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もう一つの太陽と月 「愛の不時着」ノート ②

 物語の冒頭で、ユン・セリは、財閥の後継者争いに勝利する。長兄のユン・セジュンと次兄のユン・セヒョンを差し置いてのことだった。この二人の兄は、実にわかりやすく権力志向で、なんとか父親の機嫌をとり、自分こそが後継者にふさわしいとアピールしまくる。同時に、互いの失敗をあげつらっては、兄弟であろうがライバルとして蹴落とそうとするところも、そっくりだ。


 それぞれの妻も、夫の出世を強く望んでいる。自分の夫こそが後継者にふさわしいと主張し、相手を敵視している。立場や設定は、共通するところの多い二組の夫婦だ。が、このカップルもまた、太陽と月のように陽と陰。対照的なところが面白い。ユン・セリを邪魔するだけなら、兄夫婦は一組でも物語は成立したかもしれない。けれど、このもう一つの太陽と月のカップルのありようからも、いろいろ考えさせられる。


 二組の違い、とりわけそれは妻の資質や性格、また夫との関係性によく出ている。長男の妻であるト・ヘジは、明るくて、おだて上手。そして、まあまあ本気で「私のダーリン、イケてる!」と思っている。そこが救いだ。対する次男の妻コ・サンアは、陰湿が服を着ているような女で、夫への愛情は微塵も感じられない。もちろんイケてるとも思っていない。彼が次男であることの不利さを、自分の親の権力で補い、なんとか財閥トップの妻になる。それだけが、人生の目的のように見える。


 両親への取り入りかたも、ヘジはわかりやすいお世辞と甘えなのに対し、サンアは知的な謙虚さを見せつつ、したたかな取引を持ちかけたりする。ユン・セリを邪魔するにあたっても、夫がドン引きするくらいサンアは冷徹だ。ヘジには、多少なりともユン・セリを心配する気持ちが垣間見られるし、見舞いにきたリ・ジョンヒョクを見て「あら、カッコイイ!」と、うっすらときめくような乙女心を持ち合わせている。いっぽうサンアは、氷のような視線で、ジョンヒョクを射抜くのみ。

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 同じような境遇で、上昇志向のある二組だが、決定的な違いは「愛があるかないか」だろう。長男のほうは、なんだかんだ言って、チャーミングな妻におだてられることで、自分の存在意義を実感している。デレデレした顔を見ていると、お似合いの夫婦だなと思う。対する次男は、策略家の妻の手腕を認めつつも、自分の立場が危うくなると、会話を録音してまで保身に走ろうとする。そんな浅はかさを彼女はお見通しだし、裏切られてもまったく傷ついたりしないところが、もう本当に怖い。怖いよ!サンア。


 この次男は、ク・スンジュンの詐欺にあうわけだが、とりわけ印象的なのがクの言葉だ。「欲の深いやつほど、だましやすい」。素人考えだと、欲深い人間は、ずる賢くて計算高くて人が悪い。だましにくそうなのだが。そこにつけこむ術を知っている詐欺師からすれば、単細胞な長男よりも、むしろ取り入りやすかったのだろう。同様に、次男は欲深さゆえにサンアに見込まれ、だまされたのかもしれない。彼女のセオリーなら、まず長男を狙ったと思うのだが、次男のほうが落としやすかったのだろう(長男はすでに結婚していた可能性もあるが)。彼の人生の歯車が狂ったのは、クの詐欺より以前、サンアを妻にしたところからだったのだと思う。あれやこれやと、焚きつけられたはず。結果として、彼女の策略がバレることで二人は破滅する。ついでと言ってはなんだが、破談もする。愛のない不時着である。

ゼロひとつ含んだ長き掛け算を終えたるごとし人と別れて

 次兄夫婦の関係は、結局どこかにゼロの混ざっている掛け算のようなものだった。どんどん増えているように見えて、愛がゼロなら、着地点はゼロである

【タイトル写真】「愛の不時着」エピソード4よりhttps://www.netflix.com/title/81159258?


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