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【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(27)

第1話あらすじ

契約は半年更新。一度目は無事更新。
二度目はないかも知れない。
補助が必要なくなれば終わりだろう。

でも体のボロを出さずに職務を全うして逃げきれるなら、それもいいかと思う。

臨時職員は雇用に何かと制限がある。
長く続けたいなら、沢村の言うとおり司書をめざすべきだろう。

履歴書には、病気療養していたこと、現在も通院していることは書いている。その上で勤務に支障はないということも。

病名こそ伏せているが、嘘はついていない。

どんなに大事ないと説いたところで、難病疑いだと言えば無駄に恐れられる。故に、契約期間半ばで持病がばれることだけは、絶対に避けなければならない。

「体、どこも痛くないですよ、先生」

昼休み、美咲は職場の裏庭にいた。
低くて傾斜の緩い階段に腰を下ろし、足を放り出して日向ぼっこをするのが日課だった。

ここは滅多に人が来ないから、こうやって太陽を見上げては雪洋を思い出し、左中指の指輪をかざしながら日々の報告をしている。

「でも、さっきこすったところは赤くなっちゃったな……」
書庫でダンボールにこすった足がみみず腫れになった。

美咲だって夏場は涼しい格好をしたい。
スカートや七分丈くらいのパンツもはく。紫斑が出なくなった今ならなおさらである。

――が、素肌をさらす面積が多いこの季節は、いつも以上に傷を作らないよう注意が必要だ。

パキ、と小枝を踏む音がした。
振り向くと、すぐそこに沢村が立っていた。

「沢村さん? い……いつからいらっしゃったんですか?」
今の独り言を聞かれただろうか。
「あー、今来たばっかり。お祈りの邪魔してごめん」
お祈りって……。
しっかり見てたんじゃないか。

「歓迎会の出欠確認したくて。ほら公民館の方に新しい人入ったから。急だけど今週の金曜日、業務終了後に開催決定ね。来れる?」
「金曜ですか……」

明日から小学校の学級文庫を選ぶ作業がある。何冊も本を抱えたまま館内を歩きまわることになるので、美咲の足には負荷がかかる鬼門の作業だ。
土曜日、美咲は休みだが、できることなら金曜の夜も早めに体を休めたい。

よし、公民館側のことだし、丁重にお断りしよう。

「基本、図書館サイドも全員参加ね」
……先手を打たれてしまった。
「都合、悪いかな」
「あー……そうですね……ええと――」
だめだ、回避できない。
他のことで負荷の軽減を図ろう。
「ぜひ出席させていただきます」

同じ返事でも、どうせ言うなら人当たりがいいように。美咲はにっこりと笑って快諾――のふりをした。

先生、自己管理、今週末は特に気をつけます。

ため息をついて太陽を見上げると「まだまだですね」という雪洋の声が聞こえてきそうだった。

太陽に向けていた顔を、ふと沢村に戻す。
「もしかして毎日見てたんですか?」
「や、違う、毎日じゃないよ? 時々ね、たまに」
この慌てっぷりは図星か。
「ごめん。ストーカーじゃないよ。訴えられても俺、慰謝料払えないし」

いつもは与太郎な雰囲気をまとっていながら、要所要所では知性的な一面を見せ、今は必死に弁解をしている。
「気にしてませんよ」
悪い人ではないのよね、と美咲は笑った。

「その、正直に言うと……天野さんがお祈りしてる姿がね、清らかというかなんというか、ちょっと見惚れてたんだよね、俺」
「今日はおだてられてばかりですね。何も出ませんよ?」
「なんだ残念。でも本当にね、君が何か偉大な存在と繋がっているように見えたんだよ」
「偉大な存在――ですか」

美咲にとっての偉大な存在は――
間違いなく雪洋だ。
神以上の存在である。

「そうですね」
左手の中指に手を添える。
「繋がっているのかも知れませんね」

先生、今、どうしてますか――

沢村がちらりと横目で見ていることに気付かず、美咲は螺旋の指輪をなでた。


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