怖れたままの心の表面に張り付いてやがる。なまじっか進学校に行かなければ、幼馴染の気の合った不良仲間と、ずっとな、仲間として働いたり、やんちゃもしただろうが、それなりの「青春」もあったか──。いや、あいつらの修羅場もたくさん外から見てきたが、根本的に「殺気」を持っていたから、俺みたいな気の弱い神経ズタボロ人間は、もっといかれちまったかもな。鑑別所に入った奴もいたな、そう言えば──。
 
夕焼け空がカーテン越しに
赤い色で部屋を染めていく
その頃の僕は
悲しみの癒えない
空洞とともにあり
そこから離れたがるように
排気ガスに満ちた
くだらない世界を吸っていた
ただ、純粋を求めていた
感傷的な赤い空は
いずことも知れない
悲しみの起源に干渉し
眩暈のするような
慟哭にも似た
魂の揺さぶりを僕に与える
 
そう書きたいだけ。言葉にして残しておきたいだけ。人の形はどうでもいい。僕であっても、俺であってもいい。お前の理由が知りたいだけだ。理由なんてないのだろうとも思うが。長い時間かけないと、見えてこないような、曲がりくねった道の先で、俺は俺の理由が欲しいから、お前の理由を探している。
 
供養なんです
成仏してほしい
そう言えば
僕の家系図を少し
見たことがあって
たいてい早死にでしたね
それで分かったんです
そりゃ仕方ない
僕の理由が
それで見えたんです
この長い人類の歴史で
罪や後悔もなく
天界に導かれるようにして
往生した人の割合は
極めて低いだろう
たいていの人は
殺人やもっとひどい
罪などを犯して
後悔の念とともに
この世を彷徨っており
その先祖が子孫を
頼って取り憑いて
なんやかんやの
統合失調症などの
症状を引き起こしている
なんて本も読んだな
──話題のアレ、に似ていますね──
でも一概に否定しきれるものでも
ないから時々
入っていく人もいるのかな
信念のエクスキューズか……?
 
世間一般では、何も見えないから、誰も通らないところを通る人生。ドラクエの主人公みたいな特別な使命があって──みたいな物語を着せて生きるしかない。ヒリヒリした何もしていないものに対するこの街の疎外の風に耐えるため、使えるものは何でも入れた。そのリストは、俺が死んでから公開することにしている。理由なんぞおいそれとは語らないよ。仏教の真言密教では、秘伝は口伝とからしいけど、少しそれに似させて、いろいろと被せておくよ。ハハハハハ、今日もたくさんトリップしたわ。もうすぐ母さんが帰ってくる。想像の通り、無職で何もしていないから、親とはあまりうまくいっていない。顔合わせるのもしんどいから、下のリビングから、二階の俺の部屋に戻るとするか。
 
うちの子はいつになったら
働いてくれるのでしょうか
私の育て方が
悪かったのかしら
いえいえ、
そんなにご自分を責めないで
今はあまり刺激しないで
時間はかかりますが
粘り強く機会を待ちましょう
 
なんて会話が電話越しに聴こえてきたり。俺のために母親が心配してくれるのはわかるけど、それもまたプレッシャー。どうしようもないのは俺が一番わかっている。引きこもり本や精神医学の本とかいろいろ読んだけど、一番腑に落ちた記述は「この本は病気の治療には役に立ちません。心は科学とは別次元で動くから、西洋医学とは相性が悪い。考えたってノイローゼなわけだから、そこに科学を自らの手で一人二役にでもなったつもりで、治せるとでも? 」ハハハ、ごもっともでございます。あの頃は余裕なくてしがみついていたが、まあ、何の役にも立たなかったね。社会学の用語に「アノミー」ってのがある。俺の解釈かもしれないが、人間は人との連帯の中で規範とかを身に付けるものだが、集団から切り離されたら、自分の中のその集団の規範が薄れていって、自分の中の行動基準が分からなくなって、混乱に陥るものらしい。だから、頭のおかしいのはたいてい、集団から切り離されて、もしくは、「集団」を見つけられないまま、孤独に社会を生きて、わけわからなくなって、引きこもったり、何かやったりするんだろう。解釈の役には立ちますか。でも、治療の役には何の役にも立たない。言葉で埋め尽くされた、近代の終わりのその先のややこしい時代特有の悩みですかね。
 
受験勉強にはゴールがある
大学行ったらゴールはない
京大生の自殺率は
ある統計によれば
世界一だったこともあるらしい
 
分かる気がする
あれだけ受験勉強頑張って
入ったところが
自由過ぎたら
自由の体制とは
真逆の受験の偏差値エリートは
案外あっけなく
死を選ぶのかもしれない
そういう現代の
大きな矛盾に蓋をして
受験産業は
「東大王」とかいう
何の意味もない番組まで作って
お金の回転を維持したいそうだ
受験イコール教育ってか
そういや教育なんて言葉も
近代資本主義に
生まれた言葉だったな
 
何のために
頑張っているんだろうね
自分探しは
いつ終わるんだろうね
 
本当に探したい?
背後の価値観が
そうさせているだけなのに
 
でもこの集団的価値観に抗うのなら、戦士として「アノミー」を生き抜くしかないね。戦っている以上は魂は光っているよ。そこらへんに生息している連中より、いい瞳をしている、なんてよく言われた。君たち二人はここにいる連中と違うわ、将来楽しみや。凄いいい顔してる。今はヒキコモリかもしれないけど、将来はきっと成功しているよ。お世辞でも嬉しかったです。お世辞じゃないから。もういないところから、そう聞こえた。噓を言うような人たちじゃなかったけどな。あれから二十年か。
 
染まらない
染まりたくない
それは今も変わらない
嫌いなものは嫌い
心に響くものだけ
かき集めて
光の束で
時代の闇を突っ切ってやる
 
聖書曰く
後のものが先になる
 
地球の波動が上がれば
噓ははがれていく
今までにしがみつくなら
苦しむでしょうね
 
そんな本も好きでたくさん読んだな。普通のことを書いていないのが、ヒリヒリした心にダイレクトに届いた。まあ、一歩間違えばニュースを騒がせているようなことにもなっていたのかもしれない。随分と手垢がついてしまっている。見分けるのはもうほとんど運やその人の持っている徳しかないな。
 
最初に付けた恐れの正体
迫害不安
物心つく前に
赤ちゃんが顔の前に
何かが、たいてい
周囲の大人の手とか
それが目の前に
不意に来たりすると
それが心の形成期に
得体の知れない大きな
不安の核になって
思春期以降に
統合失調症などの
精神疾患の原因になることも
あるらしい
そういや俺がまだ
赤ん坊のころ
親戚のおじさんが
俺に会うたびに
指で俺の鼻を
押していたらしい
得体の知れない迫害不安が
そんなところに
原因があった──
そんな説明も可能だが
こんな科学じゃ
人の心は治せないよ
そうですかと
一応の納得をしておしまいです
 
引きこもりについて知っていることすべて書きました。実際に僕がそうだったかどうかは、皆さんの判断に任せます。まあ、ほとんど言っているようなものやけど。走りでしたね。いろいろなかったら、話題の中高年の──だったかも。いろいろあったことについては、自伝に書く予定です。しかし自伝の執筆もかれこれ三年近く書いていますが、今高校一年生の最後の方で止まっています。もうあんまり過去に興味なくなって筆が進んでいないのですが、何とか現在まで書いていきたいですね。もう無理かも。ちなみに引きこもりから脱出する時に一番効果的だったのは新聞配達の朝刊でしたね。誰もいない深夜の空間を、人と比べることなく働けるのが何よりも、どんな治療よりも効果的でしたね。働くことって思っている以上に人間にとって大切なことなんだな、とその経験から学んだりしました。
 
何人かの犠牲によって
革命がなされるというのなら
引きこもりは
その分子となりうるだろうか
何に対する反抗か
家にいても
何ひとつ安らぐことはない
不安で押しつぶされそうで
ギリギリまですり減らして
かろうじて命をつないでいる
そうまでして
何を拒否しているのか
充分に飛び立てないまま
嵐の中に放り込まれるような
被害妄想のような
見えない壁がある
信念のような厚い壁が
それは世の中に対する不信
それはそれでも
正しいと思いたい
自分に対する僅かな期待
そのせめぎ合いが
家と外の間に作られる
 
ぶっこんでしまってごめんなさい。どうしても言いたかった。新聞配達は効果的だって話でしたね。引きこもりの一番回復を遅らせる要因として、長引けば長引くほどに、同年代からの遅れがかなりきつい焦りとなって、本人を苦しめることにあります。つまり教室での点数での比較意識を内面化しすぎて、そこから解放されないまま、遅れていく自分を責め続ける、そのような構図があります。だから、挫折したまま、また社会に出て人と接することは、その比較で、特にいいところに勤めたサラリーマンとか、いわゆる「出来る人」に対して、進学校であればあるほどに、どうしようもない屈折した思い、コンプレックスを抱かせます。クソ受験洗脳教育の賜物以外何でもないですね。だから、深夜から早朝にかけての新聞配達は、一人で黙々と配達できるから、そのような比較とは、距離を置けて、尚且つ、働くいうことは、二十歳を越えて、精神を正常に保つための必須条件ですから、他のどのような精神療法よりも効果がある側面はあります。まあ、引きこもりの原因や条件、回復のプロセスは本当に人それぞれなので、一概には当てはまらないかもですが、参考までに。でも働くことで自分の中にそれまでにない確かな「生きる力」が一日一日、宿っていくのが分かっていくのは、本当に嬉しかったですね。そこで積み上げたものがもう他人との比較から、解放してくれる一番の薬みたいになっていきました。あとは、その土台からその人のオリジナルの人生を可能な限り作り上げていけば、いつか解放される日も来るかもしれません。
 
 

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