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【第23話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2

*このストーリーは過去のお話(2010年~)です。
 これまでのストーリーはこちら⇩

 ダンナの指定席は、コンピューターが置いてある窓際の席だ。
 現在、長期ヴァケーション中の彼は、終日、この窓際の席から、アパートの駐車場を眺めて過ごす。

「フライデー(Friday)の世界だ!!!」

「フライデー」は、アイスキューブが原作、主役を演じたコメディ映画だ。
 ゲトーで暮らす、暇な黒人の若者の、ある日の金曜日を描いている。
 悲哀、歓喜、感動は・・・ないっ! 
 ざっくり言うと、仕事をクビになったクレイグ(アイス・キューブ)と、隣人でドラッグ・ディーラーのスモーキー(クリス・タッカー)が、金曜日の暇な1日、玄関先でマリファナを吸いながら、隣のセクシーなお姉さんのお尻を眺めたり、音楽を聞いて踊ったり、通り過ぎる人に声をかけたりしているだけのストーリーだ。
 ドラッグ売買でスモーキーがトラブルに巻き込まれるシリアスなシーンもないわけではない。
 けれども、それをシリアスに感じさせないのが、この映画だ。
 何十回も観て、毎回同じシーンで笑い転げる。
 私の場合、ダンナの解説付きなので、余計にリアリスティックでおもしろい。

 クレイグが朝食のシリアルに牛乳を注いだら、ほんの少ししか入ってなかった。
 少しウェットになったシリアルを捨てようとするクレイグに、父親が言った。
「もったいないことすんな!」
「牛乳がないねん」
「水入れて食え!」
 次に母親が入って来る。
「お母さん、牛乳ないで」
「水入れて食べ」

 このシーンに笑っていると、
「水でシリアル食べてた奴、ホンマにおったで」
 ダンナのコメントが入る。
 二人で大笑いしているけれど、よく考えたら、シリアルを水で食べる生活が楽しいわけがない。

 この映画は、人々のキャラクターにフォーカスすることで、貧しく、危険で、暴力的なゲトーの暮らしを笑いに変えている。
「コメディは苦悩、苦闘から生まれる」
 ダンナは言う。
 苦しみ意外何もない毎日を、いかに笑って暮らすか。
 くだらない生活を、いかに楽しく、おもしろくするか。
 黒人だからこそクリエイトできる映画なのだ。

 アパートの窓から、駐車場を眺めるダンナが言う。
「俺に動きも変化もないやん。動くのは、駐車場を行き来する人だけやろ。
俺にとったら駐車場はドラマのステージやねん」
「へー・・・」
 ドラマほど、興味深いことがあるのか???

「あの子な、青のトヨタの新しいガールフレンドやねん。前の女の子はアル中やってん。でも、新しい子もアル中や。昼間からベロンベロンやで」

「白のフォルクスワーゲンは、この階の角の子の車。夜中のゲームの音は、あの部屋から聞こえててん」
 音に敏感な彼は、部屋の前まで行き、音の出処を確認したらしい。
 駐車場を眺めることで、車の持ち主、持ち主の部屋、持ち主のゲーム好きを突き止めたらしい。

「あの子はフッカー(売春婦)。今から出勤や。儲けてるで~。この前、あのトラックに買い替えてん」

「彼女はトリマー。車の大掃除してたから、きっとノミでもおってんで。しばらくあの車の隣には駐車したらあかんで」

 住民以外の人間の出入りには、さらに敏感だ。
 車を停める位置、車に出入りする人の動きで、彼は男たちの目的を察知する。
「あいつらドラッグ・ディーラーやで。追い払ったろ」
 ストリートを生き抜いてきた彼には、お見通しだ。
 楽し気に、911をする。
 
 とはいえ、コロンボ・ダンナは、眺めて推理しているだけではない。
 いつの間にか住民と仲良くなっている。

「昨日のバスケットはどうやったん?」
 その住民は、彼がNBAファンであることを知っている。
「今日は店休みなん?」
 ダンナは、その人の職場を知っている。

「隣の部屋な、2ベッドルームでめっちゃ広いで。俺らより長く住んでるのに、すっごい綺麗やねん」
 いつの間にか、隣の部屋を訪問していた。

「部屋の前通ったら、マリファナのにおいがしたから、俺のと交換してもらってん!」
 階下のヒッピーの男の子の部屋にも行っていた。

「ヘイ!スリム!シュガー・ブルーのアルバム聞いたで!」
 毎日、散歩の途中に駐車場を横切るおじさんまで、彼の名前と職業を知っている。
「あの人な、たぶん証人保護プログラムで生活してるんちゃうかな?俺、あんな人、他にも知ってるで」
 このプログラムは、大きな事件の証言者を報復から守るためのものだ。
 証言者は新しい身分、住居、生活費を連邦政府から与えられ、完全な別人となって生活する。
 コロンボ・ダンナの推理によると、おじさんは過去を隠して生きている。
 けれども、ブルース好きは大公開だ。
 おじさんが駐車場を横切ると、ダンナはベランダに出て声をかける。
 おじさんも、ダンナとの会話を楽しんでいる。
 
「私ら、友達やんな」
「俺、嫁おるで」
「知るか!」
 ダンナが駐車場にいると、必ず近付いてくるイタリア系のおばさんがいる。
 目つきの鋭いおばさんの愛用者はパープルのマスタングだ。
「あの人、イーストコースト出身やで。マフィアの女やったんちゃうかな」
 元マフィアの女は、私がいると絶対に近付いてこない。

 気付くと、彼の周りにご近所さんができていた。

「俺が育った場所では、コミュニティの人全員が互いのことを知ってるで。どこの家の子か、誰の子か、その家が何してるか、みーんな知ってるねん。よそ者が入ってきたらすぐにわかるねん。ただちにボコボコや。
 子供同士も、学年とか関係なく、全員友達やで。お前ら、そんなんないやろ」
「ない。同級生は知ってるし、今でも仲ええけど、他の学年はそんなに知らんし、付き合いはないなぁ」
「そうやろ。俺ら黒人のつながりは、そんなもんちゃう」

 多くの人が、育った場所から動かない(動けない?)こともあるけれど、ダンナが育ったコミュニティでは、住民の関係はタイトだ。
 学年関係なく、同じ学校にいた人は全員知っている。
 意地悪な人、仲の悪い人、嫌いな人もいるけれど、互いに声をかけ合う。
 それぞれの生活環境を理解しているからかもしれない。
 警察やギャングから、コミュニティを守るためかもしれない。
 
 彼が育った黒人コミュニティと、白人やアジア人の多いシアトルのコミュニティは随分違う。
 シアトルの人は、ニコニコと人当たりはいいけれど、実は、他の土地から来た人を受け入れることが苦手だ。
 挨拶すらしない人もいっぱいいる。
 彼の”ご近所さん”は、他の土地の人かもしれないし、黒人ならではの、飾らない彼のトークが好きなのかもしれない。

 さて、アパートの駐車場を舞台とした、ご近所さんの1日は、ドラマになるのか???
 なーんてことない住民の1日も、アイス・キューブやダンナが手掛けたら、爆笑コメディ映画になる気がする。
 もちろん音楽もバッチリだ。
 黒人のクリエイティヴィティ、コメディセンスはすごいのだ。

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