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「海外歴は32年。経歴は銀行員、開発コンサルタント」事業開発 淺羽 慶太郎 l\\てんちびとインタビューVol.16

皆さんこんにちは! 天地人の学生インターンの鈴木です。
 
天地人(てんちじん)は、衛星データを使った土地評価コンサルを行っているJAXA認定ベンチャーです。地球観測衛星の広域かつ高分解能なリモートセンシングデータ(気象情報・地形情報等)や農業分野の様々なデータを活用した、土地評価サービス「天地人コンパス」を提供しています。
 
今回は、てんちびとインタビューの第16弾として、天地人の事業開発 淺羽さんにインタビューします! 月1回、天地人の社員を紹介しています。
 

淺羽 慶太郎 プロフィール
さいたま市出身で、幼い頃から海外に住む。
長期間滞在した国は、パキスタン・ソマリア・モザンビーク・フランス・アメリカ・イギリス・香港・フィリピン・カメルーン・マラウイ・バングラデシュ。
大学では数学やコンピュータサイエンスを学ぶ。
新卒で投資銀行へ入行し、社会人生活をスタート。
その後、開発コンサルタントを経て天地人に入社。
天地人では、国際的な事業開発に携わる。
業務はすべてGoogleに集約。
休みの日は家族と過ごす。
好きな野菜は、トマト。

新卒の会社で感じた、違和感

淺羽さんは、天地人で海外とのやり取りを行っているイメージがあるのですが、海外歴が長かったのですか?

私は、天地人に入るまで、基本的に海外で生活してきました。3歳から様々な国に移住して、日本に戻ったのは、小4から小5のときと、前職の赴任期間くらいです。これ以外はずっと海外生活ですね。11カ国に長期滞在しました。
就職後も短い期間、日本で仕事することがありましたが、前職までは基本的に海外で仕事をしてきました。

新卒で選んだ仕事は?

新卒で選んだ就職先は投資銀行です。投資銀行では、大学時代の専攻だったコンピュータサイエンスを活かして、投資などを行うためのデータ分析が主な仕事でした。

どうして投資銀行に入ろうと思ったのですか?

父親の影響が大きいですね。
私の父親は、国連難民高等弁務官事務所に勤めていて、難民の衣食住などの支援が仕事でした。
人道支援は、何十万単位の困っている人を助けるため、いい意味でも悪い意味でも家族よりも優先しなければならないことだと子どもながらに感じていて。

幼い頃は、これを見て「かっこいいな」と思っていましたが、若い時特有の反骨心というか、反抗心だったんですかね。逆に全く関係のなくて父親の仕事から遠く感じた投資銀行を選びました(笑)。あと当時は金融を通じて世界を知りたいという強い気持ちがありました。

投資銀行はなぜ辞められたのですか?

投資銀行では、フランスをはじめとする数カ国の先進国で仕事をしました。先進国で仕事をしたあとに香港に配属になった時に思うところがあって。
当時の香港は、貧富の差がかなり大きかったんです。でもそこで働く様々な国から来た人々はみんなお金を目的に働いていて、現状に不満を感じていませんでした。

ですが、私は働き続けるにつれて、違和感を感じ始めたんです。
このときの私の心には、「富は社会から生まれ、社会に還元されなければならない」という言葉が引っかかっていたんですよ。
これはアンドリュー・カーネギーの言葉で、アメリカで鉄鋼業で成功して得た富を、教育や文化平和などの社会に多く還元した人です。

当時、私はそれなりに稼いでいたつもりですが、社会に還元できていないな、と感じたんです。
そこで、香港で貧富の差を解決する仕事をしたいと考えました。ただ、ポストが少なかったんですよね。

そんな時、日本に帰って開発途上国への国際協力を行うJICAの人と話す機会があったんです。私はフランス語と英語ができるので、JICAの下請けにあたる開発コンサルタントに転職することができました。

違和感を解決した先に見えた、課題

開発コンサルタントとは、どんなお仕事ですか?

先進国の経済発展は、中小企業の底上げによることが多いです。途上国の中小企業を支援することが転職後の私の仕事になりました。私は銀行員出身なので、財務分析を教える役割などを担当しました。

10人くらいのチームでカメルーンに赴任して、6年かけて中小企業の現地コンサルタントを計116人育成しました。そのコンサルタントが国中に広がって、教えたノウハウを広めて、企業を支援しました。

働いてみて印象的だったことは?

カメルーンで働いていたとき、私がやっていたプロジェクトがCOVID-19によって大きく遅れました。私たちが取り組んでいた地域的な問題は、グローバルな問題に大きく影響を受けることを痛感しましたね。

ほかにも、私たちが取り組んでいたプロジェクトが、大きな組織による予算や方針が変わることで終わることがあって。すると、私たちが継続的に積み上げてきた社会・経済効果が止まってしまったことがあったんですよ。
これは持続可能ではないなと思いました。途上国を支援して発展させるためには、国単位で動くのではなく、民間から発展を底上げしなくてはいけないなと思ったんです。

宇宙との出会い

ほかに、発展途上国で働いたときに感じたことは?

新卒で入った銀行では、データをもとに株価や市場を分析して結果を出していたので、「データは万能」だなと感じていました。

しかし、途上国に行くとそうはいきませんでした。データがない世界で、自分でクリップボードと紙を持ってデータを収集して分析していたのですが、カバーしなければいけない範囲が広すぎました…

そんなときに衛星データに触れる機会があって、「これはすごい」と衝撃を受けました。
途上国は、特に小さな村や共同体が無数にあり、全部を回ってデータを収集することは、予算的にも時間的にも不可能です。
ですが、衛星データを使うと、実際に行かなくても一気にデータを分析できる事例があったんですよ。
「どうやって大きな視野で、ローカルな部分にアプローチできるか?」と考えていたので、衛星データには感動しましたね。

開発コンサルタントに区切りをつけるきっかけはありましたか?

今思うと、新型コロナの影響ですかね。海外にいけなくなったタイミングが辞めるきっかけになったのかもしれません。
また、娘が生まれるまでは仕事メインの生活でしたが、生まれてから家族メインになったことも理由の一つです。


家族とのひとときを過ごす淺羽さん

そして天地人へ

天地人に入ったきっかけは?

開発コンサルタントのときに、衛星データに衝撃を受けて、天地人を見つけました。
私は求人サイトから天地人の面接を申し込み、入社しました。

天地人に入ってどうでしたか?

今までは、大きな組織に在籍していたからかもしれませんが、天地人は自由だと感じます。宇宙業界は、新しい技術が日々現れますし、進歩も早いので、毎日が刺激的です。

やることなすことすべてが新しいので、わかったつもりで仕事をすることがなくなりました。

これからの意気込みを教えてください!

これからの社会で通用できる能力を磨きたいです。
新卒でデータ分析を仕事にしたとき、新しいプログラミング言語を学んだことがあったんですよ。今、天地人というIT企業に入って、エンジニアの方と話をして十数年ぶりにプログラミングの世界に触れて、プログラミングの進化に驚きました。
時間とともにツールはどんどん新しくなっていくので、時間が経っても通用する武器がほしいと思いました。

私にとって武器となるものは、語学能力や人間能力だと思っています。これからも、チャレンジと冒険を求め続けたい。そして、今までは固くて動かすことができなかった海外の問題を解決したいです。そのために、天地人では、もっともっと新しいチャレンジを続けたいです。

その先で、娘が憧れるような父になりたいですね。

最後に一言どうぞ!

仕事だけではなく、プライベートでも地球温暖化を阻止できるよう貢献しましょう!

 
以上、淺羽さんのインタビューでした。
これからも天地人のメンバーにインタビューしていくので、お楽しみに!
 
 
天地人では、衛星や地上の様々なデータとAIを活用して、課題解決に向けて情報分析、ソリューション提供を行っています。ご質問等ございましたら、info@tenchijin.co.jp までお気軽にお問い合わせください。
 
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