「洋邦問わず」解決編

 キンモクセイのニューアルバム、「洋邦問わず」が2024年2月14日、無事発売となった。これがとんでもない傑作だったので文章に認めようと思って念入りにリスニングしていたところ、体感的に2秒だったのがいつの間にか2週間もの時を経ていた。現代の玉手箱、それが「洋邦問わず」。

M1 Smile
先行配信されていた、「二人のアカボシ2.0」的雰囲気を持つムーディな一曲。インスピレーション元はBrian Wilson…ではなく、Marlena ShowのFeel Like Makin' Loveと明かされており、「洋邦問わず」の洋サイド。夜の雰囲気は共通するものの「二人のアカボシ」が持っていた若さ故の疾走感は無く、ジャズ、フュージョン的な方向性で、よりアダルティック。これを先行で切ってくるという時点で過去のキンモクセイとは大分方向性の異なる路線のアルバムになるのだろうなという予想はしていたのだが、まさかカラスの屏風がジャケットになるとは思わなかった。まぁ、YMOのジャケットも屏風になりましたからね。歌詞は前向きではあるものの寂寥感漂っており、若干ヤケクソ感がありエネルギーが外に向いていたアカボシに比べて内省的で良くも悪くも大人になった感がある。

M2 君のくしゃみ
割と初期にライブでメドレー披露されていた邦サイドのアップテンポな一曲。00年代中期くらいのJ-POPヒットチャートのテイストで、ストリングスをバリバリに詰め込んだらYUKIが歌ったら合いそうだなあと思っていたら作曲HALIFANIEで納得。70-80年代へのリスペクトが根底にあったキンモクセイにしては随分近年の雰囲気に寄せてきたなと思ったが、よく考えたら20年弱くらい前なので2001年にメジャーデビューしたキンモクセイが80年代へ向けていた眼差しと距離感的には同じなのだと気づいて時の経る速さに白目を剥いた。歌詞は写真のAI補正やAIボーカルに言及していて時代性があり、こんな歌詞を書くんだなとビックリ。そのうち仮想通貨の歌とか出来るかもしれん。あと、AIにアルバムレビューを書かせるなということですね。

M3 ときめきをもう一度
Stevie Wonderみたいなミドルテンポで軽快に跳ねた譜割が印象的な洋サイドの一曲。この曲はリズムが全てだと思う。"Give me one more! もう一度!"とか一度聴いたら口ずさみたくなるもんね。これも歌詞の方向性としてはM1 Smileに似ており、割とフィクショナルであったM2 君のくしゃみとは異なり伊藤俊吾のリアルタイムな心情が反映されていそうな印象を持った。それにしてもこのアルバム、曲順が良い。

M4 モラトリアムからサナトリウムまで
サナトリウムなんて文字をキンモクセイの楽曲で目にすることになるとは思わなかった。QueenのAnother one bites the dustをスラップで煮込んだような千ヶ崎学の印象的なイントロで始まるアルバムで最もハイテンポな邦サイドの一曲。当初ボカロ風を目指したということだがAメロの熟語多めの歌詞やピコピコしたシンセはその名残を感じる。演奏は流石のタイトさでフュージョン的でさえあり、ソロでは後藤秀人がバリバリに弾きまくっており大変カッコよろしい。更にその後藤秀人作曲というのがかなり驚いた曲でもある。スタジオミュージシャンは引き出しが多いな。曲とは関係ないのだがキンモクセイは一度だけでいいので配信限定とかで良いのでHR/HM曲を作ってくれんか。速弾き後藤秀人の上で朗々と歌い上げる伊藤俊吾が聴きたいのじゃ。ヘビメタ老人会からのお願いじゃ。

M5 烏兎匆匆

(うとそうそう)月日のたつのが早いさま。

デジタル大辞泉より

読めるかっ……!こんなもん……!あと誰だよDavid Bowieとか言った奴は。
レコードでいうA面終曲。今回のアルバムはトータル40分程度でレコード化しやすそうだと思っていたがそういう計画があるそう。これまでのアルバムに入っていてもおかしくない、キンモクセイお得意(?)の流麗なポップスで、邦サイド。伊藤俊吾作曲かと思いきやまたもや後藤秀人作曲。噛めば噛むほど味が出る、それが秀人。ジャケットのカラスの伏線をタイトルで回収している。歌詞はM1やM3の流れを汲んでいる印象だが、より一層幻想的な風景である。
※追記:ライブMCによるとJames Taylorを意識して作曲されたらしいとのこと。バリバリ洋サイドでした。

M6 4人はキャンドル
キンモクセイというバンドの中で音楽性として割とロック番長的な立ち位置にいる印象の佐々木良作曲、奥田民生の「リー!リー!リー!」みたいな直球The Beatlesオマージュソング。勿論洋サイド。思えば「東京タワー」でもThe Beatles風コーラスを披露していたが、ここまで直球ではなかった。歌詞は語感優先で、この先の「強引にLOVE」の伏線っぽい。Help!よろしくイントロ無しで突っ込むのも最高だし2分台前半でサクッと終わるのも潔い。何よりThe Beatles風を意識し過ぎてわざとマスタリング上で音質を劣化させてまでいるのは恐れ入る。このアルバム、滅茶苦茶ハイファイなのにね。ただこの曲を凄くハイファイに聴かされたら違和感凄そうなので気持ちは分かる。

M7 いつもの朝に
あれ、Jack Johnson聴いてたんだっけ?爽やかすぎて気を失うところだった。小刻みなリズムギターが心地いい洋サイドの一曲。ここまで朝がテーマっていうのはキンモクセイで今までありそうで無かったような気がする。中盤以降鍵盤が存在感を増してきてテンポアップしソロに傾れ込む→コーラスの流れは白眉。アウトロもワンコードでスパンと終わるのが気持ちいい。何気にたっぷり4分以上あるのだが胃もたれせず、ついついおかわりしてしまう一曲。

M8 強引にLOVE
はい出ました。桑田佳祐やマキシマムザ亮君に延々と受け継がれてきた逆空耳歌唱法を駆使した洋サイドの一曲。聖飢魔IIもやってたな。トラックはどこか初期の矢野顕子みたいな印象でオリエンタルな雰囲気のシンセリフが耳に残る。余談だが郷ひろみに「強引LOVE」という曲があるのだが、その曲を聴いてから(歌詞を読んでから)この曲を聴くと、郷ひろみに説教している感じになります。

M9 かくれんぼ
邦サイド。M5同様キンモクセイ流エバーグリーンポップス。キンモクセイはこれまでも割とアルバムの終わりから2曲目にメロディの強度が異常な名曲を配置してきた印象があり(「少年の頃の思い出」「ひぐらし」や「グッバイマイライフ」など)、この曲もそういう立ち位置ではないかなと。なので編曲が極めてシンプルでも歌でぶん殴れば成り立ってしまうのだが、この曲は間奏で楽器隊のせめぎ合いが聴け、一粒で2度美味しい。ただしそのパートが終わると曲自体もすぐに終わってしまって少し物足りない。いいメロディなのでもっと聴きたかった。いやほんと、メロディのパワーで言えばアルバムで一番だと思う。
※追記:ライブMCによると、Carole King"Tapestry"に入ってる感じを目指したとのこと。聴いてて全く意識しなかったが、確かに鍵盤の感じ、特に2:09〜辺りはCarole King感ある。これもバリバリ洋サイドでした。

M10 この世の果てまで
これも邦サイド。世界の終わりみたいなタイトルだが曲はエキゾチック、細野晴臣の残り香がして、なんというか歌詞も含め、脱退した白井雄介へのメッセージを感じてしまった。「本当のあなたがほら見えたのならそれでいい」って……ねえ?涙ちょちょぎれますよ。アルバム総じてそうなのだが、この曲もアウトロの切れ方が美しい。

 前作はメジャー流通の割に好き勝手趣味に走りました的な雰囲気があり、それはそれで良かったのだが、今回はかなり「開かれた」アルバムの印象が強く、これまでのファンだけでなく万人に勧めたくなる。復活後の一時期、ある種大衆に向けて開いていくことは二の次にしていたキンモクセイが再びこういった方向性になったのは後輩であり盟友のGOOD BYE APRILとの交流が結構大きい役割を果たしたんじゃないかと邪推した。音楽性から言ってこれまでの音楽的交流といえば遥か先輩の年代が多かったキンモクセイが、ずっと後輩で、しかも自分たちの音楽を聴いていた世代と音楽的に密な交流を行えばそこから得られた刺激は相当なものがあったんじゃないかな、それこそまた開いたアルバムを作ろうと思えるほどに。

 また和洋折衷、すなわち洋楽から邦楽のグラデーションの真ん中あたりを狙っていたキンモクセイが「洋邦問わず」……すなわちグラデーションの左端や右端の方まで、より楽曲のレンジも「開かれて」いて、ここにきて更に進化してしまうのかとこの先が楽しみにならざるを得ないアルバムだった。
 あとAIにアルバムレビューを書かせるな。それが教訓です。


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