見出し画像

失恋

もう10年以上前、
麻美と僕は
ふとした事がきっかけで
付き合うようになった。

明るくてかわいらしく
上品な猫のようだった。

当初はいつも
お互いを見つめ、喜び、
楽しい日々を過ごした。

幸せだった。

しかし暗雲が立ち込めてきたのは
1年ほど過ぎたころだった。

ある事が気になるようになったのだ。

それは
彼女が色々な男性と
夜な夜な飲みに行くことだった。

最初は
そんなものかと
気にしないようにしていたが
ある日、目にしてしまった。

桜の花咲く夜の公園で
酔っ払って男に腰を抱かれて
歩いているところを。

その時、
激しく嫉妬してしまったのだ。

彼女からすれば、
その男性はただの飲み友達。

しかし、
僕は胸をかきむしられるような
思いになってしまった。

ただ飲みに行っただけじゃないか!

違う!

あれは行き過ぎだ!

そんなことはない!

彼は友人だ!

互い違いの思いに
思考回路がパンク寸前だった。

気付くと時計はてっぺん付近だ。

麻美!

声をかけると彼女は
甘えて来る猫のように振る舞った。

とりあえず泥酔した彼女を
家まで送って帰った。

男性は酔ってる麻美を家に
送り届けようとしてくれていた
との事だった。

次の日以降、
僕は気持ちを何とか落ち着かせ
仕事をしていた。

仕事もはかどらないし
何よりも食欲がなかった。

あの腰を抱く行為。

男女の関係性がなければ
あんなことは出来ないはず。

僕の思考は悪いことに
マイナスに働いた。

するとLINEが彼女から入った。

『ただゆきくん、
金曜日みんなと一緒に飲みに行かない?』

僕は迷った。

彼女のホームで
完全なアウェイな僕にとって
その飲み会に行くことは
興味半分、辛さ半分だった。

『いいよ』

僕は誘いに乗ってしまった。

春とは言え
まだ夜は寒かった。

お互いの仕事を終えてから
バーバリーを羽織り
待ち合わせした。

そして彼女のホームである
飲み屋に向かった。

大阪西区の新町は
ちょっとした大人の飲み屋が多く
サラリーマンやOLなどで
賑わっている。

東京で言うところの
麻布に近い感じだ。

その中のポツンと
光る薄黄色い明かりの中に
入ったのだ。

常連で賑わっている。
男女数人がすでに酔っ払っている。

初めまして。

僕は周りの人たちに挨拶した。

とりあえず皆んな大人の対応は
してくれている。

テーブルのコーナーに
2人で押し寄せられ逃げ場もなく
ビールが注がれていく。

乾杯の音頭は麻美が取った。

彼女の存在感が増した。

数秒でコップを空にした。

ビールは矢継ぎ早に
注がれていく。

麻美ぃ〜
遅かったやん。

ごめん大ちゃーん!

と彼女は大ちゃんなる男性と
軽くハグをした。

なんか自分が
場違いな人間に感じた。

と同時に
やはり嫉妬心がむくむくと
顔を出してきた。

このコミュニティでは
彼女は皆んなのもの、
僕が独占するのは
違うような感じがした。

腹が立って
ビールをどんどん追加した。

あっという間に
大宴会のようになったのだ。

男性7名、女性3名の
このコミュニティは
以前からの飲み仲間だった。

男女入り混じって
とても品のある飲み会という
感じではなかった。

そこにポツンと1人、
僕が入ったのだ。

周りの顔が赤らんでくると
茶化しが入ってくるようになった。

お似合いだね!
ナイスカップル!
結婚するの?

酔っ払いは手に負えない。

いやいや、どうもです。

適当にあしらっていると
彼女がトイレに向かった。

時間差で仲間の男性が無言で立ち上がる。

僕は騒ぎながら
気が気でなかった。

全然楽しくないのだ。

コップに今度は日本酒が
注がれると、
昔話に花が咲いた。

僕にとっては
何の共感もない彼らの思い出話に
付き合わされるのだ。

苦痛だな。。

そう思ってふとトイレに
目をやると
僕の彼女と先程立ち上がった男性が
トイレの仕切り越しの死角で
麻美にキスをしたのだ。

彼女は上向きになって
男性と少しの間見つめ合った。

え...

見間違い?!

時間が止まった。

いやそんなことはない。

麻美ぃぃ!

僕は彼女に駆け寄った。

男はバツが悪そうにして
トイレに入った。

麻美は酔っ払って僕に言う。

ただゆきくーん
私とキスしよ?

また泥酔している。

僕は血管がちぎれそうだったが
騒ぎを起こすわけにいかず
鬼神の目で彼女を見つめた。

ただゆきくん怒ってるの〜?

誰がどうみても
怒ってる僕のそばに
友達の女性がごめんなさいと
麻美を抱き抱えて
店を出た。

立ち尽くす僕は
財布からお札を抜いて
机に叩き置いて店を出た。

盛り上がってる場が
一瞬引いていた。

麻美の友人が僕に言う。

ただゆきさん、ごめんね、
あとは任せて。

最早千鳥足の麻美は
ただゆきく〜ん
と何も分かってない様子だった。

僕は無言でその場を去った。

こういうのを天然というのだろうか?

いや、違う。

彼女と男性の距離感の近さに
僕は憤怒しているのだ。

天然は関係ない。

翌日から
麻美の連絡に
そっけなくなってしまった。

妬いてるなんて言いたくない。

ましてや
彼女の行動は
男女の付き合いの中で
常軌を逸している。

僕は麻美を許せない日が続いた。

一カ月を過ぎた頃には
お互い言い合う喧嘩が増えた。

別れ話になってやり直して
の繰り返しだった。

その間、
僕が1人で悶々としている中
彼女は飲みに行くことをやめなかった。

俺のこと好きでいてくれるなら
あんな飲み会に行かないで欲しい。

この一言が言えなかった。

意地を張っていたんだと思う。

彼女の方から言って欲しかった。

私飲みに行くのやめるね。と。

あのコミュニティには
元彼や体の関係があった人たちが
いるのことは麻美の友達から
こっそり聞かされた。

なんでわざわざそういう事を言うのか
耳を疑った。

喧嘩は続き、
やがて2人の関係に
亀裂が多く入りすぎて
二人の関係の透明度は低くなった。

と、いうより
彼女が僕のことを冷めて
しまったらしい。

梅が散り、
桜の蕾が膨らみかける頃になると
僕は別れを告げられた。

ただゆきくん
ごめんね。

冷たいビル風が体を覆う。
つい体がくの時になる。

こういう時、
男性は情けなくなる。

これはただの意地っ張りだ。

別れたくはないよ。

本当にごめんなさい。

こんなやり取りを
しばらく続けた。

するとどうだろう。

気持ちが冷めるどころか
麻美への熱を帯びる一方だ。

なんてことだ。

別れを告げられても
簡単に諦めたくはなかった。

しかし現実は違う。

彼女の心の中に
僕はもういないのだ。

麻美はごめんなさいの
一点張りだ。

とうとうこちらが折れた。

分かったよ、別れよう。

お互いのルームキーを返して
僕たちは終わった。

僕は新町に住みつつも
新町の飲み屋街には
近づかないようにした。

会えない日が続くと
何はさておいても
彼女のことが浮かんでくる。

この厄介な気持ちは何だ!

消えてくれ!

毎日ワインを
ガブ飲みして寝てしまうという
荒れた日が続いた。

体重はみるみる落ち、
頬がコケ始めた。

食事が喉を通らないのだ。

スーツはダボダボになって
格好が悪く、無様で
見た目にも不健康だった。

悔しかった。

苦しかった。

たった1人の女性に溺れて
こんなになるなんて。

週末ごとのサーフィンだけが
癒やしだった。

そんなある日、
ついついと街に誘われて
1人で飲み屋に入った。

するとあの宴会にいた時にいた
女性友達がいた。

僕に気付くと
申し訳なさそうに
僕に近づいてきた。

ただゆきさん
あの時は改めてごめんなさいね、
あの子酔っ払うと毎回
あんな感じになってしまうんですよ。

あのおしゃべりな女性だ。

僕は黙っていた。

と言うことは
今までの麻美の彼氏もこの事に
悩んでいたのだろう。

いいえ、もういいんです。

そう答えるので精一杯だった。

あの子、あの時ただゆきさんを
皆んなに自慢したかったみたいで。

...。

そうでしたか、すみません。

場を悪くしてしまいました。

いいえ、
いつもあの子ただゆきさんのこと
自慢してたんですよ。

もう大丈夫ですよ、
ホント大丈夫。

諦めつきましたから。

僕は嘘をついた。

軽く会釈して店を出た。

公園は葉桜さえ散り、
新緑の芽が出ていた。

体の力は抜け切っている。

心も大分落ち着いた。

麻美を好きになったことは
間違いない。

きっと麻美のことは
将来は忘れるだろう。

でもどうしてかな。

桜のある公園を夜歩くのは
いまだに苦手なままだ。

間もなく春が来る。

何とも言えないほろ苦い
思い出だ。

あれから随分経った。

あれから僕は引っ越して
お互い全く違う道を歩み、
僕は幸せになった。

でも梅が咲き、
桜の蕾が膨らむ頃になると
胸が少しチクチクした気持ちになる。






この記事が参加している募集

忘れられない恋物語

今こんな気分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?