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黒曜石が作った縄文世界 - 『八ヶ岳西麓の縄文文化』感想 -

書誌情報

『八ヶ岳西麓の縄文文化 二つの国宝土偶と黒曜石の里』
著者:鵜飼幸雄   出版社‏:敬文舎
発売日:2022/3/16  単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 128ページ
ISBN-13:978-4906822362

茅野市と縄文、黒曜石について

八ヶ岳の西麓・霧ヶ峰の南麓――長野県茅野市は、蓼科高原(高原リゾート別荘地帯)や諏訪湖などにアクセス良好な山岳観光の拠点として知られている。
現在の茅野の印象は、雄大な山々を臨む静かな田舎町。なのだが。

遡ること2000年以上、縄文時代にはこのエリアが日本有数の集落密集地帯であり、当時最高峰の文化が花開いた土地だったことが近年明らかになってきている。
その象徴が茅野市が有する国宝土偶『縄文のビーナス』と『仮面の女神』だ。

『縄文のビーナス』と『仮面の女神』(奥)、尖石縄文考古館にて撮影


この本は、八ヶ岳~霧ヶ峰エリアの土器と黒曜石流通の中で築かれた豊かな縄文文化の実態を、最新の発掘成果を踏まえつつ解説したもの。著者こと鵜飼幸雄氏は、2点の国宝土偶を含む茅野市内の縄文遺跡出土品を蒐集展示する尖石縄文考古館の館長を務めていたこともある人物。(なお、同姓同名の別人に法学者と画家がいる)

尖石縄文考古館へは何度か足を運んでいて馴染みがあるつもりだったのだが、書籍の形で体系的に学ぶと知らないことも多く、興味深い記事ばかり。
例えば、茅野駅から蓼科高原に向かう道はほぼ東西に真っ直ぐでゆるやかな登り傾斜が多いが、これは元々八ヶ岳から流れてきた溶岩流だったと聞いて「なるほど!」と合点がいった。
八ヶ岳西麓では、冷えて固まった溶岩流が東西に伸びる台地を平行に形作っていて、現代のわれわれはその上を道として使っているというわけ。縄文人はこの小高い台地の上に集落を作っていたという。栗の木が豊富な地域なので、住民も栗を食べたり建築資材に活用したりして意外と豊かな暮らしをしていたらしい。

どうしてこんな山奥で文化が発達したのかというと、霧ヶ峰南麓に点在する黒曜石採集場が要だったそう。
縄文時代といえば黒曜石。矢じりに小型ナイフなど、歴史の授業で見たことのある方も多いのでは?

黒曜石の矢じり

黒曜石加工品は全国の縄文遺跡で発掘されているものの、原産地は実はあまり多くない。霧ヶ峰南麓は生産量が多く、全国各地へのアクセスも良い、ということで大層栄えていたらしい。
かつての茅野市民は沢伝いに黒曜石の原産地へ入り込み、採集加工場で加工して全国に流通させていたらしい。ちなみに、その採集場のひとつは現在、星ヶ塔遺跡と呼ばれている。地図で見てみたら、ちょうど霧ヶ峰を越えた和田峠付近。何度か通過したこともあるエリアだったので驚いた。


最後に少し、御柱祭

本のラストでは、現代も諏訪湖周辺で行われている諏訪大社の御柱祭と縄文人の立柱祭祀の関連が示唆されており、興味深い。
七年に一度、崖から太い木柱に人が乗って滑走するおなじみ御柱祭。その起源はよく分かっていないらしく、もしかすると縄文時代から脈々と受け継がれてきたのかも知れない…とのこと。
確かに茅野市縄文遺跡からは炉端などに短いとはいえ木柱を建てていた痕跡が多数見つかっている。縄文人の祈り。それが御柱祭となって今も続いていたのだとしたら…と妄想するだけでも楽しい。


また諏訪湖・茅野地方に行きたくなる、そんな一冊だった。


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