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チバユウスケが死んだ朝に

チバユウスケ、亡くなる。

なんと現実味のない一文だろう。

ニュース記事を見ても、SNSに流れるアーティストたちの悲しみを見てもリアリティがわかない。ロックヒーローは死なないという少年じみた考えが自分の中にあったことに気づく。臓器が抜かれたようだ。腹に開いた穴へ冷たい空気が流れ込む。なんだ、この喪失感は。

現在も活動を追い続ける熱心なファンだったわけではない。ただ喪失感はこれまでにどんな人が死んだ時よりも大きい。

10代、20代の頃、体のどこかでチバユウスケの声が流れていた。今、彼の死と一緒に自分の中の何かがごっそり持って行かれた。友人たちにチバユウスケの死を共有する。誰しもが似たような喪失を感じていた。

チバユウスケはカッコよかった。顔も、ロッカーらしい細身の体も、歌う姿も、少年性もどこか帯びたしゃがれた声も、紡ぎ出す言葉も。カタカナのみで書かれた「チバユウスケ」という芸名も。

すべてが届かない憧れで、生まれ変わったらなってみたいと思うような人。タバコとビールが好きな不良のミッキーマウスのようで、存在自体がどこかファンタジーじみていてた。

福岡の田舎から上京し大学に入った頃、先輩からTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「世界の終わり」を聞かされた。

衝撃を受けた。骨太なこれぞロックというサウンドにのる紫煙とアルコールの匂いを帯びた歌声。私はもともと登校拒否児で苦手な不良性にウッとなりそうになるも、歌われる歌詞は世界の終わりというジュブナイル性と、パンや紅茶が出る少女性。エヴァンゲリオンと少女革命ウテナが混ざったような世界が、荒々しい音と共に耳へと流れ込んでくる。感動と衝撃と混乱が同時に襲う。あまりの格好良さにふらついた。

「これがミッシェルはデビュー曲なんだぜ。凄いだろう」

確かにそうだ。いまだにこの曲を超えるデビュー曲を知らない。

チバユウスケの散文詩に興味が湧き、詩集「ビート」も買った。「世界の終わり」の詩の横にはこう書いている。

「この曲はミッシェルのために作った曲じゃなかった。なにかが終わることと、なにかが始まることは常に同時に起きるようなそんな気分はずっと変わらない気がする」

なんてチバユウスケなのだろう。説明すらカッコいい。

2003年の伝説のミュージックステーション事件もリアルタイムで見ていた。

ロシア人デュオ「t.A.T.u.」が楽屋から出てこず、結局出演をボイコット。スタジオ出演者で唯一生音で歌うミッシェルだけがその空いた時間を埋めることができた。異様な空気の中、バンドは「ミッドナイト・クラクション・ベイビー」を奏で、チバユウスケはタンバリンを片手にシャウトした。

まだブラウン管だったテレビの前で、異様な高揚感に包まれた。「ロックは最強なんだ」とガッツポーズした。

若気のいたりだ。あの頃の音楽ファンに少なくなかったJ-POP批判派だった面もあった。ただロックバンドが生音でテレビ局の失態を救い、CDチャートの上位ミュージシャンにタモリまでノらせて、ロックンロールを奏でたのだ。痛快以外の何ものでもない。

後日、チバユウスケはラジオであの日のことをこう振り返ってる。

「出たくねえっていうからしょうがない。俺らは出たくてしょうがない(笑)。ああいう番組ってバンドでもカラオケとかでやるじゃんか。俺らは生だったから良かったよね、ホント。俺らいなかったらイグアナだよ」

ミッシェルが解散した後、ROSSOとしてのファーストアルバムに収録された「シャロン」の出だしを聞いて震えた。

「サンタクロースが死んだ朝に」

いまだにこの曲の出だしを超えるカッコよさを知らない。クールでチャーミング。二律背反するものがたった一文でまとめられ、一気に世界観に引き込まれた。文章に携わる仕事をしているが、どこかであの衝撃を生み出す言葉をと思っていた。

大学生の頃に想像したつまらない大人の姿をなぞるように、社会人になると仕事にかまけ、タワレコに通い新譜を漁ることも減り、音楽を聴かない日も増えていった。The Birthdayも熱心には追わず、お気に入りの曲に星をつけ、リストの中に積み上げて、時折聞くくらいだった。

ファンとは言えない。ただ年を経るとはそういうことだとも思う。好きなジャンルを好きでいる努力は1つ歳を重ねるごとに2倍に増える。時間は早く過ぎるようになるのに、時間を取られる事柄は増える。好きで居続けるのも大変だ。

ただ喪失感は年月を経ても減らないようだ。若い頃への思い入れの分だけ、それはやってくる。むしろ大きくなっている気すらする。年を取ると涙もろくなるのに。

イヤホンから何千回と聞いたギターリフが流れてきた。「世界の終わり」だ。何千回と湧いた感情を心は繰り返す。なんてかっこいいんだ。

ロッカーはウイスキーと同じだ。歳を重ねるほど熟成され、若い頃には出せない旨みを出す。嗚呼70歳のチバユウスケはどんなにカッコ良かっただろう。世界一カッコいいロックンローラーだったはずだ。その姿を見て言いたかった。

「チバユウスケはいつまでもかっこいいな」

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