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小さな死生学講座第7回

(本講座では、これまで拙著『小さな死生学入門ー小さな死・性・ユマニチュードー』(東信堂、2018年)所収の論文をもとにした記事を掲載してきましたが、第7回からは上記拙著の刊行後に発表しました論文等をもとにした記事を掲載させていただきます。もとの論文等に関しましては、出典を記しておきますので、詳しくはそちらをお読みいただければ幸いです。)


渡辺和子にとっての「小さな死」と「赦し」−「二・二六事件」をめぐって−

(本稿は、大林雅之「「小さな死」と「赦し」」、東洋英和女学院大学死生学研究所編『死生学年報 2020』(リトン、2020年)所収の【ダイジェスト版】です。)

1) はじめに

カトリックのシスターであった渡辺和子の一連のベストセラーの本では、「小さな死」というテーマが取り上げられています。彼女の言葉によれば、「小さな死」は「本番の死のリハーサル」であり、「自分のわがままをがまんすること」であり、「新たないのちを生むこと」を意味します。

彼女の著作『置かれた場所で咲きなさい』は、社会でうまく行かずに打ちひしがれている人々や自分を大事にされていないと感じる人、会社をやめようと思っている人たちを対象としています。渡辺和子は、自分自身が変わらなければ何も変わらないことを伝え、自分が置かれた場所で咲かなければならないというメッセージを伝えたいと述べています。

渡辺和子は、ことあるごとに「二・二六事件」での体験を問われ、事件と深く関係していることはよく知られています。しかしながら、彼女の「小さな死」についての議論は、二・二六事件と関連づけて論じられることはほとんどありません。実際に渡辺自身もそのような議論はしていないようです。しかし、その事件での経験が彼女の「小さな死」の議論に影響を与えている可能性は考えられます。目の前で、父である渡辺錠太郎教育総監が青年将校によって惨殺された経験は、彼女の赦しの対象について葛藤を生じさせました。「小さな死」について何度も述べているのは、繰り返し述べなければならない「こだわり」や「葛藤」があったからとも考えられます。

渡辺和子は一貫して、自分自身を変えることが重要であり、他の人に頼らず自分自身で成長し、優しさを大切にする生き方を提唱しています。彼女の「小さな死」と「赦し」の議論を通じて、われわれは自分の死について考え、日々の生き方に照らし合わせて、新たな自己へと成長することが促されているように思います。

今、筆者はそのように考えるようになりましたが、「小さな死」と「赦し」が結びつく切っ掛けは、保坂正康によるインタビューにおいて、渡辺が「赦しの対象外」として真崎甚三郎を挙げたことでした。この「赦しの対象外」ということは、渡辺の心の中に深い葛藤や怒りを抱えさせていたことを示唆しているように思いました。二・二六事件における真崎の行動や彼の指導者としての役割に対して渡辺和子は不信感や怒りを持っており、そのような人物に対しては赦すことができないと断言しています。

小論では、渡辺の「小さな死」と「赦し」の関係を考えることによって、そこに生じていた葛藤のあり方を通して、渡辺にとっての「小さな死」の意味をより深く理解したいと思います。

2)渡辺和子の「小さな死」と「赦し」の関係

渡辺が論じる「小さな死」は、「個別的人間存在への否定」として筆者は考えています。渡辺は「小さな死」と「赦し」の関係について直接的に論じてはいませんが、「小さな死」と「赦し」に関連して次のように述べています。

「小さな死」とは、生きている間に行う「大きな死のリハーサル」であり、自分のわがままを抑えて他人の喜びとなる生き方をすることや、面倒なことを笑顔で行うことなど、自己中心的な自分との戦いであり、それは「新しいいのちを生む」のだとしています。そして、そのような生き方に触れて、聖フランシスコの「平和の祈り」によるとして、「慰められるよりも慰めることを、理解されるよりも理解することを、愛されるよりも愛することを、望ませてください。私たちは与えることによって与えられ、許すことによって許され、人のために死ぬことによって永遠に生きることができるからです。」と記しています。

渡辺は「小さな死」が「いのちと平和を生み出す」とし、「許す(赦す)こと」が重要であると述べています。また、「許さない間は相手の支配下にある」とし、「思いを断ち切ること」が大切であると指摘しています。相手を許すことは自分のためになるとして、「小さな死」は「許す(赦す)」ことでもあると考えられます。これにより、「赦しの対象外」とはどのような意味で考えることができるのか、更なる探求が必要です。(渡辺の文献中では、「赦し」に関して、「許」の字も使われていますが、ここでは筆者は、「赦」と「許」は同じ意を示しているとして論じています。)

3)「赦す」と「赦さない」の狭間

渡辺和子にとって、「赦す」ことは「小さな死」について論じる上で非常に重要な意味を持っていると考えられますが、彼女にとって「赦す」ことは実際には困難なことでもありました。特に、二・二六事件に関しては「赦す」ことが揺れ動いている様子が見られます。彼女は襲撃した側の遺族の法要に参加し、彼らを「赦している」と描写される(澤地久枝による)一方で、インタビュー記事(保坂正康による)では「赦していない」という発言が記されています。

それらの記事からは渡辺和子の言動には矛盾があるように見えますが、二・二六事件に関する「赦し」は彼女にとって難しいものであったことがうかがえます。また、彼女が遭遇したある場面では、自らの父を殺した側の人物(事件当時一兵士であった方)と接することがありましたが、その瞬間に本当の「赦し」が自分の中にあるのか疑問を抱いたことも記しています。

彼女は「赦し」を理性だけで処理できるものではないと感じており、頭で理解するだけではなく、心身ともに受け入れる必要があると考えていました。それは「赦し」というものは「信じる」というレベルで受け入れるという意味を持つことを強く考えさせられます。

渡辺和子の「赦し」についての葛藤や深い思考は、彼女の人生を規定する重要な要素であったことがうかがえます。彼女の「赦し」に対する姿勢は、理性と感情、そして信仰との間で揺れ動く人間の複雑な心の内を浮き彫りにしています。

4)「赦しの対象外」と「小さな死」ー「赦し」の諸相ー

渡辺にとって、「赦し」は単に理性的理解だけではなく、心身を含む複雑な要素を持つものでした。彼女には次のような「赦し」の諸相があります。そのような「赦し」を「赦し①」、「赦し②」、「赦し③」として考えてみます。

「赦し①」は理性的に理解できる「赦し」で、説明して理解できるものです。これは『置かれた場所で咲きなさい』の読者に向けられたような「赦し」です。

「赦し②」は理性的には「赦さなければならない」と考えるが、自らの行動や態度に結びつけて受け入れられない「赦し」です。例として、真崎の係累の者やNHKの番組で会った旧「兵士」に対するものがあります。

「赦し③」は理性的に理解できず、行動や態度にも示すこともできない「赦し」で、渡辺にとって最も重要なものでした。これは真崎に向けられた「赦し」で、「赦しの対象外」との関係性の中で捉えられています。この「赦し③」が彼女の人生と「赦し」の困難性を最も示していたものでした。

5)まとめー「小さな死」にとっての「赦し」の意味ー

「赦し」と「小さな死」の関係について渡辺は直接に述べていませんが、実際は密接に結びついていたと考えられます。「小さな死」が「個別的人間存在への否定」であり、「新たないのちを生むこと」とされるならば、「赦し」と重なります。彼女にとって「赦し」は、「赦せない」自分を超えて、「赦しの対象外」にある相手に対しても祈りの中で受け入れることであり、自らの心身にある許せない苦しみや弱さを受け入れることが「小さな死」であり、そこに「新しいいのち」としての自らのあり方を求めていたのではないかと思います。

文献(順不同)

渡辺和子『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬社、2012年)
渡辺和子『面倒だから、しよう』(幻冬社、2013年)
渡辺和子『心に愛がなければ』(PHP、1992年)
保坂正康『昭和の怪物 七つの謎』(講談社、2018年)
澤地久枝『完本 昭和史のおんな』(文藝春秋、2003年)
高橋正衛『二・二六事件 「昭和維新」の思想と行動 増補改版』(中央公論新社、1994年)
大林雅之『小さな死生学入門−小さな死・性・ユマニチュード−』(東信堂、2018年)
大林雅之「小さな死生学序説−「小さな死」から「大きな死」へ−」、『東洋英和大学院紀要』、15号(2019年)所収。

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