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雨宮塔子のパリ通信#10 コロナ禍にパリの展覧会で観るバンクシー作品

世界各地の街中で、ゲリラ的にグラフィティを残す、イギリス拠点の匿名アーティスト、バンクシー。

日本でも東京港区の防潮扉に描かれたネズミの絵がほぼバンクシーの作品ではないかということで、今年の1月、都が作品保護や混乱防止を目的にパネル部分を取り外し、その上で都庁で展示したことが記憶に新しい。

すでに横浜で開催されている「バンクシー展 天才か反逆者か」に加え、8月から東京・天王洲の寺田倉庫で開催が予定されていた「バンクシーって誰?展」がコロナ禍で来年の夏に延期されることになったから、このバンクシー熱はまだまだ続くだろう。

こうした展覧会と同レベルかはわからないけれど、パリ9区の"Espace Lafayette-Drouot(エスパス・ラファイエット・ドゥルオ)"で開催されているバンクシー展、"THE WORLD OF BANKSY-THE IMMERSIVE EXPERIENCE"に行ってきた。

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(展覧会入り口には"Girl with Balloon"「風船と少女」を模写した壁)

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(同作品のステンシルのキャンバス版も。日本のランドセルを肩掛けしたパリジェンヌが熱心に見ていた)

この展覧会、バンクシーの同意を得て開催されたものではないようで、結論から言うとかなり物足りないものを感じてしまった。何点かの作品は個人コレクターから借り受けてきたというが、それらが本当に本物かどうかは保証されていない。

あのロンドン、「サザビーズ」の"シュレッダー事件"で有名な"Girl with Balloon”「風船と少女」や、同じくパレスチナ問題へのアイロニーと平和へのメッセージを込め、手榴弾の代わりに花束を投げつけようとする男性を描いた有名な作品、"Love is in the Air”(ラブ イズ イン ジ エア)「愛は空中に」といった、バンクシーの主要な作品はかなり備わってはいる。

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(かなり大きなスペースに模写されたステンシル)

また、そうしたステンシルの作品の他にも、バンクシーがパレスチナの分離壁のそばに自ら造ったアートホテル、"The Walled Off Hotel"の室内の再現を設けているコーナーもあって、バンクシーの多彩な表現を紹介する意図はわかるのだ。が、世界中の十数名のグラフィティアーティストによって原寸大で描かれてはいても、やはりそこは模写や再現だからなのか、あるいは限られた狭い空間に作品が並列されていることで、一つ一つの作品のもつ力が薄められるのか、バンクシーの政治的メッセージやアイロニー、ユーモアが思っていたほど響いてこないのだ。

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("The Walled Off Hotel" の一室の再現)

このコロナ禍の最中も、バンクシーの作品のニュースがあるたび、心躍るものがあった。

フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」をモチーフにイギリスの西部ブリストルの壁に描かれた“Girl with a Pierced Eardrum”「鼓膜の破れた少女」。この壁画に誰が加筆したのか、青色のマスクが着けられたと話題になったのが、この4月。

青色のマスクは、日本のメディアには"医療用マスク"とも言われていたけれど、ここフランスでもスーパーや薬局で市販されているマスクは日本のような白ではなく、青色のものが一般的だ。おそらくイギリスもそうであるのだろう。

このマスクはバンクシー本人が加筆したものかは不明だけれど、マスクに慣れていないヨーロッパの人にとって、“あの”真珠の耳飾りの少女が自分たちと同じマスクを着けていることで、新型コロナで余裕のない心持ちがふっと和まされたのではないだろうか。

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(地下の展示コーナーは照明を落とした演出が)

ちなみに同じ頃、バンクシーは自宅の洗面所も公開している。洗面台の上で歯磨き粉のチューブを踏みつけたり、便座の蓋に立ち小便をして汚している数匹のネズミの作品を自身のインスタグラムに投稿した際、「家で仕事をすると妻が嫌がる」と添え書きがあったそうだ。

いまやアート界の大衆のヒーローとなったバンクシーも、私たちと同じようにステイホームでリモートにいそしんでいる。ますます身近に感じる人も多かったのではないだろうか。

他にも、5月には看護師をヒーローにした作品をインスタグラムにも投稿して医療現場で働く人々に感謝の思いを表明したり、また6月には「これは白人の問題だ」とのコメントと共に、世界に拡がったBLM(Black Lives Matter)の運動への連帯を示したと見られる新作を公開している。

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"Love is in the Air”(ラブ イズ イン ジ エア)「愛は空中に」は"Flower Thrower” 「花束を投げる暴徒」などとも呼ばれる

こうした、その時その時の社会情勢の中で世間の人々の関心が最も高い事象を、最も適切なタイミングですくい取り、彼らしく表現していく。作品のみならず彼の添えるコメントは時にかなり具体的に踏み込んでいて、コメントを発したことでの責任の所在をはっきりさせている。

これはバンクシーが匿名アーティストだから出来ることなのか、彼の故郷というブリストルで育った環境の影響なのか、そもそもストリートアートという、つねに法秩序からはみ出した場で、またアーティストとしての著作権もないがしろにされる世界で鍛えられてきたゆえなのか・・・。

そんなことをぼんやりと考えながらこのロックダウン下のフランスで過ごしてきたから、このバンクシー展へはロックダウンが解除されたら是非行こうと思っていた。それだけに、過剰に期待しすぎたのかな。気を取り直して再び館内の作品に集中しようとした時、あることに気がついた。

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("Little girl covering a swastika"「女の子と卍」。左隣りは"Rats Along The Seine”「セーヌ河のネズミ」)

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"The rat and the bottle of Champagne"(Le rat et le bouchon de Champagne 「ネズミとシャンパンボトル」)

このバンクシー展はパリで開催されているからか、パリの作品コーナーがあった。"Man with a dog"(Homme avec son chien 「紳士と犬」)"The rat and the bottle of Champagne"(Le rat et le bouchon de Champagne「ネズミとシャンパンボトル」)"Little girl covering a swastika"(Petite fille recouvrant une croix gammeé 「女の子と卍」)"May 1968 Rat"(Le rat de mai 68 「5月革命のネズミ」)といった作品の他にも、2015年のパリ同時多発テロ事件で最も多くの死者を出したバタクランの事件の犠牲者へのオマージュとしてバンクシーがステンシルした扉の作品"Bataclan"の再現もあった。

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("Bataclan”も実物大で模写されているそう)

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(パリの作品が少なくてもこれだけある(あった)ことを知った)

年代がすべて2018年となっているのは、パリでバンクシーの作品が発見された年を指しているのか。それに気づいた時、そうだ、パリの街に残るバンクシーのオリジナル作品を見に行こうと思った。次回に続く―。


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雨宮塔子 TOKO AMEMIYA(フリーキャスター・エッセイスト)

’93年成城大学文芸学部卒業後、株式会社東京放送(現TBSテレビ)に入社。「どうぶつ奇想天外!」「チューボーですよ!」の初代アシスタントを務めるほか、情報番組やラジオ番組などでも活躍。’99年3月、6年間のアナウンサー生活を経てTBSを退社。単身、フランス・パリに渡り、フランス語、西洋美術史を学ぶ。’16年7月~’19年5月まで「NEWS23」(TBS)のキャスターを務める。同年9月拠点をパリに戻す。現在執筆活動の他、現地の情報などを発信している。趣味はアート鑑賞、映画鑑賞、散歩。2児の母。