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神奈川芸術劇場で安藤玉恵さんのスプーンフェイススタインバーグを観劇してきました。

希望と絶望。健常者と障害者。大人と子供、生と死。

大人が、世の中で漫然と生きて、どちらかには価値があり、どちらかにはないと思い込んでいる価値観を、主人公の少女は、問わず語りで、ひっくり返していく。

神奈川芸術劇場で、安藤玉恵さんの一人芝居を観てきた。タイトルは、スプーンフェイス・スタインバーグ。主人公の顔の特徴から名付けられたタイトル。

(印象を具体的に書いていますので、これから観る方は先入観に刷り込まれるかもしれません。場合によっては、観劇後に読まれたほうがいいかも。)

主人公は、自閉症の7歳の女の子。

同年代の子供たちと遊んでいない、学校にも行っていない彼女は、自分が人と違うことを実感できていない。

しかし、親や大人たちの反応で、はっきり感じている。

彼女が舞台の上でつぶやいている世界観は、日々の世界が狭い分、彼女のファンタジーの感性で作られて、それが、私達がいつの間にか捨て忘れてしまった視点にあふれている。

彼女は更に七歳にしてガンにかかり、死についての思いを深くするが、世間の大人の観念の死とは別の世界観の中にそれはある。

彼女が人生の中で接している人間は、数人の大人だけだ。

その大人たちすべてにも、様々な辛い過去がある。

そんな大人達の中に生きていながら、彼女は強い洞察力を持って、その中にある光を見いだし、大切なことを観客の私達に伝えてくれる。

人と人との間には、そして、人とこの宇宙の摂理の間には、すべてに光があり、それは何よりもかけがえのないもの、と語りだす…

…この観劇の話から、一旦離れます。

私はコロナ下で、外出の自粛が叫ばれていた頃、Eテレの100分de名著という大好きな番組を第一回から全部見てみよう、と思い立ちました。部屋のパソコンで、オンデマンドで。

古今東西の、様々な名著を各専門の解説ゲストと司会の伊集院光さん、NHKアナウンサーの3人で語り合う番組。

そのすべての名著の根底に流れているものは何だろう、というテーマを決めて私は見ていった。

10年以上続いている番組の中で忘れられないのは、「夜と霧」というナチスの強制収容所に送られたユダヤ人精神科医が、生き残った後に書かれた本の回。

そのシリーズが放送された頃は、東日本大震災の後で、被災された方たちへの応援のメッセージを込めていたと思うが、コロナ下で見ても、同じくらい強いメッセージだった。

これからどうなるかわからない収容所の中で、希望を失わず生き残ったのは、どんな人だったのか。

体力のある人ではなかった。

番組の中で、収容されてやせ細った人がオペラを歌うシーンが絵として紹介され、その神々しさに圧倒された。

人にとって大切なのはこれなんだ、と驚かされ納得したそのシーンが、今日の一人芝居の中で、現れたのです。

名著ほとんどの根底にある大切なものは、人と人、人と宇宙ほどに大きな摂理の間にもあらわれる輝き、光みたいなものを見いだして、そこに喜びや幸せ、絶対的な安心を感じ、ゆだねることなんじゃないかと。

自分でも言葉にできなかったことが、この1時間強の間に、言葉として、動きとして、波として伝わってきたことに、そして難しいテーマを挑戦された皆さんに、圧倒されました。

芸術に携わられる人は、きっと、劇中の言葉で言えば、あらゆる関係性の中に起きる美しい火花(スパーク)を誰よりも感じて、それをつかみ、忘れかけ失いかけている人々に、思い出させる大事な仕事をされているんだ、と思った。

あの収容所のオペラ歌手のように。

あふれるほどの火花を私達に見せてくださった、75分間たくさんの視線にさらされながら、舞台の上で一人それを果たされた安藤玉恵さん、ありがとうございました。

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