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見習い農耕民族、草刈り機を装備する

この4ヶ月の間に変わったこと。
母は、火が怖いから野焼きはしないと宣言していたが、ご近所さんからコツを教わり、やるようになった。
私も、怖いから使わないと決めていた草刈り機(刈り払い機)を使うようになった。しかも新品。私の専用機。

常々母が「危ないから使わせたくない。あんだはケガしたらただじゃ済まない体なんだからダメだ」と免疫異常体質の私に言い聞かせてきたのに、「店さ見に行って、軽いのあったら使ってみっか?」と言い出したのには驚いた。

それだけ母が、この夏一人で草刈り機を回すのはしんどかったということだ。

とは言え、私が前に我が家の草刈り機を試したときは、とても重くて、コントロールが難しかった。それに高速回転する刃が怖い。私としては覚える気満々だったのだが、実際ちょっと動かしてみて、早々に無理だと悟る。そのときから私は、母の言いつけどおり草刈り機を使わないと決め、カマでせっせと手刈りしていた。

しかしどうだ。農機具専門店にある草刈り機を持ってみたら、すごく軽いじゃないか。

機械は苦手分野だが、この日は店員さんの話す操作説明もスッと入ってくる。丁寧に教えてもらい、実際に装着して、刈る真似をしてみる。

「――なんか、できそうな気がする」

「なんか」は私にとって確信の言葉。
お買い上げに至った。

まさかこの頼りにならない見習い農耕民族の私が、カマを草刈り機に持ち替える日が来ようとは。私が使いこなせるようになったら、母の負担も少しは減るかもしれない。畑や土手も手入れが行き届いて、清々しい気持ちになれるかもしれない。

期待が膨らむ。――と同時に、私は今年の春他界した父のことを思い出していた。

  *

私が実家へ戻ってきた去年の夏――すでに父は、疲れた、とよく言うようになっていた。父は何度か軽い脳梗塞をやっていたし、それなりに高齢者。熱中症だって心配だ。父が請け負う溶接の仕事は代われないが、せめて草刈りや雪かきくらいは力になりたかった。

母は母で、免疫異常系の持病を二つ抱える私のことが心配で、疲れやケガ、ストレスで再発させないようにと気遣ってくれていた。

コロナ禍で入院レベルの再発は避けたい、という母の気持ちはわかる。だけど日に日に体力が落ちていく父のためにも、草刈り機は使えるようになりたかった。

「今年はもう冬になるから、来年なったら教えっから」

母がようやく折れてくれたものの、私が草刈り機を覚える前に、父は逝ってしまった。本態性血小板血症という血小板が多すぎる持病で、倒れたときすでに、手のつけられないほどの脳梗塞になっていた。日頃飲んでいた薬ではもはや追いつけなかったのだろう。

葬儀が終わった数日後。
今思えば、あのときのあれが脳梗塞のサインだったのでは。今思えば、今思えば――
そんなことばかりが思い浮かんでくる。

ごめんね
気づいてたのに 気づかなくて
もっと早くに 病院へ連れて行けたのに

ごめんね
せっかく私 帰ってきたのに
お父さんの代わりに草刈りやれなくて

ごめんね
本当に ごめん

母が出かけていたその日。私は父の遺影の前で、声を上げて泣いた。

  *

初めて私の専用機で草刈りをする。
その前に、
「事故やケガをしないように、見守っててね」
仏壇ファミリーの祖父、祖母、父に向かい、リンを鳴らして手を合わせる。

庭へ出て、母に教えてもらいながら燃料を入れる。エンジンをかけ、装着して畑へ。

――楽しい。

今までの重くて難しいイメージは嘘のように払拭され、私の手足のように操作することができた。まだ刈り方が下手だが、おもしろいように草が刈れる。もう「カマで手刈り」には戻れないかもしれない。

田畑を越えた先のご近所さんが、お、という様子で見ていた。このへんで一番きれいに、ゴルフ場のようにスタッと草刈りをするおじさんだ。まだまだその方には敵わないが、いずれ私も負けないくらいに、畑や土手を整えたい。

向こうの土手では、野焼きしながら見ていた母が、私に拍手を送っていた。

これで私も、少しは母の役に立てるかもしれない。

  *

その日、ケガもなく、無事に草刈りを終えた。家に入る母が、どこかウキウキとしている。

「ちょっと仏間に行ってくるね。今日はお父さんに報告があるから」
「なに、娘がようやく一人前になりましたって報告するの? まだまだ半人前だけど。――私もさっき手合わせてきたの。私もようやく草刈りデビューです。ケガしないように見守っててねって」
「やだ泣けてくるー!」

母が笑いながら涙を拭くしぐさをした。
本当に目を赤くして泣いていた。

その夜、母と乾杯したビールのなんと美味しかったことか。母と二人きりで食卓を囲むようになってから、久しぶりに言う「乾杯」だった。



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