44歳おっさん、初パーマをかける
ある人々には当たり前のことが、別のある人々には経験として抜け落ちている、ということが往々にしてある。
それは例えば、ゴルフでありスーツ出勤でありパチンコでありキャバクラであり風俗である。ある人々にとっては当たり前のそれらは、私の44年の人生において経験としてごっそり抜け落ちている。なんてこった。それらが当然の人々からすれば「今までどうやって生きてきたんすかマジで」というレベルですらあるだろうけど、実際未経験なものは仕方がない。
その一つが、パーマである。
いや、パーマであった。
なぜなら、私は本日、齢四十四にして、パーマデビューを果たしたからである。
何を隠そう私はこの44年間において、一度たりともパーマをかけたことがなかったのである。
折角だから、私のヘアライフを少しだけ振り返ってみよう。
小学校低学年までは散髪はバーバーパパ、つまり父にやってもらっていた。高学年になり近所の散髪屋で切ってもらうようになったが、ヘアスタイルのこだわりなんてものはなく、とりあえずとりわけ注目も浴びずとりわけダサくもない髪型に仕上げてくれればそれでよかった。だが今思えばダサかった。とりわけダサかった。
中高年をダサいまま過ごし、大学に入ってそのダサさにメスを入れようと考えた今の嫁に連れられて、初めて「美容室」に行った。床屋とは違い、縦にハサミ入れられたり、洗髪が仰向けだったり、静かに衝撃を受けながらも、私のもっさりヘアーはスタイリッシュヘアーへと豹変した。オシャレというほどではないが、最低限ダサくはなくなった。嫁、グッジョブ。
そして就職してしばらくは少しお金があったので美容室で髪を切ったり、ワックスでちゃんと毎日スタイリングしていたけれど、子どもができて、歳を重ねるにつれ、髪の毛は頭の上に生えてる雑草のような存在となり果て、「定期的に刈るもの」程度の認識へと落ちて行った。頭に生えた雑草たち。
そんなわけで、定期的にQBハウスへと刈りに行っていた頭であったものの、ずっと心残りがあった。
街を歩けばこんなにもたくさんの美容室があって、そこで人々は日々様々なヘアスタイルだけでなく、パーマやヘアカラーまでもを楽しんでいるにも関わらず、あろうことか私の頭は雑草扱いされている。
私は私の頭に同情した。
手をついて謝りたかった。
しかもである。
とりわけ男性の場合、雑草すら生えないというケースもままあるわけだが、よりによって私は毛量が多く、かつて畑だった敷地に繁茂する雑草よろしく、私の頭には髪がびっしりと繁茂しているではないか。
これはもはや髪を雑草扱いしていること自体が嫌味であり罰当たりであり贅沢ではなかろうか。
そして冒頭でも触れた数々の「未経験」の領域へと足を踏み入れるハードルは、歳を重ねるごとに確実に上がっていく。
パーマとヘアカラーを死ぬまでに一度はやろう。
とりあえずそう決めて、せっかくパーマとヘアカラーをやる以上はある程度の長さが必要だろう、という雑な予期に基づき、ここ数年なんとなく髪を伸ばしてきた。
そして今日、まず手始めに、パーマデビューを果たすことにした。
とはいえ普通にパーマをかけるとなるとカネがかかる。カットとパーマで一万を超えることもザラである。
私は思い悩んだ。
定期的に刈らなければいけない雑草に、一万円。
それはさすがに無理であった。
ネットで検索してみたところ「カットモデル」なる制度があるではないか。駆け出しのスタイリストの練習台になる代わりに格安でやってもらえるらしい。
私が欲しいのはスタイリッシュなヘアスタイルではない。「パーマをかけた」という経験と事実である。となれば、カットモデルで十分すぎてお釣りが来るほどではないか。
そんなわけで、地元の駅の近くの美容室でカットモデルとして、お願いすることにした。カット+パーマ+トリートメントで4,000円也。カットモデル万歳。
そしていよいよ決戦である。
予約した美容室へと入る。慣れないおしゃれ空間に戸惑う私をすかさず見つけて案内してくれる若いイケメン(マスクで見えないので多分)にドギマギしつつ、いざカットへ。
さすがに私の雑草は長すぎたようで、大胆に刈り落とし、さあ念願のパーマへ。
なんちゃらという鼻をつく刺激臭のする酸を髪に染み込ませ、少しずつ束ねた髪をねじっては1束ずつアルミホイルで包んでいくイケメンスタイリスト。
私は、世のアイドルやキャラクターは神の一種であり、世のおしゃれといわれるもの(服装やヘアスタイルやアクセサリー)は呪術の一種であると思っているので、このアルミ巻き巻きは呪術感が尋常ではなく、思わず私は聞こえない程度の声で呪文を唱えたほどである。この儀式では、様々な悪霊を私の髪一束ずつに封じ込め、螺旋状にツイストしながらアルミで包むことで悪霊が逃げ出ることを防いでいるのである。
そして出てくるのが大掛かりな機械である。
この機械は、特別な光線を満遍なく照射することで悪霊の持つ怨念や呪いを解くのである。
呪いの解けた頃にはそのマシーンからピーと音が鳴り、ツイストして悪霊を封印していたアルミは外され、私は洗髪台へと案内される。そこで、今度は悪霊を寄せ付けないための新たな薬品がかけられ、儀式は無事終了した。
というのは冗談で、と言いたいところだが、私はあの機械は本当に何か特殊な光線を当てているとばっかり思い込んでいた。単に温めてるだけだったとは拍子抜けもいいところだ。
意外にも、初パーマを経て変わったのは、私の髪型よりも私の視界の方だった。今までは背景でしかなかったパーマが情報として浮かび上がってくる。世の人はこんなにもパーマをかけてるのか!
さあ何はともあれパーマデビューは果たしたので、次はヘアカラーだ。何色にしてやろうか、といま考えた瞬間に私の頭に浮かんだのは、北京五輪の時に政府が枯れた草を鮮やかな緑色のペンキで染めた、というニュース。やはり私の頭はパーマを当てたとはいえ「草」程度の認識であるようだ。
せっかくなので娘に撮影してもらったビフォーアフターを添付しておく。これがやりたくてパーマをかけた、わけでは決してないけど、まあ結局こういうことしてる時が一番楽しかったりする。
数々の「未経験」を全て経験することなんてできないし、その必要もないけれど、フリーになって何も失うものがない今、軽やかに「未経験」に挑めるようになり、それごとまるっと楽しめるようになったので、これからも少しずつ「未経験」を「経験」に変えてみようかなと思ったりした。
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