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IPOまでの道のり(その2)

本投稿では、前回触れたHome Country Practice Exemptionについて触れたいと思います。これは、証券取引所の規則上のものなので、本投稿では、NASDAQのListing Ruleについて触れていきます。

Home Country Practice Exemptionとは?

外国発行体(FPI(Foreign Private Issuer の略))向けの特例のことをいいます。

本来、NASDAQ市場に上場しようとする会社は、NASDAQのListing Rule 5600に従って、ガバナンス体制に関する要件を満たさなければなりません。このガバナンス体制は、Audit Committee、つまり、監査委員会に関するものが多く、委員会設置会社(正確には、監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社)を想定しています。

しかし、日本ではこのような委員会設置会社は一般的ではなく、多くのこれから上場しようとする会社は監査役会設置会社であるかと思います。委員会設置会社は、監査役会設置会社として上場した企業が、その後、定款変更により、監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社になることによって採用される例が多いです。

このように、FPIの場合、その国の法制度によっては、アメリカのガバナンス制度とは異なることが多いです。

そこで、母国とする法を遵守しているFPIに米国上場の途を開くことを目的としたものが、Home Country Practice Exemptionです(Listing Rule 5615(a)(3))。

なお、日本ではなじみのある監査役制度は、アメリカにはない制度です。直訳すると、Auditor となりますが、これをそのまま英語ネイティブの人に伝えても、会計監査人や監査法人を想像してしまいます。このような誤解を避けるために、監査役がStatutory Auditor や Corporate Auditor などと訳されることもありますが、これだけでは、日本の監査役制度を理解してもらうには不十分です。

Home Country Practice Exemptionの適用のためには?

Home Country Practice Exemptionにより上場しようとするときは、外部カウンセルから、FPIのガバナンス体制が母国法に違反するものではないことを内容とするレターを証券取引所宛に発行してもらう必要があります。

このようにすることで、アメリカ由来の委員会を設置することなく、監査役会の機関設計を維持したまま、上場することができます。

Home Country Practice Exemptionを目指す上で気を付けるべきこと

Home Country Practice Exemptionにより上場をする場合でも、Listing Rule上の一定の事項については、依然遵守することが求められています。このうち、特に気を付けるべきなのは、以下の監査機関に関する要件と近年導入された多様性要件だと思います。

  • 監査を担当する機関がRule 5605(c)(3)で定める一定の要件を満たしていること

  • 取締役会の構成員の多様性要件(Rule 5605(f))

監査を担当する機関がRule 5605(c)(3)で定める一定の要件を満たしていること

Rule 5605(c)(3)は複雑ですが、簡単にまとめると、以下のとおりです。

  • 監査役会設置会社(その他類似の機関[1]。以下同じ)であること[2][3]

  • 当該監査役会による会計事項等に関する通報受付手続や匿名通報受付手続の構築

  • 当該監査役会がその責務を果たすために必要な外部専門家を起用する権限

  • 以下について、監査役会の関与により、FPIが適切に費用を負担すること

    • 会計監査人に対する報酬

    • 監査役会が起用した外部専門家への報酬

    • 監査役会の通常の事務の費用

上場する段階になれば、会社法上の要求事項としての内部統制システムを構築することとなるかと思いますので、その具体的な内容を検討する際に、上記も考慮に入れるとよいと思います。

取締役会の構成員の多様性要件(Rule 5605(f))

これは2021年に導入された要件です。

原則として、取締役会の構成員には、最低2名は女性とLGBTQ+を選任しないといけないとされ、これが満たされない場合はその理由を説明しないといけません。

しかし、これには様々な例外もあり、取締役会の構成員が5名以下の場合は1名で足りるとされますし、また、FPIの場合は多様性要件を緩和し女性2名という構成でもRule 5605(f)を満たすとされています。


[1] 監査役会以外では、監査等委員会設置会社における監査等委員会や指名委員会等設置会社における監査委員会が挙げられます。
[2] 条文上は、監査役のみでも許容されるように読めるのですが、監査役設置会社で上場は考えにくいです。
[3] 条文上は、当該監査役会が、取締役会から分離しているか、取締役会の構成員でない者らが監査役会の構成員とされていることが要求されています。しかし、会社法上の監査役会や監査等委員会設置会社であれば、この要件は自ずと満たすこととなると考えられます。また、当該監査役会の構成員が、会社の経営陣により選任されるものでないこと、業務執行権限を有する者が監査役会を構成しないことも要求されていますが、同様に、会社法上の監査役会や監査等委員会設置会社であれば、自ずと満たすこととなると考えられます。加えて、母国法が監査役会の独立性について定めていることも要求されていますが、これも問題ないと考えられます。さらに、会計監査人の選任、維持、監督について権限を有することも要求されていますが、監査役会が選任、解任、再任拒否権限を有していることから(会社法344条)、問題ないと考えられます。なお、筆者の付き合いのある米国法弁護士によれば、日本の会社法上の監査役会設置会社であれば基本的には問題ないとの見解のようです。

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