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万感 最後の「焼尻めん羊まつり」

 強風によるフェリー欠航、イベント中止が予想されても、最後の「焼尻めん羊(よう)まつり」の開催を祈り、札幌からギャンブルスタートを切った。究極のジンギスカンを食べ納めた〝羊をめぐる冒険〟。大雨に見舞われたものの、長く記憶に残るであろう思い出となった。


 きっかけは6月の新聞記事だった。「人手不足を理由に、羽幌町が8月末にも焼尻島のめん羊牧場を閉鎖する」とある。「それなら、8月の『めん羊まつり』も今年で最後か」。ほどなくして、予想通りの記事が掲載された。
 出荷頭数の少なさから「幻の羊肉」と呼ばれる焼尻島のサフォークラム。初めて味わったのは大学時代だ。まつりの会場では当時、丸焼きをケバブのようにそぎ落とし、一皿500円で販売していた。かみしめると口いっぱいにうま味が広がる。「塩分を含んだ草を食べているから、ほんのり塩味がするでしょう」と主催者。半信半疑だったが、焼尻サフォークの別称は「プレサレ」。フランス語でプレ(牧草地)・サレ(塩味)との意味で、大西洋に面したブルターニュ地方で育てられた羊と同じ味わいであることが由来だという。おそらく塩コショウで味付けはされており、それが僕の誤解を招いたのかもしれないが、今思えば正しい情報を伝えようとしてくれていたのかなと思う。
 その数年後、社会人になってから訪れた時は、羊の丸焼きはなくなり、1皿150グラムで1000円のラム肉を買い求め、おのおの焼いて食べる形に変化していた。


 約20年ぶり3回目となる今回は、4日から6日にかけて、道北の日本海側で警報級の大雨が降るとの予報。前日に焼尻島へ渡り、めん羊牧場隣りのキャンプ場に泊まる計画だったが、町役場に問い合わせると「フェリーが欠航するとイベントが中止になるどころか、島からも戻れなくなってしまいます」。大学の同級生3人で導き出した結論は「羽幌まで前進して待機」だった。幸いフェリーターミナルには24時間トイレも併設。「きょうだけは泊まっても怪しまれないだろう」と、車中泊と、ターミナルの軒先にテント設営の2手に分かれて眠りに就いた。



 真夏日が続いた北海道は一転、肌寒いほど涼しくなり、雨にも当たることなく快適な朝を迎えられた。と思ったのもつかの間、バケツをひっくり返したような豪雨が港を襲った。出航の2時間ほど前から続々と集まってきた旅客が気をもむ中、午前7時すぎには「全て通常運航です」とホワイトボードに表示が。まつり決行が決まった瞬間でもあり、みな一様に胸をなで下ろす。北海道では昨年、悲惨な水難事故が起きたばかり。運航会社も難しい判断を迫られただろうと推察した。
 満員のフェリーは、利用者がいなかった1等室が開放され、快適な船旅となった。雨の中の接岸となったが、運営ボランティアの方々が温かく出迎えてくださり、気分は一層高まった。


 会場では今年、ラムのロース肉(150グラム1000円)に加えて、新たに生後12カ月以上24カ月未満のホゲット、2歳以上のマトンの計3種類が用意された。ラム肉は前回開催の4年前から200円割り引き、ホゲット・マトンは200グラム500円という謝恩価格。1人1皿の制限も撤廃され、牧場を丸ごと味わい尽くすイベントとなった。


 マトンといえども臭みが少なく、滋味があふれる。ラムはまったくクセがなく、とろける味わい。いずれも脂の良質さが際立つ。焼き野菜に、帆立ご飯も買い求め、五臓六腑(ろっぷ)にしみわたるブランチを堪能した。
 雨が勢いを増す中、昼前には高速船が島に到着。さらにお客さんは増える。本来は夕方のフェリーに乗り込むつもりだったが、天気が回復する兆しはない。午後1時過ぎの船にキャンセルが出たことから、旭川から訪れた大学生3人組に焼き台を譲り、予定を早めて帰途に着く。船に乗る間際、土産に肉1キロほどを買い求め、札幌へ戻った。
 船内では島の観光に関するアンケートを求められた。「『幻の羊肉』がなくなった来年以降、焼尻島に行く機会があるだろうか」と思いを巡らせた。牧場は、町営からいったん、指定管理者制度に代わったものの、トラブルが起きて再び町営に戻した経緯があると聞く。ならば、再び民営化の道を探れないものだろうか。世界に誇れる「日本の宝」とも言える羊肉が途絶えてしまうのは、あまりにも惜しい。

追伸:9月14日の新聞に、めん羊牧場が民間に無償譲渡されるとの記事が掲載された。「幻の羊肉」が存続することになり、とても嬉しく思った。一般の人も口にする機会ができるよう、民営化後も祭りが継続されることを望んでいる。


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