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ジキルとハイドとリ・ジョンヒョク 「愛の不時着」ノート⑦

 主演がヒョンビンということで興味を持ち、ドラマ「ジキルとハイドに恋した私」を見た。製作は2015年なので、「愛の不時着」の約五年前である(以下、ネタバレあります)。


 大企業ワンダーランド社の跡取り息子であるソジンは、幼いころの誘拐事件にまつわるトラウマから、解離性同一性障害(いわゆる多重人格)を発症する。もう一つの人格であるロビンは、ソジンとは正反対の性格という設定だ。

 親友を助けられなかったというソジンの負い目から、ロビンは生まれた。ソジンは自分を厳しく律し、人に対しては固く心を閉ざしている。対照的にロビンは、可愛げとユーモアがあり、自分を危険にさらしてでも人助けをする。ネット漫画家として人気を博すほどの芸術的才能も持ち合わせている。

 ワンダーランド社は遊園地も経営していて、そこの契約サーカス団の団長が、ヒロインのチャン・ハナだ。細かい経緯は省くが、彼女が命の危機にさらされるたびに、ロビンは体を張って助ける。またたくまに、二人は恋に落ちる。

 いっぽうで、冷徹なソジンだが、ハナとの出会いがきっかけで、だんだん変化をとげ、ついには彼女を愛するようになる。
 ドラマを見ながら私は、いつしか一つの数式を思い描いていた。

 ソジン+ロビン=リ・ジョンヒョク

 こじつけだろうか。演じているのが同じ俳優ヒョンビンだということに引っ張られすぎているのだろうか。そう思って打ち消そうとするのだけれど、なかなか消えてくれない。


 リ・ジョンヒョクは、兄を失ったことで人生が変わり、ピアノの道を諦めて軍人になった。結婚に希望を抱くこともなく、堅物(カタブツ)のまま親の取り決めに従っている。この部分がソジンとしよう。

 でも、ユン・セリのこととなると、ご存じのように身を挺して助け、守る守る守る。ロビン的である。留学してコンクールに出るほどのピアノの腕前は、ロビンの絵の才能とも重なって見える。

 そして何より、彼女との出会いによって、リ・ジョンヒョクの心が変化してゆく様は、ソジンと重ね合わされる。
 料理がうまいところはロビンだし、女性に対して不器用なところはソジンよねえとも思う。もちろん、すべてがピッタリ対応するはずもなく、数式は私個人のお楽しみのレベルだ。

 楽しみながら共通点を探しているうちに、二つのドラマの大きな相違点にも気づく。それは、ヒロイン。むしろ、こっちのほうが大事かもしれない。チャン・ハナは、ほんとうに清らかで、心が真っすぐで、裏表がない。その魅力は一貫していて、誰もが彼女を好きになってしまう。

 ロビンとソジンだけでなく、恋敵の女性(ハナよりずっと前からロビンが好きだった)、しかり。ソジンを陥れる悪役(誘拐事件のことでソジンを怨み妬んでいる)も、しかり。結局は、みんなハナに惹かれてゆく。「愛の不時着」の世界に置き換えれば、ダンちゃんがセリを応援し、チョ・チョルガンがちょっと惚れてしまうようなもの。すごくないですか?

 何があっても、誰に対しても変わらないのがチャン・ハナの魅力だ。対するユン・セリは、ドラマの中で、大きく変化する。人間としての弱さや悔しさや恨みや怒りや寂しさといったマイナスの面も、私たちに見せてくれる(彼女の心が抱える複雑さと変化については、DaLiさんの素晴らしい考察が、おすすめです。特に「痛い」と「寂しい」のところ、胸打たれました。)

https://note.com/cloy__02/n/n545af3729276

 リ・ジョンヒョクとユン・セリは、恋愛という化学反応で変化していく。相手を思う気持ちが、自分自身をも変えてゆく。人生を、肯定して生きなおそうとする。その変化がまた互いに影響を与える……。一方がずっと完璧で不変なハナとソジンの場合よりも、複雑でスリリングだ。人生観や感情の振れ幅で言えば、リ・ジョンヒョクよりもユン・セリのほうが、大きいぐらいだろう。

 「愛の不時着」の魅力の一つは、ヒロインの振れ幅と変化だなあと再認識しつつ、ジキルとハイドを見終えた。と同時に、ソジンとロビンを演じたヒョンビンの演技力にも、あらためて舌を巻く。

 DVDボックスの説明には「一人二役に挑戦!」とか「二つの人格を完璧に演じ分け、正反対の魅力を披露」といった惹句が躍る。しかしヒョンビンの表現は、対照的な人物の演じ分けなどということにとどまらない。二人の演じ分けはもちろん、その二人の間にあるグラデーションにも、魅せられる。ストーリーの中で、ソジンがロビンのふりをしなくてはならない場面や、逆にロビンがソジンの役割を演じる場面がある。見た目(髪型や服装)はソジンだが中身はロビン、見た目はロビンだが中身はソジン。

 つまり、ソジン→ロビンのふりをするソジン→ソジンのふりをするロビン→ロビン……という微妙なグラデーション。それが、実にそうとしか思えないレベルで的確に伝わってくる。なんなら最終話では、ロビンが溶けこんだソジンまでもが自然に現れる。 

 「ジキルとハイドに恋した私」は、ヒョンビンが海兵隊除隊後初のドラマ出演ということでも注目されたそうだ。久しぶりに演技ができるという喜び。それを、あますところなくぶつけられる役を選んだのかと思うと、ちょっと胸が熱くなる。

追伸 多くのみなさんの「スキ」に励まされて、ここまで来ました。ありがとうございます。ヒョンビンしの他の作品を観るのにも忙しくなってきたので(笑)定期的な更新は一旦ここまでといたします。

 また4周5周とするうちに書きたいことが出てきたら、ゆるりと再開したいなと思っています。好きなことを、好きな時に、好きなだけ…同志のみなさんと分かち合えるこの場所に、感謝!

雑踏に掲げられたる一条の光と思う「愛の不時着」


【表題写真】「ジキルとハイドに恋した私」DVD-BOX

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