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boygenius “Not Strong Enough”、天使のままで生きること

「同性婚によって社会が変わってしまう? おー、いいじゃん、いいじゃん、変えたれ!こっちは社会を変えることを目的にしてるんだから!」Phobe Bridgers

1st EPから5年。Julian Baker、Lucy Dacus、Phobe Bridgersによるトリオboygenius待望の1stフルアルバム『the record』がリリースされた。

Pitchforkに代表されるインディ・ロック界隈において、17歳でappleのCMに出演するなど華やかなルックスと機知に富んだ発信などもあって顔が知られていたPhobeを中心に、それぞれが新進気鋭のシンガー・ソングライターとして一枚看板を張っていた3人の顔見せ興行的要素が強かった前作から、その才能に見合うように3名それぞれが大きくキャリアを伸ばし、20代後半としての人間的成長も経てより自然に大らかに個性が溶け合って、『the record』は2020年代USインディの最良の結晶として、眩しく輝く傑作となっている。

3声ハーモニーのアカペラ『Without You Without Me』で開巻、すぐさまJulianのヘヴィなギターリフが出発を告げる『$20』。Phobeのメランコリックな「27歳の私は自分が誰かわからないけれど、あなたと離れたくないことだけはわかる」と言うささやきが哀しく美しい『Emily I’m Sorry』、Lucyの飛び抜けた物語描写力が存分に発揮された『True Blue』。少ないコード構成の楽曲に3人のハーモニーが息を吹き込む、ミクロからマクロな拡がりで統一感と多様さを併せ持つこの前半部が何より素晴らしい。
名曲『the boxer』を元にしたPaul Simon直系のフォーク『Cool About It』からの中盤はアコースティックギターの響きを押し出す楽曲と、Big Thief的なバンド・アンサンブルで呪術的なテーマの楽曲を交互に繋ぎ、ラストの『Letter To An Old Poet』でエモーショナルに幕を閉じていく。

それぞれのキャリアを経て自然と役割の分担も進み、ギタリストとして堂々たるディストーション・ソロを響かせる場面が増えたJulian、グッと深みと苦味を増した言葉づかいで物語を彩るLucy、格段にポップスターとしての華やかさを増したPhobeの三者三様な在り方が、プロデュースで参加しているJay Som、Illuminati Hottiesらのアシストで無理なく自然にブーストされているのも、作品の心地良さに繋がっている。

最も開放的にそれを表現しているのが、3曲でシェアされた先行第1弾に続き、第2弾として単体でリリースされ、アルバムでも核となる中央に位置する『Not Strong Enough』だ。

歌詞でも引用されるThe Cureなコーラスとディレイが効いたキラキラしたエレクトリック・ギターのアルペジオと透き通ったアコースティック・ギターのストロークのエヴァーグリーンなポップネスと、これまた歌詞で引用されているPavementのオルタナティヴな気分が折衷され、僕らが「indie music」或いは「alternative rock」と口にするときのある種の憧れそのものみたいな美しさが、此処に確かに在る。

歌詞に目をむければ、アカデミー作品賞受賞作『Everything Everywhere All At Once』を思わせる導入部から描かれるのは、マスキュリニティに囚われた1人の男が自己解放に至るまでの内面の旅路。

神になろうと強権的に振る舞うより、その勝手に背負った重荷を捨てて、君自身のままでいればいい。

3人がめいっぱい遊園地で遊ぶ素晴らしいMVと共に、全ての人間の解放を目指すフェミニズムのマニフェストをトランスフォームした「always an angel, never a god」のラインがいつまでも胸に響く。


“Not Strong Enough” 
Boygenius

Black hole opened in the kitchen
Every clock's a different time
It would only take the energy to fix it
I don't know why I am

The way I am
Not strong enough to be your man
I tried, I can't
Stop staring at the ceiling fan and
Spinning out about things that haven't happened
Breathing in and out

Drag racing through the canyon
Singing "Boys Don't Cry"
Do you see us getting scraped up off the pavement?
I don't know why I am

The way I am
Not strong enough to be your man
I lied, I am
Just lowering your expectations
Half a mind that keeps the other second guessing
Close my eyes and count

Always an angel, never a god
Always an angel, never a god

I don't know why I am the way I am
There's something in the static
I think I've been having revelations
Coming to in the front seat, nearly empty
Skip the exit to our old street and go home

Go home alone

キッチンにブラックホールが出来て
時計がバラバラな時を刻んでいる
直し方なんてわかるわけない
自分のこともわかっていないのに

こんな自分じゃ
君に相応しい人間になんてなれない
努力しても出来なくて
天井の換気扇を見つめるだけ
起きていないことをぐるぐる無為に考えている
深呼吸をひとつしなきゃ

渓谷を全速力でドライブしたね
『ボーイズ・ドント・クライ』を歌いながら
道路(PAVEMENT)に叩きつけられるまでもう少しだった
どうして助かったかわからないけど無敵な気がしていたんだ

こんな自分じゃ
君に相応しい人間になんてなれない
嘘をついた
僕は君の期待を減らし続けてる
半分は正気だけどもう半分は堂々巡り
目を閉じて落ち着かなきゃ

「神様になんかならなくていいから天使でいて」
「神様になろうとしなくていいから天使でいて」
「神様になんかならなくていいから天使のままでいて」
「別の誰かになんてならなくていから君のままでいて」

どうしてこんな人間になったのかわからないんだ
固定観念に縛られていたけれど
啓示を受けた気がする
助手席に座りなよ
ずっと空席だったんだ
懐かしい道を通って家に帰ろう

独りきりで家に帰ろう

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