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その「冤罪事件」はファミレスで起きた


ある日、友人女性宅に集まることになった。
参加者は四人。女性三人に対し、男は私だけ。それには理由がある。

季節は冬、鍋の季節だ。
私はその「鍋を作る係」として呼ばれたのである。

実は私は、料理人の息子。
数年前に無くなった親父が料理人だった。

ただ実際は、料理人の息子という肩書きがあるだけで、別に料理を学んだわけでもないし、もちろん調理師でもない。少しだけ料理をすることに慣れているだけ。

しかし、料理人の息子という響きでちょっとだけ料理がおいしく思えたりするから不思議である。

みんなで鍋を食べ、そしてお腹が満たされたところで女性お得意の「別腹タイム」が始まった。「甘いもの」の時間だ。

その時───

「これ、知ってる?」

そう言って一人の友人女性がみんなの前に出したのは「はちみつ紅茶」のティーバッグだった。

「知らない」
「見たことない」 

私を含めた三人はそう答えた。

「これ、すっごく美味しいよ」
「そうなの?じゃ、飲んでみよう!」

早速、お湯を沸かして飲んでみた。すると、

「ホントだ!」
「ちゃんと、はちみつの味するね」
「甘くておいしい!」

確かに美味しい。そして、はちみつ紅茶のティーバッグを持ってきてくれた友人女性はこんなことを話し始めた。

「これ、ウチの実家じゃハミチチって言うんだ」
ハミチチ!?

友人女性にはおいっ子がいて、そのはちみつ紅茶が大好きな甥っ子は、はちみつと言えず、ハミチチと言ってしまう。それを面白がって、周りも「はちみつ紅茶」を「ハミチチ紅茶」通称「ハミチチ」と呼んでいるという話である。

確かに小さな子は舌ったらずで、フルーツがフルーチュになったり、トウモロコシがトウロモコシと、言葉の並びがちょっとおかしくなったりする。

そんな微笑ましい甥っ子ちゃんエピソードを聞きながら、みんなで「ハミチチ」を飲み、ほっこりした気分で解散となった。

翌日。
すっかり「はちみつ紅茶」に魅せられた私は、「はちみつ紅茶」に他のフレーバーがあることを知り、早速、レモンティーフレーバーとフルーツティーフレーバーを買った。

そして後日。
前回の鍋を囲んだ参加者女性の二人と出かける用事があり、その後お茶をすることになった。近くによさげなカフェなどがなかったため、私たち三人はファミレスに入った。

三人でボックス席に座り、落ち着いたところで、私は二人の前に「あるもの」を差し出した。それは───

先日の鍋を囲む会のときにみんなで飲んだ「はちみつ紅茶」、その別フレーバー二種類である。

私は目の前の二人に、その別フレーバーについての解説をしつつ、二人に二種類のはちみつ紅茶のティーバックをプレゼントした。

「ありがとう!」
「超楽しみ!」

ここまではよかった、のだが・・・そのあと二人が「ある質問」を私に投げかけたことで、その場の空気は一変する───

「まるおさんは、どっちのハミチチが好き?」

一瞬、時が止まった。いや、そう思った。というのも、近くの席の人や、たまたま私たちの席を通り過ぎようとした人の動きが一瞬だけ、本当に止まったからだ。

「どっちのハミチチが好き?」

私たち三人にとっては「はちみつ紅茶」についての話であって、私がレモンティーかフルーツティーのどちらのフレーバーが好きかを訊かれているだけである。

しかし今、私たちの周りにいる「見ず知らずの通りすがりの人たち」は、ハミチチという言葉がはちみつ紅茶を意味していることなど知らない。

「ハミチチ」がなぜ「はちみつ紅茶」なのか、その歴史的背景や事情を知らない人たちからしたら、二人の女性が目の前の男性である私に、

「どっちのハミチチが好き?」

と訊けば、それはおそらくこんな風に聞こえるはずだ。

「私たち女性二人のどっちの『はみ乳』が好き?」

周りの人たちの頭の中では「ハミチチ」は「はみ乳」であり、エロいオッサンが二人のはみ乳を日々愉しんでいる妄想になってしまっているだろう。

しがないオッサンが、二人の女性のはみ乳をもてあそんでいる。

日替わりで二人の女性のはみ乳を弄ぶとは何て奴だ!

周りのその冷たい視線に、私は思わず、

「違う違う、そうじゃ・・・そうじゃない!」

頭の中でその言葉を反芻はんすうしていた時、私は完全に鈴木雅之になっていた。

そして引き続き、私は周りの視線に無言で反論する。

「私をそんな目で見ないで下さい」
と思いながら反面、
「ちゃんと私を見てください!私が女性二人のはみ乳を弄ぶような、そんな奴に見えますか?」
という気持ちもある。

「見ないで下さい」
「いや、ちゃんと見て下さい」
「いや、やっぱり見ないで下さい」
「いや、やっぱり見て下さい」

まるで「揺れるオトメ心」である。さらに追い打ちをかけるように、

「まるおさん、どっち!」
「どっちのハミチチがいいの?」

目の前では二人の女性が無邪気に、好きなハミチチを私に訊いてくる。私の気も知らないで。

私は観念し、うなだれながら答えた。
「・・・甲乙つけがたいです」

その答えに周りの人はきっと、改めて私を変態クソ野郎だと思い、軽蔑したことだろう。ただ───

唯一の救いは、そのファミレスが家の近所ではなかったことだ。

私はそのファミレスを即、一方的に出禁にした。それが私のせめてもの抵抗だった。

それもこれもすべて「ハミチチ」、いや「はちみつ紅茶」のせい。

子供の無邪気さは時に、悲劇を招くことがある。きっと、世のお父さんやお母さんも一度はそんな経験をしているのではないだろうか。

くれぐれも言っておくが、私は変態ではない。ただの紅茶好きなオッサンである。

ただ・・・

そんなトラウマを抱えながら、私は今日もはちみつ紅茶を飲んでいる。そこには「はみ乳」、いや「ハミチチ」の魅力にあらがえない私がいる。

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