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ノンフィクション作品の書き方はどのように取材するかと表裏一体である——「ドラヨン」後書きより

 「ドラヨン」は「ドライチ」「ドラガイ」に続くドラシリーズの三冊目となる。
 このシリーズのインタビューは、何人の例外を除くと、後から担当編集者経由で事実確認の連絡を入れることはあれど、原稿を仕上げるまでに話を聞くのは一度と決めていた。
 ノンフィクションの作品はどのように取材するかと表裏一体である。
 ぼくは長編ノンフィクションを書く際、その主人公には繰り返し、信頼関係を作りながら何度も話を聞いてきた。このドラシリーズはドラフトを中心に彼らの人生の一部分を切り取ることを趣旨としている。長編ノンフィクションとは違った手法を試してみたいと思ったのだ。
 事前に資料を読み込み、年表を作り、二時間から四時間ほど彼らと向き合う。一度きり、であると決めて臨むインタビュー取材は緊張する。人に何を、どのように訊ねるかは取材者の力量が問われるからだ。インタビュー取材とは、自らの器の大きさを問われる場でもある。彼らに自分の底の浅さを見抜かれたら終わりなのだ。
 とはいえ、このドラ・シリーズの方々はみな親切で紳士的だった。本文に書いたように、「いつまで取材するのだ」と冗談ともつかぬ調子で言われたのは達川光男さん一人だった。その達川さんにも二時間以上話を聞くことになった。
 インタビューが終わると、いつもぼくはいつも心地良い頭脳の疲れを感じながら、面白かったと背伸びをしていた。その会話の妙を生かすために、口調はなるべくそのままにしている。彼らの息づかい、取材の空気が伝われば、書き手として嬉しい。
 このドラヨンには、「ドライチ」の大越基さんや元木大介さん、荒木大輔さん、あるいは「ドラガイ」の亀山努さん、松沼兄弟、大野豊さんが時折、顔を出している。前作の読者は、彼らの物語を思い出すかもしれない。
 三冊は別々の短編ノンフィクション作品ではあるが、知らず知らずのうちに野球を通じて結びつく男たちの星座にもなった。野球が人を惹きつけるのはこうした人間関係があるからなのだ。

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