見出し画像

時をこえて記憶をこえてもう一度②

いつもどおり夢でショウに会った。
「いくさってよくないよね」
「戦?」
「うん。せっかくさ予定してたことが全部ダメになっちゃうでしょ?」
「ああ、そうだね。結局僕らは出会った後すぐに死んじゃったから全部ダメになったな」
「そう。刀持って佐助の海の近くに住んでた時…」
「その次は飛行機から爆弾がたくさん降ってきた時…」
「問題はその次だよ。もう上手くいくだろって思ってたら、あの事故って何だったんだろ…」
「あれは…計画外だよ。たまにああいうことも起こるらしいよ。聞いたことあったけれど、まさか自分がそういうことになるとは思ってなかったよ。まぁ…予定外ってことでまぁ…大至急処置してもらえたけれど」
 
処置…って何?何のこと?

佐助の海って…そういえば覚えている。アユミもショウも長い髪を後ろでひとつに結っていた。大きな椿の樹の横にある小さな建物。庭に出て見下ろすと海が見えた。ショウがくれた柘植の櫛。ある時、突然たくさんの人たちがやってきてすべてを燃やしてしまった。アユミもショウも消えてしまった。だから火が好きじゃない。小さい炎でも見ると怖い。

飛行機から爆弾がいくつも降って来た時、ふたりはもう10代後半でほとんど大人で一緒に暮らす約束をしていたのに町全体が火事になって、ふたりとも飲み込まれてしまった。
だから今でも飛行機は好きじゃない。見るとイヤになってしまう。

これって…なんの記憶?

となりにはショウがいつものように座っている。
「これってさ、やっぱり思い出なんだよね?記憶なんだよね」
「…」
アユミの質問にショウは答えない。かわりに穏やかな表情でアユミを見ている。その顔を見るだけでアユミはホッとした。
「よくわからないけど…いいっか」
会うたびに夜明けは訪れて穏やかな時間が終わり、日常へと戻る。そんなことを繰り返して数年が過ぎた。

そんなある日、アユミは職場の同僚の男の子と帰りに映画を見ようということになって一緒に図書館を出たことがあった。駐輪場を通り抜ける時に子供たちの声が聞こえてきた。閉館時間を過ぎていたが、ここでおしゃべりしていたようだ。その中にタカヤがいた。街路灯の明かりの下、タカヤとアユミはパチッと視線が合った。タカヤはじっとアユミを見上げていた。

このころはアユミは忙しい日が続いていて、仕事にデートに充実していた。だから家に帰るのが遅くなって、夢も見ずに爆睡するという日々が続いた。

翌年、アユミは別の図書館に転勤になった。そこは自宅から近いという事もあって今までより通いやすくなった。おかげで時間にゆとりが生まれて快適だった。いつも慕ってくれていたタカヤに会えなくなるのは寂しかったけれど、恋人もできて充実した生活のアユミは次第に新しい場所に慣れていった。

夢の中でショウは言った。
「あともうちょっとなんだよな」
もどかしげな表情が夕焼けに照らされていた。
「なにがもうちょっとなの?」
「それは言っちゃいけないことになってるんだけれど…でももうちょっとなんだよ」
「ふうん?」
いつも通りアユミとショウは夢の中で会話をしていた。
「全部思い出しちゃったんだよ…」
「え、何のこと?」
ショウがなにを言っているのかアユミにはわからなかった。
「先に思い出した方が動かなくちゃいけない約束なんだけど…」
ちょっと哀し気な顔のショウははかなげに見えた。アユミはそれがとても切なくなった。
「なんのことかぜんぜんわからないし、なんでそんな哀しい顔するの?」
アユミの問いもむなしく夜明けが来て、夢の中の会話は終わった。

歯切れの悪い夢ということは覚えていたが内容は思い出せない。そんなのはいつものことだった。むしろ内容をちゃんと覚えていることの方が珍しい。アユミはぼさぼさの髪をブラシでとかした。
今日は転勤する前にいた図書館の友達と会う約束をしていた。同い年でノリのいい明るい女の子だ。今日はできたばかりのおしゃれなカフェに行くことになっていたのでそれも楽しみなのだ。

ミキは相変わらず元気そうだった。笑うと八重歯がちらっと見えてそれがかわいい。
「仕事はどう?落ち着いた?」
「うん、やっと慣れてきたとこかなー」
ミキは来月結婚する。もうお腹に赤ちゃんがいるのだ。幸せいっぱいのミキの顔を見ていたらアユミもふわふわした気分になってきた。
「体の調子はどう?」
「なんかぜんぜん大丈夫で普通に働いちゃってる。つわり?…もぜんぜんわかんないくらいなの」
そんな言葉に自然と笑顔になってしまう。ミキは前からそういう子だった。そばにいるとあったかい気分になってくる。ミキを奥さんにしたいというミキの彼の気持ちがよくわかる。
運ばれてきたランチプレートの鶏のささみフライが予想以上の味でふたりで思わず声をあげた。
「美味しい!」
「美味いねー」
食後に運ばれてきたぶどうのサイダーには本物のぶどうが3粒入っていて、ミキはころころストローで転がしながら
「そういえばさ、あの子覚えてる?ほら、アユミのところにいつも来ていた小学生の男の子…ええーと…」
と眉根を寄せた。アユミは一瞬名前が思い出せなかったが顔はすぐにわかった。
「ああ、ほらタカヤ君て子」
「ああ!思い出した!」
「あの子さぁ、アユミが転勤した後、聞きに来たんだよ。アユミはどうしたのって」
「そうなの…?」
アユミはちょっとびっくりした。
「うん。だから転勤してべつの図書館に行ったって言ったらさ、場所を知りたいって言ったんだよね…ちょっとかわいくない?かわいいよね?」
ミキはタカヤがお気に入りの様子だ。アユミはあの駐輪場で見上げられた目を思い出していた。なんともいえない目の表情だったのを覚えている。
「でさ、教えたの転勤先を。」
「えええ?!教えたの?」
アユミは驚いた。
「うん。小学生だし、何かしそうに見えないし。それにあの子なんかかわいいからさー。だから、もう会いに行ったかなぁって思って」
「……いや、ぜんぜん来ないよ?」
「ええっ?そうなの?意外だなぁ…もうとっくに会いに行ったのかと思ったのにさ…そうかぁ…」
ミキはつまんなさそうにしている。
「小学生だからね。ちょっと寂しくなっちゃっただけなんじゃないかなぁ」
アユミがそう言うとミキは思い出すように遠い目をした。
「でもなんかこう…なんてのかなぁ…ちょっとだけね運命みたいなものを感じてさぁ…」
ミキはさらりと言った。
「冗談とかじゃなくてさ、これって人生を左右することかもって一瞬思っちゃったんだよね。だから行先教えたんだよ」
「そ、そうなの?…運命ねぇ…」
アユミはぜんぜんピンとこなかった。
「お腹の子が教えてくれたのかな?」
そう言って笑ったミキの顔が光に包まれているように見えて、何か神々しいものに触れているような気がした。…これはもしかして、赤ちゃんのパワーなのかな…アユミはそんな気がした。
カフェの中は午後の明るい日差しがいっぱいで所々に置かれた観葉植物の緑色が鮮やかに見えた。とてもいい時間だった。

1か月後ミキは結婚式を挙げた。すごく素敵な花嫁姿のミキと、とても素敵な花婿さんだった。そしてミキの思いっきり高く投げたブーケは放物線を描いてアユミの胸に落ちてきた。彼女は高校生の頃バスケ部だったらしく、やたらとコントロールがよかった。どうしてもアユミに受け取ってほしかったらしい。お互いにウインクした。

つづく


曲を聴いたら浮かんでしまったお話シリーズ第2回目

このお話は全3回で完結します。
読んでいただいてありがとうございました😊


聴いていた曲です。とても素敵です↓
https://www.youtube.com/watch?v=QOfM_xS4cjw



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?