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マッチャ・ゴー・アップ・イン・スモーク:シックス・ゲイツ・エピソード

 酸性雨を避け店に入るネオサイタマの住民たち。AAHMR指数++++のコートを着込み足速に進むモータルたちは曇る空に反射され、灰色の風景に溶け込む。モノクロの世界に輝く誘蛾灯めいたネオンサインを横目に赤いワガサを指したシガーカッターは「魚、そして葉」と光る看板を見つけ、扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

 イタマエマスターはチョンマゲとカタナ、そして胸元から見える特注のサイバネを義眼で確認すると、システマチックにブナのシェイカーを振る。時代はずれのワガサを畳み、客が2つ分移動することで空いた席に座るとシガーカッターの前に緑色のサケが出された。

「ソチャです。」「ドーモ。」

 升型のグラスを掴み、一息に飲み干すシガーカッター。短い息と共に置いたグラスには少しのヒビが入ってしまった。

「いつものお連れ様は?」「今日から1人だ。」「そうですか。」

 イタマエマスターはそれ以上追求せず、包丁を取り出す。

「ご注文は?」「いつものを。」「ヨロコンデー。」

 包丁の峰でタマゴを割り、サイバシをかき回す。茶葉と「青い茄子」を入れたタマゴを焼くことで四角に整えた。

「タマゴです。」

 黒と黄色が危険的に映えるスシをそっと咀嚼する。微かなアルコールとカフェインがニューロンを刺激し、シガーカッターに染み込む。

「お疲れのようですね。」

 イタマエマスターのサイバネアイはシガーカッターの駆動が普段より鈍いことを見抜いた。

「………まあな」

 否定せず、イタマエマスターが追加で出したタマゴを食す。シックス・ゲイツであるシガーカッターは多忙である。しかしそれを差し引いても今日は多くの出来事があった。

 イタマエマスターは生簀を泳ぐシラウオを手早くシメ、六匹シャリに置く。そっとタレを塗り込み、上にモミジオロシを添えた。

「甘い味がする。スイカめいているな。」
「シラウオの中にアユの稚魚を混ぜました。」
「なるほど、だからこの清涼感。ネオサイタマとは思えない。」
「ありがとうございます。」

 その後シガーカッターは複数のスシを食べ、サケを流す。一呼吸いれ、胸元からシガーケースを取り出した。カラカラと音がする。蓋を開けると中に入っている紙巻きタバコは2つだ。

 タバコそのものには忌避感はないネオサイタマであるが、それでも食事所で吸うのは禁止されているケースが多い。その点、喫煙が許されているこのバーは他の食事所との客層の差別化を成功させ、ネオサイタマの競争に勝っていた。

「残り少ないですね。」「もう増えないからな。」「そうですか。」

 その紙巻きタバコは一般的なものより細く長い。白い先端部に火をつけ、口に運ぶ。渋く深みある苦味の煙は生身の感覚をサイバネの中に呼び起こした。白い呼吸は周りの紫煙を巻き込み同化する。深呼吸と共にどこかこわばっていた表情がようやく和らいだ。

「いつもながらいい匂いのカスタム(手作りの意味)ですね。」
「ああ………だからこそ、もう手に入らないのが悲しい。」
「そうですか。」

 ニンジャ肺活量は紙巻きタバコを2分もたたず、灰に変えた。最後の一本、シガーカッターは手を伸ばす。

「イヤーッ!」

 入り口のドアが凹み、木のトーフ弾丸として、シガーカッターに急速接近。

「イヤーッ!」

 シガーカッターは回転イスを360度廻し、勢いつけた裏拳で、ドアを粉砕する。その際、シガーカッターのニンジャ動体視力は得体の知れないライフルを持つニンジャの姿を捉えた。

 イタマエマスターが破壊音を聞いてしゃがむまでの数秒間で行われた攻防。その後、磨き上げられたヤクザシューズの音を木床に響かせ、しめやかにエントリーする来客が1人。

「ドーモ、シガーカッター=サン。クラウドスモークです」
「ドーモ、はじめまして、クラウドスモーク=サン。シガーカッターです。」

 シガーカッターはクラウドスモークの顔を見ずアイサツを行う。その様子に気分を害することなく、ヤクザスーツについた木屑を払い、距離を保つクラウドスモーク。その長さ、実に7フィート(約213cm)!

「近づいて俺の頭を撃ち抜かないのか?」
「あんたのイアイの腕は何度も見ている。ここで構わない。」
「随分研究しているな。」
「オヤブンの仇を打つためなら、なんだってやるのさ」

 クラウドスモークは肩にかけていた銃、タツジン・オノミチ工業社製のオーダーメイドライフル「ケムリマク」を構えた。

 ニンジャに銃?と思われる読者もおられるだろう。しかしスリケンよりも速く発射されるならカラテがこもっていない分、銃弾の方が有利であると考える者も存在する。クラウドスモークもその1人だ。

 ニンジャになって半年、綿密な調査とプロファイル、殺人クエストの金で買ったオーダーメイドライフル、そして遠距離暗殺の積み重ね。彼のニンジャ人生はシガーカッターを殺すために培われた。

「あんたのカタナは4フィート(約122cm)、ここなら振り抜いても届かないぜ。」

 そしてたとえカタナやスリケンを投げてきたとしても十分撃ち殺すことができる距離をクラウドスモークは編み出していた。この距離を保つ限り彼は負けることはない。

「終わりだシガーカッター=サン。ハイクを読め!」

 勝利を確信し、トリガーに指をかける。だがクラウドスモークは気づくべきだった。周りの客がいつの間にかいなくなっていることを!

「イ………」
「イ?」
「アイ!」

 ドクン。クラウドスモークは主観時間の鈍化現象に困惑していた。自分の心臓の鼓動が遅く遅く響く。シガーカッターの頭部めがけて発射された弾丸はイアイで切り落とされている。

 そこに疑念はない。では自分のライフルが爆発し、自分の視線がずれ落ちているのはなぜなんだ?クラウドスモークの疑問は頭が木床に触れ、自分の下半身を見上げた時、錆鉄の匂いと燃える痛みと共に理解する!

「ア、アバーッ?!」

 斬られた!?クラウドスモークは驚愕と恐怖を持ってシガーカッターを見た。彼が持つカタナ、その長さがスライドにより拡張され、その腕はセグメント機構の蛇腹じみてわれていた。

 シガーカッターは回転イスを廻す勢いを用いて180度回転し、奥の手である延長イアイを繰り出したのだ!客はそれに巻き込まれないよう逃げていたのである。彼らはシガーカッターのイクサの内容は見ていないが、その射程範囲だけは知っているのだ。故にみな隠れている。そのことに気づいていればこのイクサはまた違った結果になっただろう。

「サヨナラ!」

 クラウドスモークは爆発四散!そして爆発の静寂後、隠れていた客が這い出し、ニンジャの死体を片付ける。シガーカッターにお目溢ししてもらうための媚び売りだ。

 シガーカッターはそのことをありのままに受け入れ、最後の紙巻きタバコを取り出す。しかし、紙巻きタバコはイアイに巻き込まれて半分切れてしまっていた。この長さでは吸うことができない。

 眉間に皺がよるシガーカッターに対して、豊満な胸を少し揺らしながら、立ち上がったイタマエマスターは、そっとサケを送る。

「マッチャジプシーです。」
「緑と薄桃が混じった色だな。」
「この奇妙なコントラストが私は好きです。」
「ふむ………」

 シガーカッターはマッチャジプシーを飲む。甘味と苦味がよく混じったアルコールがサイバネの胸を温める。

「うまいな。」
「それはありがとうございます。………そういえばシガーカッター=サン。このカクテルの意味ご存じでしょうか?」
「いや、知らないな」
「マッチャジプシー、その意味は『しばしの別れ』でございます。」

 イタマエマスターは斬られた紙巻きタバコを拾う。

「もしよろしければ私がこの紙巻きタバコ、再現しましょうか?」
「そんなことが?」
「この店は喫煙あり。私も嗜みがあるのです。」
「ならば頼む。」
「追加料金はいただきますよ。」
「ああ、それが流儀だな。」
「ええ、流儀です。」

 『しばしの別れ』。シガーカッターは胸の熱に微睡みながら、紫煙に包まれていった。

【終】

N-FILES(設定資料、コメンタリー)

 4部にて登場のシックス・ゲイツ「シガーカッター」の日常の捏造エピソード。

主な登場ニンジャ

 クラウドスモーク/cloudsmoke:シガーカッターに潰されたヤクザクランのレッサーヤクザ。シガーカッターに潰された際、ニンジャとなり1人生き延びた。その後は彼に対する復讐心を募らせ、努力を重ねる。彼にはスリケンの才能は残念ながら皆無であり、遠隔で攻撃することを思いついた際、銃による射撃を極めるしかなかった。復讐心だけで有利なフーリンカザンを整えられただけ実力はあるのだろうが、シガーカッターが上を行った。

シガーカッターの紙巻きタバコ

 シガーカッターの知り合いからもらっていたオーダーメイド品。タバコの他にもオチャの葉がふんだんに入れられており、渋く苦味があるもののどこか落ち着く一度味わったら忘れられない物となっている。残念ながらシガーカッターの知り合いは死に、もう存在しない貴重なものになりかけていた。のちにイタマエマスターが成分を分析して、ほぼ近いものを作成することに成功する。

メモ

 今回ニンジャスレイヤー222に合わせて、何を書こうかと考えた際、ソウカイシックスゲイツの話が読みたいと思ったのだ。インシネレイトとホローポイントは公式に存在するが、シックスゲイツにはまだまだ魅力的なものが多い。故に読みたいと考えつくったわけである。
 シガーカッターを選んだ理由としては、今回のイクサのシチュエーション、タバコのエピソードが先に存在しており、シガーカッターと当てはめた時合致したように思えたのである。楽しんでくれたら幸いだ。

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