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【白いキャンバス】

俺には絵心がない。正確にいえば、過去、絵を描く技術を身につける努力を全くした事がない。

描きたいもの、表現したいものがない訳ではないだが、それが描けるようになるまでの過程を楽しむほどの余裕がない。子供の頃ならまだしも、今、真っ白なキャンバスを目の前に置かれても、ワクワクする前に、その途方もないギャップにくらくらして、きっと何も描けないだろう。

描きたくない訳じゃない。でも、最初の点を、最初の線を俺が引いたその瞬間、無限の可能性を持っていた目の前に置かれた白いキャンバスは、その可能性を「俺の感性、俺の技量」によって失ってしまう。

それが嫌なのだ。

俺は週末ライダーで週末ドラマーでもあるんだけど、実は、一番気が重い作業が「カウント」だ。スタジオで、セッションで、ステージで。無限の可能性を持つ白いキャンバスに、一番最初に線を引くのは、音楽の場合は大概、ドラマーの仕事だ。

若い頃はカウントを出すのが好きだった。両手にスティックを持ち、皆から見えるよう、頭上で声を出して打ち付ける。ワーン、ツーゥ、ワン、ツー、スリー、フォー。ドラムと出会って40余年。これまで何回、その動作をしただろうか。

あれだけ好きだったカウント出しも、音楽の持つ可能性の大きさを知った今では少し気が重いのも事実だ。だけど、絵とは違って、音楽は俺一人で作る作品じゃない。俺が出したカウントで、全員が「ジャーン!」と入ってきて曲がスタートする瞬間は、何回やってもゾクゾクくる。とても気が重くて怖い作業なんだけど、こと音楽に関しては、白いキャンバスに最初の点を打ち、エンジンをスタートさせるのが俺は好きなんだろうな。

生涯であと何回、カウントを出せるんだろうか。あと何枚、描く傍からその場で消えてしまうはかない絵を、皆と一緒に描けるんだろうか。

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