見出し画像

ルーティン

8月に会社を辞めてからしばらく、日常の新しいルーティンを構築することを模索していました。
午前中はインスタに上げる画像の編集作業をしたり、株式市場の動向を偵察したり、午後は家事をしたり読書をしたりしていました。
でも概ね時間を持て余していて、「こんなことしてていいのかな〜」なんて気分になっていました。

それから数ヶ月が過ぎ、当時のルーティンのほとんどは継続していません。
インスタは写真を見栄え良く加工したり、文字数少なくキャッチーな文章を考える作業が段々苦痛になってきて、現在は休業状態。
株取引は、1週間程度のスイングトレードを心がけていましたが、度々株価をチェックしたり、相場のアップダウンに振り回されるのが苦痛になってきて、現在は積み立てと、放置気味な長期保有株のみに。。。

我ながら根気がないな〜と思いつつ、でも自分の得手不得手をぱっきり見極めてるとも言えるかもしれません。

そんな訳で、今はルーティンと呼べるものがありません。
いや、もちろん洗濯物を干したり、食事を作ったりと、日常を維持するルーティンはあるのですが、何か社会性や将来性を持ったルーティンがないということです。

社会的な属性がない。つまり無職という状態は、想像以上に心もとないです。
多分何かの「型」にはまりたくて、ルーティンという名の在宅勤務をしてたのだと思います。

で、最近はどんな風に過ごしてるかと言うと、何やかんやと出掛けることが多く、ルーティンをこなしていた頃より、自宅にいる時間が少ないです。
でも過ぎてみれば、1日何をやってたのか思い出せず、家でのんびり過ごせない状態に、若干パニックを起こしそうですσ(^_^;)
こんな風に「何をやってたかわからん」まま、月日が過ぎてしまうのって、こわいっす!

ひとつだけ確実に増えているのは、こうやって文章を書く時間だったりします。
自分にとって無意味だったルーティンタイムが、書く事に置き換えられた感じでしょうか。 
ただ在宅ルーティンとは違って、書くことはいつでもどこでも、出かけていても出来るので、隙あらば何かをしたためています。

会社を辞めてから、周りからは「もっと楽しめ」言われますが、一体自分にとって、何が楽しいことなのかわからず、「楽しむ」ということに追い詰められている気がします。

でも、なんかアホ文を書いてる時は、不安とか苦しい気分とかはないので、どうやら書くことは、楽しいようです。

☆おまけ

とろろアボガドマグロ丼食べながら、これを書いていました^_^
とろろ、うまし!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?