見出し画像

スケッチ「表情カードお披露目会・前編」より

登場するボタンズたち

ホダラ&セサミ

ダブレット・ディーレット

ジュリ・ロマンス


本文

 君は本当に、よく分からないな。

 そのながーい首をぶんぶん振り回したって、その意味をくんではやれないよ。なにしろ首が短いからね、僕は。
 足ぶみしてもだめだ。よろこんでいるのか、おこっているのか、はたまたもっとこんがらがった気持ちなのか。間違われたら君もいやだろう?

 言葉にしてもらうのが一番手っ取り早いけど、私はいまだ君の声を聞いたことがない。……いや、言葉にしてもどうだろう。
 どうせみんな心のままに、言葉を相手とぶつけ合うんだ。僕はそうする。で、ぶつけられた言葉の意味がなんだかよく分からなくてもやもやするんだ。僕はそうなる。

 そう考えると、君も他のボタンズとそう変わらないか。
 うん、答えは出た。

 心にふたをしたら狂ってしまうのはお互い様だろう、気にせず、よしなに付き合っていくのが吉ということさ。なあに、間違ったらけんかすればいい。

 さて、なんだったけな。ああ、そうそう。

 ここのはすべて僕のだ。針一本だって持っていくことは許さないよ。その上で、君のその背中に刺さっている針。それをくれないかな。返し縫いに良さそうなんだ。……だめ? 残念だ。

 ……その格好はなんとなく想像がつくぞ。ふてくされてるか、落ち込んでるかだ。今までの話に何をそんな真に受けたのか分からないけど、あるとするなら、まぁここかな。

 君、意味がわからないとは言え、ホダラほどではないよ。そこまで落ち込まなくていい。

 ……違う? そうかい。君は本当に、よく分からないな。

ーーとある裁縫師の言葉

「ホダラを連れてきたよ」

 工作に没頭していたセサミを現実に引き戻したのは、工房の入り口から聞こえるダブレットの声でした。気づけば採光窓から入っていくる光は橙色をとおに帯び、その明るさを失ってきていました。

 セサミは声を上げ、工房へ入るよう促すと、手早く道具の後片付けに入ります。いつもならば、ここから更に根を詰めて工作していくところですが、お客が来た以上、貴重な「電気」を使ってまで作業を続けようとは思いません。

 ーーりりん。

 片付けのさなか、セサミの知らない音が響きます。工房の隅々を探検しようとする風の子供のような、澄んだ鈴の音でした。

 こんな音を発する道具は工房にはありません。ですからセサミはぴんとkました。お客さんの誰かが鳴らしたのです。セサミは片付けもそこそこに、工房の入り口へと向かうことにしました。

 果たして、見知らぬ音の持ち主は、これまた見知らぬボタンズでした。

 液体のりのような、固まりかけた樹液のような半透明の体をもったボタンズで、針金を曲げて作った口が帽子の下、顔と思われるところに浮かんでいるのでした。
 体を完全に隠してしまうほど大きく、角張った革のカバンを四本の腕のうち三本で前抱えにしながら、セサミの工房を物珍しげに観察しています。
 そして、残った一本の手を振ると、

 ーーりりん。

 正体は取手の付いた鈴ーーハンドベルでした。

「おや、いつもより早いじゃないか。ははん、さては工作が行き詰まったな。気持ち半分も入り切らずに頭でもかかえていたんだろ」
「セサミに限ってそんなことがあるわけなかろう」

 ダブレットの軽口にホダラが真面目に答える姿も見慣れたものです。彼らは勝手知ったるといった様子で、入り口近くに転がっているクッションを手繰り寄せて、そこに腰を落ち着かせていました。

「片付けをほっぽってきただけだって、ほら、音がしたから」
「ほらみたことか」
「知ってるけどさ。つまんないな」

 クッションはホダラの恰幅の良い丸い体と、ダブレット、そして彼のパンパンにはち切れんばかりのカバンとでいっぱいいっぱいです。

 仕事用のカバンがここにあるということは、探し屋たちのために用意した家にもよらず、真っ先にここに来たのでしょう。ダブレットの行動から遊びや余白がなくなるのは、ホダラが一緒にいるときの特徴です。

 セサミは小さな体を活かして、彼らの間に出来た狭い隙間に座る場所を見出すと、そのまますっぽりと収まりました。

 そんな一連のやり取りに気づいた様子もなく、見知らぬボタンズは時折ハンドベルを鳴らしながらきょろきょろしています。

 トタンの屋根の下、巨木を支柱に様々な材質の板を継ぎ接いで作られたセサミの工房は、屈指の道具博覧会場でした。壁に、床に、山と積まれた工具箱に、道具が所狭しと整えられています。形状からは用途の分からないものや、一見道具とすら思えないようなものまで。

 セサミの発明品や失敗作も含めて、それはもうたくさんあります。

 初めてこの工房に訪れたボタンズの反応は似たりよったりです。セサミとしても慣れたもので、興味の火が落ち着くまで待つという器量を示せるようになっていました。
 とはいえ、この見知らぬボタンズ。ぶつくさ独り言を唱えつつ、その視線はあまりに熱心で、いつまでたっても帰ってきません。流石にちょっとじれったくなってきたセサミ。

 それ以上に、話しかけたくてもセサミが目線を合わせてくれないので、場を読んでそわそわしていたホダラが、我慢の限界を迎えた様子です。
 埒が明かないので、セサミは一仕事終えてくつろぎ気分に浸っているダブレットへと視線を向けました。

「ダブリー」
「ん、なんだい?」

 ダブレット、かなりの間を要した後、拳をぽんと手のひらに打ち付けると、見知らぬボタンズに近づいていき、おもむろに体を突っつきます。それだけで、驚くほど簡単に事は済みました。

 ーーりりりん。

 体の輪郭を面白いぐらいに歪めながら、ダブレットに向き直り、ついでセサミたちの座っていうクッションへ。そこで一度、鈴を鳴らすと「ごめんなさい、ぼく、夢中になっちゃって」と言いました。

「ジュリ・ロマンス。探し屋の門戸を叩いた新参だけど、これが結構筋が良くてね。俺の苦手とするものがむしろ得意っていうもんだから、最近は一緒に仕事することが多いかな」
「ジュリ・ロマンス。です。えっと、あの。……ジュリでも、ロムでも、気軽にどうぞ……」

 尻すぼみに弱々しくなるジュリの言葉は、彼がカバンを持ち上げて顔を隠すのと同時に消え入りました。

「顔覗きこんでみな? もっとビビって、最後にはカバンの中に閉じこもるから。コイツ。すごいぞ、カタツムリみたいなんだ」

 茶化すダブリーに、たじたじのジュリ。
 なんでベルを鳴らすのか、とか。なんで探し屋になったのか、とか。色々聞いてみたいことはたくさんありました。
 でも、変に言葉をつなぐとほんとにそうなってしまいそうな雰囲気をセサミは感じて、この場では「セサミ。よろしく」と言うに留めました。

 さて、とセサミは姿勢を正し、先送りにしていたホダラに向き合います。ホダラの所作が、にわかに喜色を帯びました。

「もう良いのかい? では早速だが」
「戻るつもりはさらさら無いよ。あの街はもう自分の居場所じゃない」

 その喜びはすぐさま霧散して、あとには動きを止めるホダラが残ります。回復までに時間を要してしばらく、ホダラは首から下げたカードの束を持ち上げました。
 その中から一枚を無言でセサミに見せてきます。への字の、飾り縫いの詳細にまで込み入ったボタンズの口の模写でした。それが自分の口であることをセサミは知っています。
 その意味するところは確か「なくしてしまったとまどいと、居場所になれなかった不甲斐なさ。それでも出会えた嬉しさが混じりあったもやもやした気持ち」だったかとセサミ。

 セサミがカードを見たことを確認すると、ホダラは満足げに頷きます。

「今日はその事で来たのではない。いや、それももちろんあったのだが、少なくとも今は違う」

 相変わらず、自分の気持ちをカードであらわして、言葉足らずに切り上げてしまうホダラでした。けれど、これでも良くなったほうなのです。
 今は、カードの意味を知る機会がありますから。

 カードをしまい、ホダラはついで懐から包みを出してセサミへと手渡しました。
 包みを開いて、セサミ。「ああ、これなら戻ろう」と考えをころりと変えます。けれど仕方ありません、これはさっきとは違い楽しい行事への誘いです。

「今度は誰だろ。楽しみだ」

 ホダラの表情カードお披露目会。その招待状でした。

文:かめ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?