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前半の位置取りが2人とも後方だった理由は? 【日本選手権10000mレビュー③相澤晃&伊藤達彦】

相澤&伊藤の“ランニングデート”も標準記録に届かず
2人とも今後の標準記録突破で世界陸上代表入りの可能性

相澤晃(旭化成・24)と伊藤達彦(Honda・24)の同学年ライバルが、日本選手権10000m(5月7日。東京国立競技場)でワンツーフィニッシュした。相澤の優勝記録は27分42秒85で、7月の世界陸上オレゴン参加標準記録の27分28秒00を破ることができなかった。しかし2人とも3位以内に入ったことで、今後標準記録を破れば世界陸上代表に内定する。大学4年時の箱根駅伝2区、実業団1年目の日本選手権10000mと、2人が競り合ったときは好結果が生まれ、“ランニングデート”と言われてきた。日本選手権の競り合いはどんな内容だったのだろうか。

●前半の位置取りが2人とも後方だった理由は?

相澤はレース直後の取材で、反省と収穫があったことを話した。
「気温はそんなに高くありませんでしたが、蒸し暑い中でのレースで前半からきつくて、なかなか前に行くことができませんでした。それでも中盤しっかり粘って、最後まで押して行けた。標準記録を切るための好材料だったと思います」
 最後まで押し切った、という説明をしたが、実際にはペースを上げている。5000m以降は2分52秒に落ちていた1000m毎のタイムを、相澤は8000mから2分44秒に上げ、最後の1000mは2分36秒で駆け抜けて伊藤以下を引き離した。
 相澤に限らずペースが定まらなかった。標準記録の27分28秒00を完全にイーブンペースで走った場合、1000m毎は2分44秒80になる。日本選手権は1000m2分43秒、2000m5分28秒、3000m8分12秒の通過で標準記録ペースを2秒上回っていたが、4000mまで2分52秒かかり約5秒後れてしまった。5000m通過は13分49秒でその1000mは2分45秒と持ち直したが、5000m以降は前述のように2分52秒に落ち着いてしまった。
 先ほど紹介した4000mまでの通過タイムは先頭のもので、相澤や伊藤は20m以上後れていた。2人とも本来であれば、2分45秒ペースにひるむことはない。「一番のライバルの伊藤君をしっかりマークしつつ、先頭との距離を確認しながら行こうとして、少し自重してしまった」からだった。

●万全でなかった伊藤は前半から“いっぱいいっぱい”の走り

2位の伊藤は取材エリアに姿を見せると、次のように切り出した。
「序盤から予想以上にキツかったです。ペースメーカーの後ろに付く予定でしたが、いっぱいいっぱいの走りになってしまいました。標準記録を狙っていたので(1000m毎を)2分45秒は切っていきたかったのですが、積極的に攻められませんでした。いつもなら楽に5000mを通過できるのですが、今日は『やっと5000か』と感じてしまった」
 大会1週間前に体調が落ち、万全の準備ができなかったという。「万全だったらこの気候でも走れたはず」と言い訳にはしなかったが、「いつも以上に汗が出た」のは事実だった。
 気象条件の悪さと、伊藤が万全の状態で臨めなかったことで、伊藤も、マークした相澤も前半は先頭から離れて走ってしまった。
 2人の取材はもちろん別々に行われたが、伊藤が「(4000~5000mの)中盤で一気に上げてタイムを戻しましたが、そこがダメでした」と言えば、相澤も「(4000mを過ぎて)追いつくところで体力を使ってしまった」と話した。今回の2人の“ランニングデート”は、残念ながら代表入りに結びつかなかった。
 2人の他では田澤廉(駒大4年・21)への注目が大きかった。昨年12月に27分23秒44の日本歴代2位をマークし、この種目では唯一の標準記録突破者だった。3位以内に入れば世界陸上オレゴン代表に内定したが、田澤も前半から、集団の前に出ようとしなかった。
「金栗記念(4月9日。5000mで日本人1位の13分22秒60)のあと、いつもの流れでなく、練習をやってしまったところがあって、自分の循環を崩してしまいました。そのなかでも最低3番には入りたかったのですが、大事な試合で力を発揮できなかった。自分の弱さが出た試合になってしまいました」
 伊藤と同様、万全のコンディションに整えて試合に臨むことができていなかった。相澤が8000mからペースアップすると先頭集団から後れ始め、9000mを過ぎると大きくペースダウンした。28分06秒34の10位と、予想外の結果に終わった。

●6月22日の深川大会で標準記録を狙う相澤と伊藤

代表入りには結びつかなかった相澤と伊藤の“ランニングデート”だが、内容的には評価できる部分も多かった。
 2人の対戦は20年の日本選手権までは相澤が勝ち続けていたが、21年11月の八王子ロングディスタンスで伊藤が勝ち、今年4月の金栗記念でも伊藤が連勝した。相澤としてはこれ以上負けられない状況だったが、今回しっかり雪辱した。
 20年日本選手権は相澤が27分18秒75の日本記録で、伊藤が27分25秒73の当時の日本歴代2位(現歴代3位)だった。八王子の相澤は27分58秒35と良くなかったが、伊藤は27分30秒69のセカンド記録日本最高をマークした。
 そして今季の2試合は伊藤が27分42秒40(金栗記念)と27分47秒40(日本選手権)、相澤が27分45秒26(金栗記念)と27分42秒85(日本選手権)。正確なデータはないが、1・2位を取り合いながら27分40秒台対決を続けたコンビは、過去いなかったのではないか。
 そもそも標準記録の27分28秒00よりも速く走ったことがある日本選手は相澤、田澤、伊藤の3人しかいない。3人とも27分30秒未満で走ったのは一度だけだ。標準記録突破と我々は簡単に言うが、難易度は高く、気象条件やペースに恵まれなければ出せる記録ではない。
 金栗記念はペースメーカーが設定よりも徐々に後れていった。日本選手権は湿度が高く、選手自身も伊藤と田澤はコンディションを合わせられなかった。そのなかでも27分40秒台を出し続ける2人は、やはり強いと思う。
 今後の代表選考プロセスだが、標準記録突破済みの田澤は、突破者が4人以上にならない限り代表入りする。「日本選手権で3位以内に入る予定だったので、今後のことはまだ考えていない」というが、他の選手の結果を“待つ”という選択肢もある。
 相澤と伊藤は6月22日のホクレンDistance Challenge20周年記念大会(@北海道深川)で標準記録突破を狙うことを表明している。もちろん、ペースメーカーが準備される。
「ラストチャンスになる。今度は万全で臨んで積極的にタイムに挑戦したい」と伊藤。相澤は冒頭のコメントにあるように、日本選手権のレース内容に標準記録突破の手応えを得ている。「今年中」という期間を付けたが「日本記録は更新できると思っています。もう一段階良い練習ができれば、27分10秒くらいは出せる」と話した。
 3カ月連続の“ランニングデート”になるが、3度目の正直が期待できそうだ。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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