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二人はいつ結ばれたのか問題 「愛の不時着」ノート④

 最終回、スイスでの二人の逢瀬の様子は、それはもう、うっとりするしかない。宿泊しているコテージの窓辺には、ツーショットの写真が複数飾られていたりして、ここが定宿なのかなと思われる(いや、もしかしてセリさん、買ってしまいました?)。ほんとうに七夕の織姫と彦星のように、年に一度、二週間という時間を二人は手に入れたのだ。そうか、そんな手があったか。「スイスでの出会い」と「ピアノ」という伏線が、みごとに回収されるハッピーエンドである。


 花を集めるユン・セリの腰に手を回し、口づけるリ・ジョンヒョク。抱き寄せるとき、もう片方の手はポケットに突っこんだまま。なんというか、めちゃくちゃ余裕を感じる。それまでの北朝鮮や韓国編とは一味違う「余裕ありあり」な態度から、ああ二人は、ようやくスイスで結ばれたんだなと安堵した人も多いだろう。初めて見たとき、私もそう思った。

エーデルワイスのブラウスを着て会いにゆく花束みたいに抱かれてみたく

 けれど、二度三度と見ているうちに、いやいやいや、スイスまで持ち越しって、それは清らかすぎるんではないかい⁉️と、私のなかの下世話なオバチャンが囁きはじめた。だって、韓国のユン・セリの家で、二人っきりで何日か過ごしているよね。そのとき、なにもなかったの?


 ドラマでは、キスハグまでしか描かれていないので、ここから先は妄想だし、正解があるわけでもない。ただ、そこここにちりばめられた脚本家からのサインというかヒントのようなものを宝探しのようにキャッチしながら、あれこれ思うのも、ドラマ鑑賞の楽しみだろう。

 「スイスでやっと説」も、それはそれでまことに尊いし、私の周りでもそう思っている人は多かった。このハッピーエンドが一段と意義深いものになるので、大いにアリだろう。

 その上で、妄想の自由をお許しいただければ、残る仮説は、主に二つある。

1「リ・ジョンヒョクが韓国に来たその日説」と2「ユン・セリの家でお酒飲んで指切りした日説」だ。まずは1から検証してみよう。

 眠れなくて街に睡眠薬を買いに出たユン・セリが、文字通り地を這うように韓国へ潜入したリ・ジョンヒョクと再会する。「私のために⁉」と驚き、呆れ(そしてときめく)彼女に「君を守るためだけではない。リ家のためでもある」と説明がなされるが、それは口実だ。むしろこの行動はリ家のためにはならない。ジョンヒョクが父親へ残した手紙には、はっきりと「愛する人を失いたくない」と書かれていた。

 この再会の前に、二人が最後に一緒だったのは非武装地帯の境界線だ。ここでのキスが、初めてお互いを愛する人としっかり認識してのキスだったと思う(初めてのキスは難を逃れるためのものだったし、二回目の病院でのキスは感動的だったけど、翌日えらい気まずい感じになっていた)。

 つまり、二人はお互いの気持ちをすでに確認しあった男女として再会した。しかも彼は、チョ・チョルガンを捕まえたら、すぐにも北へ帰るというのだ。極めて限られた時間であることは、人の背中を押す。今日を逃したら、もう一生チャンスはないくらいの状況である。場所は韓国でもあるし、ここは経験豊富なユン・セリが主導権を握る。コーヒーショップで話を聞いた彼女は「私を守るためには一緒にいないと」と言う。さらに「べったりとね」と付け加えた。え、ちょっと、意味深じゃないですか? さらにさらに「閉ざされた空間に行きましょう」「二人だけの秘かな空間にね」と畳みかける。

 まだそういう関係にないのに、自分の部屋に泊まれと言うには、それなりの正当な?表向きの?理由がいる。そしてその点では好都合なことに、ハードルは低い。身を隠さねばならないリ・ジョンヒョクは、おとなしく付いていくことになる。

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 部屋に入ってすぐ「とりあえずお風呂にする?」と言いながら上着を脱ぐユン・セリ。「え? え? え?(それの意味するところは何だ?)」と目を見開いて、どぎまぎするリ・ジョンヒョク。キョドりすぎ! 「……疲れてると思ったからよ(ベッドに行く準備とかそういう意味じゃないってば)。そんな目で見られると気まずいわ」と落ち着いて返す彼女は、さすがである。こういうことは、言葉にしてはっきり言ったほうがいい。

 「おふろとかは、あとで」。字幕では、彼の返事はこうなっていた。「とか」って、なんだ? こういう曖昧表現、韓国語にもあるのだろうか。「とか」ってことは、他にも何か「あとで」することがあるという意味だろうか。見ているほうもソワソワするいっぽうだ。が、この後は、ミネラルウォーターだけの冷蔵庫というコミカルな場面からの、次兄夫婦の突然の訪問というシリアスな展開となり、いったん我々もお預けをくらう。

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 脅迫まがいの次兄夫婦との酷いやりとりを聞かれて、落ちこむユン・セリ。憎い人のことではなく、好きな人を思って生きるんだと、優しく抱きしめるリ・ジョンヒョク。「好きな人がそばにいなくても?」という彼女の問いかけは、もちろん「好きなあなたが」という意味である。答えは「そうだ」。

 これほどまでに心一つになって、邪魔者もいなくて、明日には永遠の別れが来るかもしれないって時に、別々に「おやすみなさい」とか、あるんでしょうか? とオバチャンは思うわけです。百歩譲って、コミカルに出前のチキンを食べただけなら、気恥ずかしさからそういう展開もなくはない。そこからぐっとシリアスに気持ちを確かめあう起爆剤として、次兄夫婦は投入されたのではないかとさえ思われる。場面としては、部下のボーイズたちが眺める韓国の夜景に切り替わるので、この夜のことはこれ以上は描かれない。あとは想像におまかせしますということだろう。

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 しかし、さらにしつこいオバチャンは、翌日の二人の様子にも目を光らせます。会話のスタンスが、完全にステディな恋人同士のそれになってやいませんか?
 たとえばユン・セリの部下から、かつての熱愛騒動を匂わせられた後、二人がエレベーターに乗る。「スキャンダルは頻繁じゃなかったわ」「聞いてない(不満そう)」「でも、もう目移りできないと思う。あなたのせいで目が肥えちゃったから」「ふっ(満足そう)」
 あるいは、部下からユン・セリの好みについていろいろ聞かされた後、リ・ジョンヒョクが車で彼女に尋ねる。「ぼくは何も知らないようだ」「そんなことない、あなたが一番知ってる」「じゃあ君の好みは?」「リ・ジョンヒョクよ。知ってるくせに」。
 特に彼女のほうが、彼へのぞっこんぶりを隠さなくなった。そこには、二人の関係へのはっきりとした自信が見てとれるし、昨日までとは一歩進んだ親しさが感じられる。
 スーツ売場で次々と着替えさせる場面は、視聴者にとって眼福以外のなにものでもないが、こんなところにも、どこかステディな意識が感じられる。実際、デパートの店員さんは夫婦だと思っていた。接客のプロにそう直感させる空気感があるからこそだろう。

 さて、二番目の「ユン・セリの家でお酒飲んで指切りした日説」だが、韓国ドラマ通の友人が、この日が怪しいと言っている。確かに、二人の距離はさらに近くなっている。もちろん、めっちゃ怪しいのだが、私見では、この日の会話からしても、やっぱりすでに二人はそういう仲なんではないかと思ってしまう。ソファで並んでお酒を飲みながら、酔った勢いで(というか酔っているということを言い訳にして)彼が口にする本音の数々。

 「北に帰りたくない」「君と結婚して、ここで暮らしたい」「君に似た子どもも欲しい」「だんだん年をとってゆく君を見届けたい。きれいだろうな」。
 特に「子どもが欲しい」は、実事(じつじ)なしの男女の会話には、なかなか出にくいのではないだろうか。ユン・セリの見立て通り、彼が「母胎ソロ」だったとしたら、なおさらだ。生真面目さから考えると、自分はそれほどの(子どもが欲しいというくらいの)思いがあって……と言っているようにも見える。
 この場面でもユン・セリの「ぞっこん隠さない発言」が炸裂する。「あなた、酔うと一層素敵だから、外では飲まないで。他の女に見せたくない」とまで言う。で、約束の指切りをするのだ(どうでしょう、このイチャイチャぶり)。

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 以上のようなことから、指切りの日はもちろん、それ以前に二人は結ばれていた説に、私は一票入れたいと思う。

 細かいダメ押しをしておくと、ボーイズたちと再会したとき、ユン・セリが彼らとずっとハグしているのをリ・ジョンヒョクが見とがめて、割って入るシーンがある。その時、すっと手をつないでいた。その日に、みんなで焼き肉を食べるときにも、彼女から「あーん」と口に入れられて、素直に食べている。この程度のことは、部下に見られてもなんでもないほど(イチャイチャに入らないほど)水面下では色々あるってことではないだろうか。
 後にリ・ジョンヒョクが病室に彼女を見舞ったさい、子どもっぽく肩や背中の傷を自慢する場面がある。どんなに肌を露わにしても、ユン・セリに、まったく戸惑いがないのにも「……でしょうね!」と思ってしまう。

 いや、もちろん、そんな目でばかりドラマを鑑賞しているわけではない。わけではないが、とても気になる案件なので、考察してみた。くどいようですが、あなたの説を否定するものではありません。そして、もしよろしければ、この件に関するみなさんの「目のつけどころ」を教えてもらえたら嬉しいです。

眠りつつ髪をまさぐる指やさし夢の中でも私を抱くの

【表題写真】「愛の不時着」エピソード16より
【文中写真】「愛の不時着」エピソード11と12よりhttps://www.netflix.com/title/81159258?
 
 
 




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