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化け物と死にたがり


人物紹介:名無し。一八歳。男。村全てから迫害を受けている少年。感情の起伏が激しく不安定。昔優しく接してくれた冒険者に憧れて強い口調を使いたがっている。
人物紹介:化け物。年齢(千年単位)詳細不明。男性的。人間の欲望を主食とする化け物。人間の感情を肌で感じることができる。美食家。欲望に忠実。村に対して報酬を要求し護衛者をしている。

ー:ー手入れのされていない木々のおい茂る森。その奥に大きな洞窟がある。洞窟の中には黒い塊のような龍が体を丸くして眠っている
名無し:よう、化け物。生きてるか
化け物:まだ死んでないのか、人間
名無し:なんだよー、不愛想な奴だな。せっかく来てやってんのに
化け物:俺は寝ていたいんだがな
名無し:相手してくれてもいいだろう? あと、俺のことは愛着をこめて死にたがりって呼んでくれっていたろー?
化け物:食わないだけありがたいと思え。人間
名無し:食ってくれてもいいんだぞ?
化け物:……ふん。俺は寝る
名無し:はいはい。じゃあ、この辺座ってていいか
化け物:好きにしろ
名無し:最初からそのつもりだよ
名無し:なあ、人間ってうまいのか?
化け物:寝るといったつもりなんだが
名無し:寝ながら答えてくれ
化け物:人による。お前みたいなまずそうなのからどうしても食いたくなるような旨そうなやつ、旨くなるやつってのもいるな
名無し:へぇ。おれ、そんなまずそうか? 確かに体中傷だらけでボロボロだけど
化け物:そういう問題じゃない。それに、その話は前にした。同じ話は嫌いだ
名無し:ああ、なんだっけ、欲の強い奴がうまいんだっけか? そういうなよ、お前と話せる話題なんて限られてんだから
化け物:俺はもともと話す気なんてない
名無し:ええ。俺たち、もう友達だろ
化け物:サッサと帰れ。邪魔だ
名無し:うはぁ、ひどく傷ついた。俺もうここから動けねぇ
化け物:……勝手にしろ。
名無し:最初からそうしてんだろー。なあ、お前っていつからここにいるんだ?
化け物:……わすれた。
名無し:ふーん。寂しくねぇの? こんなところで一人でさ
化け物:俺にそんな感情はない。だから化け物なんだと、あいつは言っていたけれど
名無し:あいつって?
化け物:いつだかお前みたいに俺のところによく来る馬鹿がいたんだよ
名無し:へぇ。ん? 今俺のことばかって言った?
化け物:お前は馬鹿だろう。
名無し:はは、そうな。バカかもな
名無し:それで、そのバカはそのあとどうなったんだ?
化け物:知らん。いつまでも変わらん奴だったがある時から来なくなったからな。
名無し:へぇ。てっきりお前に食われたもんだと思ったよ
化け物:俺はグルメなんだ。肥えた奴しか食わない
名無し:俺もだいぶ肥えてる方だと思うぞ? 筋肉も最低限は浮いてるし。ほれ、頬肉とかうまそうじゃね?
化け物:何を言われても、俺はお前を食わない。お前みたいに生きる欲のない奴は旨くない
名無し:そう言わずにさ。食ってみてもいいんだぜ? 小指とか、物足りないなら丸ごと手でも、いや、腕ごと食ってくれても。
化け物:なあ、人間。
名無し:あ、腕は嫌か? じゃあ足ならどうだ? 腕よりは筋肉もあるし食い応えは十分だろう。あ、だったら胴体の方がいいか。骨は邪魔だろうけど一番食うところあるだろう。キモは癖があるだろうけどお前の口に合えばいいな。でも、脳みそが一番うまいって聞いたからそのほうがいいかもな。なあ、どこがいい?
化け物:人間。
名無し:……なんだよ
化け物:俺は、お前を食わないといった。わかるな
名無し:じゃあ、いつなら食ってくれるんだ?
化け物:お前が旨そうになったらだな
名無し:それいつだよ
化け物:おまえしだいだな
名無し:なんだよそれ。
化け物:文句があるなら帰れ。
名無し:ああ、悪かった。だからそういうなって。あ、聞いてくれよ。今日も村でいざこざがあったんだ。それがおもしろくてよ
名無し:バカな村人がさ、大事なクワをなくしたって騒いでたんだ。村中探し回っても見つからないって喚いてたんだ。で、どういうわけか騒いでた村人が俺のところまできてなんか因縁吹っ掛けてくんの。バカらしいだろ?
化け物:……
名無し:俺としてはもうすこしうまく答えてやれば面白かったんだろうけど、全然面白い返しが浮かばなくてさー。バカみたいに喚いてくるくそつまんねぇ問答に付き合わされたわけ。だっせぇだろ? で、なんでか付いてきてた村のやつらが盛り上がっちまってよ、お前のせいだお前のせいだってはやしたてて、さ……おかしいだろ
化け物:そうか
名無し:ああ、そうなんだよ。どうしようももねぇ奴らに振り回されたなんだ。ホントバカばっかだぜ
化け物:そうだな。人間はバカばっかりだ
名無し:ほんとそうだよ。ああ、あんな奴らと一緒に居なくていい分せいせいするけどな
化け物:一番の馬鹿はお前だけどな
名無し:おう、まじか。え、なんで?
化け物:お前は嘘でしかないから
名無し:……は? どういう意味?
化け物:それが嘘だろ。お前はちゃんと知ってる
名無し:待って待って、なんのはなしだよ。俺は
化け物:俺は人間が嫌いだ。そう言うのだろう。その嘘はもう腹いっぱい食わされた。お前のそれはもういらないんだ
名無し:いや、あの、何言ってんのか。わかんねぇんだけど
化け物:わからないわけないだろう。
ー:ー化け物が体をゆっくりと起こす
化け物:いや、もういい。
化け物:お前はあまりにも歪んでいる。
名無し:おい、なんだよ・・・急に
化け物:なあ、死にたがり。お前は何で死にたいんだ。
名無し:なんでって……
化け物:理由は明確だろう。感情を偽るなよ。言葉を壊すなよ。お前の中に、しっかりと欲望があるだろう
名無し:俺は……
化け物:まだ駄目か。じゃあ死にたがり、お前はなんであんな話し方をする?
名無し:は? いみ、わかんないんだけど……
化け物:さっきまでの話し方だよ。ずいぶんと馴れ馴れしく話していただろう。あれは誰への憧れだ?
名無し:違う! あれはただあの方が話しやすいからで、ああ、もしかしてあの話し方が気に入らなかったのか? なんだよそう言ってくれよ。そしたらすぐ変えたのによ。悪かった。だから許してくれよ、な?
化け物:……冒険者の真似事をやめろと言ってるんだ。
名無し:……ちが、ちがう。違う! 違う違う違う
化け物:いつだか、村に冒険者が来ていたな。お前はあいつらに憧れたんだろ。
名無し:違う! 確かにかっこいいとは思ったが、憧れなんかじゃない。あれは、そうだよ。あいつらが楽しそうに見えたから。
化け物:あいつらを羨ましく思った
名無し:だから、そんなんじゃないって。俺は人間が嫌いなんだよ。俺はさっさと死にたいんだよ! なあ、だから早く食ってくれよ、なあ?
化け物:自分の持っていないあいつらの自由さに、お前は憧れた
名無し:なあ、もうやめてくれよ。俺は、そんなんじゃないんだ。ただ死にたいだけなんだよ。憧れるなんてこと、ありえない。ありえない。ありえない。
化け物:なぜ、否定をする
名無し:だって、俺は、俺は死にたいんだ。死んだら、しんだら、ぜんぶ、おわるんだから
化け物:終わらせたいから、死ぬのか
名無し:悪いかよ、それしかないんだ。死ぬしか、死ねば、死んじゃえば、もう、あいつらから苦しませられることなんてないんだよ。
化け物:じゃあ、死ねばいい。
名無し:最初からそう言ってんだろ。 なあ、だから、俺を食ってくれよ! 
化け物:なんで俺が食わなきゃならん
名無し:いいから! 食ってくれよ。なあ? ただ死ぬなんて、嫌なんだよ……
化け物:死にたがり。お前が食われたいのは、寂しいからだろう。
名無し:……
化け物:誰とも心から関われず、悪意以外を向けられてこなかったお前は、あの冒険者たちに憧れた。自由に生き、友としての温かい感情を向けられた。今までなかったその感情にお前は溺れたんだ。
名無し:違う。違う
化け物:初めての感情におぼれたお前はあいつらに心酔した。そして、あいつらを殺した俺に、どんな感情を向ていいかわからなかったお前は、俺に心酔することを選んだ。
名無し:……おまえ、あの時俺がいたの、知ってたのか
化け物:知っていた。だが、何もしなかった。なんでかわかるか
名無し:わかるわけないだろう。お前のせいで、俺は……
化け物:お前ならできると思ったからさ。
名無し:え?
化け物:誰からも向けられなかった感情に心を奪われ、唯一向けてくれた相手を俺に奪われ、どこにも行き場をなくした感情に自由を奪われて。それでもお前は、生きていける強さがある。
名無し:そんなの……あるわけないだろ
化け物:いや、ある。お前はこれから誰かと共に生きていける
名無し:嘘だ……
化け物:俺は嘘が嫌いだ。お前なら、お前の望みを叶えられる
名無し:俺に、できるの?
化け物:できる。安心しろ。お前なら、生きていける
名無し:どうすれば、俺にできるってんだ。
化け物:簡単だ。村から出ればいい。お前が縛られる理由は、もうない
名無し:村を、出る……
化け物:この村に残る理由はもうないだろう。食い物ならお前は困ることもない。だったら、苦痛の根源から離れればいい。そして、希望のもとへ歩け。お前の足はそのためのものだろう
名無し:……そう、か。そうだよな。簡単なことだったんだ。なんで俺。そんなこともできなかったんだろう。ああ、そうだよな! おれ、この村から出るよ! そうすりゃきっと叶うんだよな。だよな?
化け物:ああ。叶うさ。
名無し:はは。そっか。俺、やってみるよ!
ー:ー名無しが洞窟の外へ向けて歩き出す
化け物:お前の願いは今、叶う
名無し:え?
ー:ー化け物が名無しを頭からかじり切る
化け物:クチャクチャ。くふふ、ふはは。旨い! 
化け物:やっと、食べごろになった。鬱屈した感情が昇華した時は、何よりも旨いんだよ。くはは。時間をかけた分最高の味だ。
化け物:まあ、余韻を楽しむのもいいが。次を村人に準備させないとな。今度はどんな味に熟れるか。今から楽しみだ。



Samantha LachsによるPixabayからの画像

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